磨崖仏として日本初の国宝となった石仏群

平成5年(1993年)8月25日、大分県臼杵市深田の丘陵で、ひとつの仏頭が約一世紀ぶりに本来の肩の上へ戻された。古園石仏の中尊、金剛界大日如来坐像の頭部である。長らく像の足元の台座に安置されたまま親しまれてきたこの仏頭の復位は、昭和55年度から平成5年度まで14年に及んだ保存修理事業の総仕上げであり、2年後の平成7年(1995年)6月15日、臼杵磨崖仏は磨崖仏として全国で初めて、彫刻としては九州で初めて国宝に指定された。

臼杵磨崖仏は、一般に「臼杵石仏」の名で知られる。深田の里を囲む丘陵斜面に露出した岩壁を彫り込んだもので、古園石仏、山王山石仏、ホキ石仏第一群(堂ヶ迫石仏)、ホキ石仏第二群の四群に分かれ、計61躯が現存する。文化庁の解説によれば、豊後地方に集中する平安時代の磨崖仏のなかで最大の規模を誇り、出来栄えにおいても最も優れた石仏群と評価されている。作風から、大部分は平安時代後期の造立で、ホキ石仏第一群の第三・第四龕などが鎌倉時代に追刻されたと推定される。

彫刻の母材は阿蘇の火砕流に由来する溶結凝灰岩である。約9万年前の巨大噴火で九州中部を覆った火砕流が冷え固まった岩で、軟らかく加工しやすい。比較的浅い龕を穿ち、高肉彫で像を刻み出し、表面には彩色を施した。木彫に迫る繊細な造形を可能にした柔らかさは、同時に風化への弱さでもあり、この石仏群の歴史は造立の営みと保存の苦闘との両面から成り立っている。

造営の時期や事情を記した史料は一切残っていない。地元には真名野長者伝説が伝わる。炭焼き小五郎と呼ばれた男が黄金を得て長者となり、玉津姫を妻に迎え、夭折した娘の菩提を弔うために連城法師に石仏を彫らせたという筋立てである。あくまで伝説であるが、隣接する満月寺には長者夫妻のものとされる石像が残り、土地の記憶として今も生きている。

指定の経緯と国宝たる価値

保護の歩みは段階的であった。昭和27年(1952年)に国の特別史跡に指定され、昭和37年(1962年)には彫刻として重要文化財となる。そして平成7年の国宝指定では59躯が対象となった。さらに平成29年(2017年)9月15日、古園石仏の手前右側の岩壁に刻まれた金剛力士立像2躯が追加指定され、四群61躯すべてが国宝となっている。

文化庁が特筆するのは規模と作行の両面である。なかでも古園石仏は、丈六の金剛界大日如来坐像を中心に、如来・菩薩・明王・天部を左右6躯ずつ並べる13躯の構成をとる。中尊と菩薩の一体は頭部を完全に岩から離した丸彫とし、岩層の足りない下半身には別石を造り足すなど、磨崖仏としては異例の技法が駆使されており、石仏群中で最も注目すべき存在と評された。尊像構成については金剛界曼荼羅を表すとの説もあるが、確定には至っていない。

ホキ石仏第二群第一龕の丈六定印阿弥陀三尊像をはじめとする主要像は、温雅な藤原様式を示し、同時代の木彫の優品と比べて遜色のない出来栄えとされる。都の仏師の関与を想定する見方もあるが、これも作風からの推測にとどまる。一方、山王山石仏の如来三尊はやや素朴な作風で、平安後期におけるこの地方の石仏造像の水準を示す例と位置づけられている。

国宝指定のもう一つの背景が保存修理の成果である。重要文化財指定の時点で損傷は著しく、頭部や体の一部が割れ落ちた像も少なくなかった。昭和55年度から平成5年度の修理では、落下した断片を小片に至るまで母岩に接合復元し、四群の彫刻としての全容が初めて明らかになった。仏頭が復位した古園の大日如来像は、その象徴といえる。

見どころを歩く

四群は整備された参拝順路で結ばれ、それぞれ覆屋に守られているため、雨天でも落ち着いて拝観できる。所要は60分から90分が目安である。

順路の終盤に位置する古園石仏では、まず中尊の正面に立ちたい。半眼の眼差しと張りのある頬は平安後期彫刻の格調をよく示し、修理前に仏頭が地上に置かれていた頃の写真と見比べると、復位の意味の大きさが実感できる。左右に居並ぶ諸尊を端から順に眺めると、如来、菩薩、降三世明王、多聞天と尊格が変化していく構成の妙が見えてくる。

