川部・高森古墳群:駅館川を望む台地に並ぶ六基の前方後円墳

大分県宇佐市の中央を北流する駅館川(やっかんがわ)の東岸、宇佐平野を見渡す段丘上に、6基の前方後円墳と100基以上の円墳・周溝墓・土壙墓が散在する。この一群が川部・高森古墳群である。3世紀末に築かれた赤塚古墳に始まり、6世紀中頃の鶴見古墳に至るおよそ三世紀の間、同じ台地に間断なく首長墓が造られ続けた点が、この古墳群を九州の古墳時代史において特異な存在にしている。

1980年(昭和55年)3月24日、文化庁は本古墳群を国の史跡に指定した。指定範囲は史跡公園「宇佐風土記の丘」として整備され、敷地中央に大分県立歴史博物館が立つ。前身は1981年(昭和56年)開館の県立宇佐風土記の丘歴史民俗資料館で、1998年(平成10年)の再編にあたって現在の館名に改められた。古墳群そのものと、そこから出土した銅鏡・武器・装身具をひとつの史跡公園のなかで合わせて見られる構成になっており、宮崎県の西都原古墳群に次ぐ規模の古墳景観として知られる。

三世紀を貫く首長墓の系譜

6基の前方後円墳は、宇佐平野で活躍した古代豪族(おそらくは宇佐国造の祖となる一族)が世代を継いで築いた歴代の墳墓と考えられている。築造順を追うと、規模・構造・副葬品の質が古墳時代の様相変化に正確に対応しており、3世紀末から6世紀までの首長墓の変遷を一か所で観察できる場として価値が高い。

もっとも著名な赤塚古墳は、博物館入口の正面に位置する。墳丘全長57.5メートル、後円部径36メートル・高さ4.8メートル、前方部幅21メートル・高さ2.5メートル。周囲には幅8.5〜11メートルの空濠を巡らせる。築造は3世紀末頃と推定され、九州最古の前方後円墳とされる。1921年(大正10年)の発掘調査で、後円部頂の箱式石棺から三角縁神獣鏡4面・三角縁龍虎鏡1面・碧玉製管玉・鉄刀片・鉄斧などが出土した。これら銅鏡のうち数面は、京都府の椿井大塚山古墳、福岡県の石塚山古墳・原口古墳出土のものと同笵関係(同じ鋳型から作られた関係)にあるとされており、初期ヤマト王権が各地の首長に配布した威信財だったとする見方が有力である。

赤塚の南に隣接する免ヶ平(めんがひら)古墳は、4世紀後半頃に築かれた全長約51メートルの前方後円墳。現在は後円部のみが残り一見すると円墳のようだが、1979年から1988年にかけての発掘調査によって前方部を南に向けた前方後円墳と判明した。後円部頂からは2基の埋葬施設が検出されている。竪穴式石槨の中には割竹形木棺が安置され、三角縁神獣鏡(仿製鏡)・斜縁神獣鏡・大刀・鉄製農工具・装身具が副葬されていた。隣接する箱式石棺からは女性の人骨と斜縁神獣鏡・石釧などが見つかった。これらの出土品一括は、2014年(平成26年)8月21日付で国の重要文化財「大分県免ヶ平古墳出土品」に指定されている。

5世紀前半には福勝寺古墳(春日山古墳とも呼ばれる)が築かれた。全長約80メートルで川部・高森古墳群最大、大分県内でも第4位の規模を誇る前方後円墳である。内部は未調査のため埋葬施設や副葬品の様相は不明だが、墳丘東〜南側一帯には箱式石棺墓・土壙墓・小円墳など多種多様な墓が集中し、福勝寺墳墓群と総称されている。首長墓を中心に従属階層の墓が群がる、5世紀の墳墓群の典型例といえる。

5世紀代には続いて車坂古墳(全長58メートル)と角房古墳(全長46メートル)が築造される。いずれも内部未調査であるが、外形からは規模を縮小しながら前方後円墳の伝統が続いていた様子がうかがえる。

