岩尾家住宅(旧日本丸製薬所)離れとは

岩尾家住宅(旧日本丸製薬所)離れ(いわおけじゅうたく・きゅうにほんがんせいやくしょ・はなれ)は、大分県日田市豆田町にある明治初期建築の木造2階建の建物で、平成15年(2003年)1月31日に登録有形文化財となった。主屋の背後に建ち、2階建の渡り廊下を介して主屋とつながる。屋根は桟瓦葺、建築面積は60平方メートルで、便所と湯殿、それに座敷からなる。

岩尾家住宅(旧日本丸製薬所)離れは登録された3棟のなかでもっとも古い。通りから見える主屋と土蔵の奥、敷地の静かな位置にあたる。

登録の理由と価値

岩尾家住宅(旧日本丸製薬所)離れの登録基準は「再現することが容易でないもの」である。主屋と土蔵が町並みへの寄与で評価されたのに対し、離れは内部の仕上げそのものが評価の中心になっている。

文化庁の解説がとりわけ詳しく書くのが便所である。外観は黒く磨き上げた漆喰で仕上げ、内部にも大理石や、大理石に似せて塗った漆喰の壁を用い、大判の鏡を壁にはめ込むなど、ぜいを尽くしている。座敷も規模は小さいながら本格的なつくりと記されている。水まわりにここまで手をかけた例は珍しく、職人の技術と施主の財力がそろわなければ再びつくることは難しい。

渡り廊下の先の「隠宅」

日本丸館の案内では、2階の見学順路の奥に「隠宅」がある。15代岩尾昭太郎が隠居部屋として使った部屋で、渡り廊下を抜けた静かな場所にあるという。文化庁の解説が離れに挙げる2階建の渡り廊下と座敷の位置とよく重なるため、この隠宅が岩尾家住宅(旧日本丸製薬所)離れの座敷にあたるとみられる。

渡り廊下の途中では中庭を見下ろせる。日本丸館によれば、当時はこの中庭に滝が流れていたと伝わる。日本丸の商いで大きな財を成した当主が、通りのにぎわいから離れて過ごした場所として歩いてみたい。

岩尾家住宅(旧日本丸製薬所)離れの見学

岩尾家住宅(旧日本丸製薬所)離れは主屋の背後にあるため、通りからはほとんど見えない。見学するには日本丸館に入り、2階の渡り廊下を通って隠宅へ向かう。公開期間は春が2月15日から5月31日、秋が9月1日から11月30日で、開館時間は午前10時から午後4時、入館料は大人400円。2026年10月6日に日本丸館の公式サイトで確認した。

文化庁の解説が詳しく記す便所と湯殿が順路に含まれるかどうかは、公式の案内からは確かめられなかった。見たい場合や撮影したい場合は、受付で尋ねてほしい。

Q&A

Q岩尾家住宅(旧日本丸製薬所)離れはいつ建てられたのですか?
A明治初期の建築で、登録された3棟のなかでもっとも古い建物です。
Q岩尾家住宅(旧日本丸製薬所)離れには何がありますか?
A便所と湯殿、座敷があります。便所は外観を黒磨きの漆喰で仕上げ、内部に大理石や大判の鏡を用いています。
Q岩尾家住宅(旧日本丸製薬所)離れはなぜ登録有形文化財になったのですか?
Aぜいを凝らした便所の仕上げや本格的な座敷が、再現することが容易でないものと評価されました。平成15年(2003年)1月31日に登録されています。
Q岩尾家住宅(旧日本丸製薬所)離れの「隠宅」とは何ですか?
A日本丸館が案内する、15代岩尾昭太郎の隠居部屋です。渡り廊下を抜けた先にあり、離れの座敷にあたるとみられます。
Q岩尾家住宅(旧日本丸製薬所)離れは通りから見えますか?
A主屋の背後にあるため、通りからはほとんど見えません。日本丸館の公開期間に館内から見学してください。

基本情報

名称岩尾家住宅(旧日本丸製薬所)離れ
所在地大分県日田市豆田町4-15
指定区分登録有形文化財(建造物)
指定年平成15年(2003年)1月31日登録
員数1棟
寸法木造2階建、瓦葺、建築面積60平方メートル
所有者文化庁データベースに記載なし(岩尾薬舗が日本丸館として公開)
公開状況日本丸館として春・秋に公開(午前10時〜午後4時、大人400円)

参考文献

国指定文化財等データベース 岩尾家住宅(旧日本丸製薬所)離れ(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00003181
日本丸館 公式サイト
https://www.nihongan.info/
日本丸館 館内のご案内
https://www.nihongan.info/s-projects-side-by-side

最終更新日: 2026.10.06