三径間で水の樋を渡す

奥津発電所の幹線水路をさらに下ると、水路が湯の谷川に行き当たる地点で、水は三号水路橋を渡る。上流にある単径間の一号水路橋とは異なり、こちらは三径間の鉄筋コンクリート造ラーメン橋で、橋長約18メートルを、それぞれ約6.1メートルの径間に分けている。渡すのは道路ではなく、コンクリート製の水路樋である。断面はほぼ台形で、上端約3.0メートル、下端約2.7メートルを測る。

湯の谷川もまた吉井川右支の一つで、この水路橋は一号蓋渠から約690メートル下流に位置する。この地点までに水路は、すでに一つの谷を渡り、長い覆蓋水路を抜け、支線の取水口から水を集めてきた。三号水路橋は、発電所へと着実に進むその歩みの次の一歩にあたる。建設は昭和7年(1932年)、同じ計画のもとで中国合同電気株式会社が手がけた。

くり返される課題への変奏

この橋は平成18年(2006年)10月、登録番号33-0120として、他の奥津発電所の施設とともに「国土の歴史的景観に寄与しているもの」として登録有形文化財に登録された。一号水路橋と並べて見ると、同じ技術者たちが「水を谷に渡す」という同じ課題を、一通りではない仕方で解いたことがわかる。最初の橋が単径間で渡した箇所に対し、より広い、あるいは扱いにくい隔たりであったここでは、三径間を一続きの剛な枠へと組む解が選ばれた。

反復のなかの変奏こそが、奥津の一群に価値を与えている。いくつもの谷を続けて渡る設計者は、一つの橋をただ写すのではない。径間の数も比率も、地点ごとに調律される。上が広く下が狭い台形の水路樋は、必要な水量を通しつつ、当時の鉄筋コンクリートで許される限り構造を軽く保つよう形づくられている。こうして、一本の水路に沿って、少しずつ異なる同族の橋が連なることになる。

連なりのなかで見る

三号水路橋は、水を追って歩く道すがらの一つの停留点として捉えるのがよい。取水堰堤から覆蓋水路を抜け、先の水路橋を過ぎて水路をたどれば、湯の谷川の上に樋を持ち上げる三連の枠にたどり着く。橋の下面に目を向けたい。三つの開口が刻む律動と、頭上の樋の形が、川床からはっきりと読み取れる。台形の断面は控えめだが、下へ向かってすぼまる形と知って見れば、確かに目に映る。

一帯は吉井川上流域の森で、鏡野町上齋原、奥津温泉の上流にあたる。この水路橋に見学用の駐車場や案内板はなく、稼働中の発電所に属し、多くは操業用地に立つ。群のいずれの構造物とも同じく、味わうべきは公道から、節度ある距離をおいて、今も水を通し続ける昭和初期の一続きの水路の、一つの環としてである。

Q&A

Q三号水路橋は一号水路橋とどう違いますか。
A一号水路橋が単径間であるのに対し、三号水路橋は全長のほぼ等しい三径間のラーメン橋です。同じ技術者が一つの設計を、異なる谷の渡りに応じて調整した様子がわかります。
Q何を渡していますか。
A道路ではなく、コンクリート製の水路樋を渡しています。樋の断面はほぼ台形で、上端約3.0メートル、下端約2.7メートルです。
Q大きさと建設年は。
A橋長約18メートルを約6.1メートルの三径間に分けた造りで、昭和7年(1932年)の建設です。平成18年(2006年)に登録番号33-0120で登録されました。
Qどの川を渡っていますか。
A吉井川右支の湯の谷川を渡っています。一号蓋渠から約690メートル下流の地点です。
Q橋を渡れますか。
A渡れません。人道ではなく水を通す施設で、操業用地に立ちます。奥津の他の施設とあわせ、公道から眺めてください。

基本情報

名称奥津発電所三号水路橋(おくつはつでんしょさんごうすいろきょう)
所在地岡山県苫田郡鏡野町上齋原字川辺り地先
指定区分登録有形文化財(建造物) 登録番号33-0120
登録年月日平成18年(2006年)10月18日
年代昭和7年(1932年)
員数・構造1基/鉄筋コンクリート造三径間ラーメン橋、橋長約18メートル(スパン約6.1メートル)
所有者中国電力株式会社
公開状況稼働中の設備につき非公開。公道等から外観の見学のみ。

References

国指定文化財等データベース(文化庁) — 奥津発電所三号水路橋
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00005910
中国電力 — 水力発電所一覧
https://www.energia.co.jp/energy/general/water/water_all.html
鏡野町 公式サイト
https://www.town.kagamino.lg.jp/

最終更新日: 2026.07.04