系譜の終端に位置するのが鶴見古墳である。6世紀中頃の築造で、墳丘全長31メートル、6基のうち最も小さい。後円部に比して前方部が極端に短く幅広い形状は、後期前方後円墳の特徴を示す。注目すべきは内部構造で、片袖式の横穴式石室をもち、川部・高森古墳群のなかで唯一内部を見学できる。石室は腰石に大型板石を据え、上部に河原石をドーム状に8〜12段積み上げて構築されている。天井をふさぐ平らな石は重量約1.3トンに達する。長年の風化で入口や奥壁が損壊していたため、1984〜1985年(昭和59〜60年)に石室と墳丘の保存修理工事が行われ、築造当時の姿に復元・整備された。

ヤマト政権との関わりを示す副葬品

赤塚古墳から出土した三角縁神獣鏡は、考古学的にきわめて重要な意味をもつ。同笵鏡が京都府の椿井大塚山古墳をはじめ、福岡県・愛知県・岡山県の前期古墳から複数発見されており、これらは個別に製作された鏡ではなく、初期ヤマト王権が同盟・服属関係にあった各地の首長に配布した威信財であったと考えられている。九州北部の宇佐の地でこの種の鏡が5面も出土した事実は、3世紀末の時点で宇佐の首長がすでにヤマトの政治的ネットワークに組み込まれていたことを示す根拠とされる。

免ヶ平古墳出土の石釧(碧玉製の腕輪形石製品)も同様にヤマト政権との関係を示唆する。石釧は近畿地方を中心に分布する威信財であり、九州での出土例は限られる。仿製の三角縁神獣鏡と組み合わさって副葬されているところに、宇佐の首長が独自の経路で畿内の政治・儀礼文化を取り入れていた様子が読み取れる。

現在の宇佐風土記の丘

古墳群は史跡公園「宇佐風土記の丘」として整備されており、6基の前方後円墳と主要な小円墳を結ぶ遊歩道が園内を巡る。各墳丘の前には解説板が設置され、出土品の写真や復元イラストとともに専門知識がなくても見どころを追えるよう工夫されている。園内には四季折々の花が植栽されており、春の桜、初夏の花菖蒲がよく知られる。

敷地中央に立つ大分県立歴史博物館は、本古墳群出土品を実物展示する施設として中核的な役割を果たす。常設展示は宇佐神宮と国東半島六郷満山文化を主軸に据えるが、古墳コーナーには赤塚古墳出土の三角縁神獣鏡をはじめ、重要文化財に指定された免ヶ平古墳出土品一括が並ぶ。九州最古の木造建築・富貴寺大堂の創建時の姿を実物大で復元したコーナーや、熊野磨崖仏のレプリカも見応えがある。プロジェクションマッピングを使った展示や、宇佐風土記の丘でのAR(拡張現実)体験も導入されている。

風土記の丘の散策は無料で、開園時間の制限もない。博物館のみ観覧料と開館時間が設定されている。

周辺との組み合わせ

本古墳群を訪れる際は、宇佐神宮との組み合わせ訪問が定番である。全国に約4万社あるとされる八幡宮の総本宮で、史跡公園から車で北へ10分ほど。古墳時代の首長層と、奈良時代以降に整備される宇佐八幡信仰のあいだに連続性を見るならば、この2か所を続けて巡ることで地域史の厚みが立体的に浮かび上がる。

東方の国東半島には、6世紀以降に発展した六郷満山の山岳仏教文化が残る。熊野磨崖仏、富貴寺大堂、真木大堂など重要文化財・国宝指定の文化財が集中するエリアで、半島内移動には自家用車かレンタカーが便利である。古墳群と組み合わせると、宇佐・国東地域の古代から中世にかけての宗教景観をひとまとめに辿る一日旅程が組める。

近隣には小規模ながら駅館川河口の漁港や、宇佐市域の古代史にかかわる小牧遺跡なども点在する。風土記の丘付近に飲食店は多くないため、昼食は宇佐神宮周辺か中心市街地で取る計画にしておくと安心である。

