帆足家分家住宅(松石不老館)とは

帆足家分家住宅(松石不老館)は、大分県大分市中戸次の戸次本町(へつぎほんまち)にある明治期の商家の屋敷で、明治22年(1889年)建築の穀物蔵・味噌蔵と明治39年(1906年)建築の主屋を含む11件が、平成17年(2005年)11月10日に登録有形文化財に登録された。館名の「松石不老館」は「しょうせきふろうかん」と読む。

11件の内訳は、主屋・新座敷・裏二階・湯殿及び風呂・道具蔵・質蔵・穀物蔵・味噌蔵の建築物8棟と、門・塀・井戸上屋の工作物3件である。通りに面して主屋が建ち、その裏に座敷・湯殿・井戸・二階建の棟が続き、敷地の縁に沿って4棟の蔵が並ぶ。

住まい、商い、客のもてなし、貯蔵。屋敷を動かしていた機能ごとの建物が1つの敷地にそろって残り、それぞれが個別に登録されている。帆足家分家住宅(松石不老館)は、明治の地方商家がどのような建物の組み合わせで営まれていたかを、敷地の単位で確かめられる例である。

帆足家と戸次本町

戸次本町は大分市の南部、大野川に近い位置に開けた町で、江戸時代には日向街道筋の市の立つ在町として発展した。大分市の資料によれば、この町の大庄屋を務めたのが帆足家で、豊後南画の田能村竹田や儒学者の頼山陽など多くの文人と親しく交わった。

本家の屋敷は「富春館」の名で知られ、帆足家本家住宅(富春館)として別に登録有形文化財となっている。大分市観光協会の案内は、本家を酒造で財をなした家として紹介する。帆足家分家住宅(松石不老館)は、その分家の屋敷にあたり、本家とは同じ本町の通り沿いに建つ。

分家の家業を直接記した公的な資料は、今回の調査では見つからなかった。ただ主屋は通り庭をもつ商家の形式で建てられ、敷地には質蔵と名の付く蔵がある。質物を納める蔵の名であり、分家が質の商いにも関わっていたことをうかがわせる。

主屋が建った明治39年(1906年)は、戸次本町が大火に見舞われた年でもある。大分県の広報記事は、蔵の集まる本町の町並みがこの大火に耐えてきたと記している。一方、帆足家分家住宅(松石不老館)の穀物蔵と味噌蔵は明治22年(1889年)の建築で、主屋より17年古い。主屋が大火の後に建て直されたものかどうかは、文化庁の資料からは確かめられない。

敷地の構成と見る順序

帆足家分家住宅(松石不老館)の敷地は東側で通りに接する。主屋は通りに沿って南北に長く建ち、その南、敷地の南東隅に門が道路からわずかに引いて東を向く。主屋の北には塀が通り沿いに続き、南端で庭門を直角に構える。外から見えるのは、この東面の構えである。

主屋の裏手、西側には新座敷が北寄りに東西棟で建ち、南側の広縁から中庭をのぞむ。主屋の台所の西には湯殿と風呂が接して建ち、さらにその西に井戸上屋がある。敷地の南西隅を占めるのが裏二階で、西端に裏木戸を開いた棟が直角に取り付く。

蔵は敷地の北と西の境に寄せて置かれる。主屋の北、庭の一角に質蔵が建ち、その北西の境に道具蔵がある。西の端には当家で最も大きい穀物蔵が東を向いて建ち、その北に味噌蔵が連なる。通りに面した表から奥へ、商いと接客、日々の暮らし、貯蔵の順に建物が並ぶ。

  • 主屋(明治39年・1906年/登録番号 44-0103)
  • 新座敷(明治中期/登録番号 44-0104)
  • 道具蔵(明治中期/登録番号 44-0105)
  • 質蔵(明治中期/登録番号 44-0106)
  • 湯殿及び風呂(明治中期/登録番号 44-0107)
  • 井戸上屋(明治中期/登録番号 44-0108)
  • 穀物蔵(明治22年・1889年/登録番号 44-0109)
  • 味噌蔵(明治22年・1889年/登録番号 44-0110)
  • 裏二階(明治中期/登録番号 44-0111)
  • 門(明治中期/登録番号 44-0112)
  • 塀(明治中期/登録番号 44-0113)