ホキ石仏第二群第一龕の阿弥陀三尊は、量感のある体躯と穏やかな面相の調和が見事で、石仏群中の白眉に挙げる声も多い。隣の第二龕には中尊の左右に阿弥陀如来立像を4躯ずつ配した九品弥陀の構成が見られ、浄土信仰の広がりをうかがわせる。

ホキ石仏第一群は四つの龕が並ぶ。第一・第二龕はいずれも五尺を超える如来坐像3躯を並置した平安後期の作。鎌倉時代に追刻された第四龕の地蔵菩薩半跏像と十王像には彩色が明瞭に残り、かつて谷全体が色彩に包まれていた様子を想像させる。

山王山石仏の中尊は、わずかに微笑むような童顔で知られ、訪れる人の多くがこの顔の前で足を止める。古園入口の金剛力士立像は、向かって左の像がほぼ原形を失う一方、右の阿形はよく残る。風化と保存のはざまに立つこの石仏群の現在を、一対で示す存在である。

周辺の楽しみとアクセス

石仏公園の蓮畑は6月から7月にかけて見頃を迎え、岩壁の諸仏と蓮の花を一望できる季節として人気が高い。毎年8月下旬には約千本の松明が谷を照らす「臼杵石仏火まつり」が催される。

徒歩数分の満月寺は、真名野長者伝説と連城法師ゆかりの寺である。境内には膝まで土に埋まった愛嬌のある石造仁王像が立ち、国宝の金剛力士とは対照的な親しみやすさで参拝者を迎える。

車で約15分の臼杵市街では、二王座歴史の道の坂道に武家屋敷や寺院の石垣が連なる。臼杵はふぐ料理の名所としても知られ、石仏と城下町を組み合わせた一日の行程が組みやすい。稲葉家下屋敷との2施設共通入場券(大人710円、2日間有効)も用意されている。

アクセスはJR臼杵駅から大分県庁前行または三重行のバスで約20分、「臼杵石仏」下車すぐ(200円)。車では東九州自動車道臼杵ICから約5分で、普通車80台分の無料駐車場がある。観覧時間は年中無休の9時から17時(最終入場16時30分)、観覧料は大人550円、小中学生270円。臼杵市民は身分証の提示で無料となる。

Q&A

Q見学にはどのくらい時間がかかりますか。
A四群を巡る順路で60分から90分が目安です。蓮の季節や満月寺への立ち寄りを含める場合は、さらに余裕を見てください。
Q雨の日でも見学できますか。
A各石仏群は覆屋に保護され、順路も整備されているため、雨天でも見学に支障はありません。坂や階段のある区間には足元への注意が必要です。
Q公共交通機関だけで行けますか。
AJR臼杵駅から路線バスで約20分、「臼杵石仏」バス停下車すぐです。駅周辺では無料レンタサイクルも利用でき、自転車では約40分かかります。
Qおすすめの時期はいつですか。
A蓮畑が見頃となる6月から7月と、火まつりが行われる8月下旬が代表的です。年中無休のため、人の少ない朝の時間帯に静かに拝観するのも良い選択です。

基本情報

名称臼杵磨崖仏(うすきまがいぶつ) 通称:臼杵石仏
所在地大分県臼杵市大字深田字古園1936-3、中尾字山王山219-2、中尾字ホキ140-2、中尾字ホキ139-2
指定区分国宝(彫刻) 平成7年(1995年)6月15日指定、平成29年(2017年)9月15日追加指定。昭和37年(1962年)重要文化財指定。あわせて国の特別史跡(昭和27年指定)
員数61躯(古園石仏・山王山石仏・ホキ石仏第一群・ホキ石仏第二群の四群)
時代平安時代後期~鎌倉時代
品質・技法溶結凝灰岩の岩壁に高肉彫、彩色の痕跡あり
所有者臼杵市
観覧時間9:00~17:00(最終入場16:30)、年中無休
観覧料大人(高校生以上)550円、小中学生270円
アクセスJR臼杵駅からバス約20分「臼杵石仏」下車すぐ/東九州自動車道臼杵ICから車で約5分(無料駐車場あり)

参考文献

国指定文化財等データベース「臼杵磨崖仏」(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/201/285
国宝臼杵石仏 公式サイト
https://sekibutsu.com/
料金・アクセス(国宝臼杵石仏 公式サイト)
https://sekibutsu.com/access/
臼杵石仏(臼杵市観光協会)
https://www.usuki-kanko.com/sightseeing/%E8%87%BC%E6%9D%B5%E7%9F%B3%E4%BB%8F
臼杵市内の文化財(国指定)(臼杵市役所)
https://www.city.usuki.oita.jp/docs/2014021200019/

最終更新日: 2026.06.10