Q&A

Q古墳の内部に入れますか。
A6基の前方後円墳のうち、内部を見学できるのは6世紀中頃築造の鶴見古墳のみです。横穴式石室がドーム状に整備されており、保存修理工事後の姿で公開されています。他の5基は墳丘外観の見学のみとなります。
Q大分県立歴史博物館は必ず見学するべきですか。
A古墳群の散策だけでも見応えはありますが、本古墳群出土の三角縁神獣鏡や重要文化財「免ヶ平古墳出土品」を実見できるのは敷地内の博物館だけです。古墳と出土品の双方を見比べることで遺跡の理解が大きく深まるため、半日以上の時間が取れる方には博物館見学を強くおすすめします。
Q滞在時間の目安を教えてください。
A6基の前方後円墳をひとめぐりすると、ゆっくり歩いて1時間半ほどです。博物館を加えると合計で3時間前後を見込んでおくとよいでしょう。富貴寺大堂や熊野磨崖仏のレプリカ展示は、後で実地を訪れる際の予習にもなります。
Q赤塚古墳の三角縁神獣鏡はなぜ重要なのでしょうか。
A三角縁神獣鏡は古墳時代前期の有力者の墳墓から各地で出土する銅鏡で、同じ鋳型から作られた同笵鏡が遠隔地の古墳から発見される事例が多くあります。これらは初期ヤマト王権が政治的同盟者に配布した威信財と考えられており、赤塚古墳から5面も出土した事実は、宇佐の首長が3世紀末の段階でヤマト王権の関係網に組み込まれていた根拠とされます。
Q西都原古墳群との違いは何ですか。
A宮崎県の西都原古墳群は300基を超す大規模古墳群で、丘陵全体に古墳が広がる景観が特徴です。一方の川部・高森古墳群は規模はやや小さいものの、6基の前方後円墳が三世紀にわたる単一系譜として連続している点に学術的価値があります。両者は九州を代表する古墳景観としてしばしば対比されます。

基本情報

名称川部・高森古墳群(かわべ・たかもりこふんぐん)
指定区分国指定史跡(1980年(昭和55年)3月24日指定/指定基準:貝塚、集落跡、古墳その他この類の遺跡)
所在地大分県宇佐市川部・高森
構成前方後円墳6基(赤塚・免ヶ平・福勝寺〔春日山〕・車坂・角房・鶴見)、円墳1基、ほか小円墳・周溝墓・箱式石棺墓100基以上
時期3世紀末〜6世紀中頃
整備状況史跡公園「宇佐風土記の丘」として整備。散策無料、時間制限なし
併設施設大分県立歴史博物館(敷地内):開館時間9:00〜17:00(入館は16:30まで)/休館日は月曜(祝日の場合は翌平日)と12月28日〜1月4日/観覧料は一般300円・大学生150円・高校生150円(土曜日は無料)・中学生以下無料
住所〒872-0101 大分県宇佐市大字高森字京塚
アクセス東九州自動車道宇佐ICから車で約12分、院内ICから約15分/JR宇佐駅から車で約10分、JR柳ヶ浦駅から車で約5分
主要出土品赤塚古墳出土三角縁神獣鏡(4面)ほか/免ヶ平古墳出土品一括(2014年8月21日重要文化財指定)。いずれも大分県立歴史博物館で展示

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース「川部・高森古墳群」
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/401/2893
文化遺産オンライン「川部・高森古墳群」
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/211590
文化遺産オンライン「大分県免ヶ平古墳出土品」
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/211577
宇佐市「大分県立歴史博物館・風土記の丘」
https://www.city.usa.oita.jp/tourist/touristspot/touristspot2/touristspot3/10184.html
大分県立歴史博物館 公式サイト
https://www.pref.oita.jp/site/rekishihakubutsukan/
宇佐市観光協会「風土記の丘・県立歴史博物館」
https://www.usa-kanko.jp/spots/detail/16

最終更新日: 2026.05.27