登録の基準は2つに分かれる。主屋だけが「再現することが容易でないもの」で登録され、残る10件は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」による。文化庁の解説は主屋の接客部分の意匠を高く評価し、井戸上屋については往時の生活を知るうえで貴重だとする。

所在地の地番は棟によって異なる。文化庁のデータベースでは、主屋・門・塀・井戸上屋など7件が中戸次4361、道具蔵と質蔵が4363、味噌蔵が4362、新座敷が4361と4363にまたがる。

見学とアクセス

帆足家分家住宅(松石不老館)は一般公開されている施設ではない。文化庁のデータベースは所有者を記載しておらず、見学の受け付けや公開日を案内する公的な情報も見当たらない(2026年9月25日確認)。訪れて見られるのは、東側の通りから眺める外観に限られる。

通りから確かめられるのは、主屋の東面、南東隅の門、主屋の北に続く塀と庭門である。座敷や蔵の多くは敷地の奥にあり、主屋と塀にさえぎられる。個人の敷地なので、門の内側に立ち入ったり、窓や戸口に向けてカメラを構えたりするのは控えたい。道路の反対側に立つと、主屋から塀までの東面を1枚の構図に収めやすい。

戸次本町へは、JR大分駅から路線バスでおよそ35分、「戸次」バス停で降りる。大分市観光協会の案内では、バス停から帆足本家までが徒歩約5分である。帆足家分家住宅(松石不老館)は本家と同じ本町の通り沿いにあり、両者の間は100メートルほどしか離れていない。車の場合、大分市の中心部から30分ほどかかる。

本家の敷地は店舗やギャラリーとして開かれている。本家で江戸時代末期の屋敷の構えを見たあと、通りを歩いて分家の明治の構えと見比べると、同じ一族の2つの屋敷の違いがよく分かる。

参考文献

国指定文化財等データベース 帆足家分家住宅(松石不老館)主屋(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00005058
国指定文化財等データベース 帆足家分家住宅(松石不老館)新座敷(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00005059
国指定文化財等データベース 帆足家分家住宅(松石不老館)質蔵(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00005061
国指定文化財等データベース 帆足家分家住宅(松石不老館)井戸上屋(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00005063
国指定文化財等データベース 帆足家分家住宅(松石不老館)穀物蔵(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00005064
国指定文化財等データベース 帆足家分家住宅(松石不老館)門(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00005067
国指定文化財等データベース 帆足家分家住宅(松石不老館)塀(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00005068
文化遺産オンライン 帆足家分家住宅(松石不老館)主屋
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/140828
大分市 戸次本町の歴史と文化
https://www.city.oita.oita.jp/o204/machizukuri/toshi/1014449890810.html
戸次本町街づくり推進協議会 町並み散策マップ
https://www.hetsugihonmachi.com/%E6%B4%BB%E5%8B%95%E5%86%85%E5%AE%B9/%E7%94%BA%E4%B8%A6%E3%81%BF%E6%95%A3%E7%AD%96%E3%83%9E%E3%83%83%E3%83%97/
大分県 おおいたデジタルアーカイブ「帆足杏雨の隠宅・若杉家」(広報おおいた1996年1月号)
https://www.pref.oita.jp/site/archive/201381.html
おおいた市観光ナビ 帆足本家(大分市観光協会)
https://www.oishiimati-oita.jp/spot/374

最終更新日: 2026.09.25

基本情報

名称帆足家分家住宅(松石不老館)
所在地大分県大分市大字中戸次4361、4362、4363
指定登録有形文化財 11件
座標33.15271, 131.65743