豚を飼った石造の便所
おきなわワールドの琉球王国城下町、民家の並ぶ一角に、見過ごされがちな低い石造の構築物がある。フールである。便所と豚小屋を一体につくる、沖縄の農村生活を代表する形式の一つにあたる。
フールは琉球石灰岩の切石で築かれている。平面は東西3.4メートル、南北3.5メートルほどと小ぶりで、登録上の面積は約16平方メートル。内部は2.1メートル×1.3メートルの2室に区切られる。西側の室には偏平なアーチ状の石造天井の覆いが架かり、東の正面側には石敷が設けられる。人がここで用を足すと、その排泄物を下で飼う豚が処理した。石敷に穿たれた穴はトゥーシヌミー(東司の穴)と呼ばれる。率直な仕組みだが、かつては琉球全域でごくありふれた設えであった。
使い方と、その終わり
石造の細部が、フールの使い方を正確に記録している。2室を隔てる石積みの隔壁には、子豚は通れるが親豚は通れない大きさの開口が設けられ、成長に応じて親豚と子豚を分けられるようになっていた。石敷の床は内側に向かって勾配を取り、トゥーシヌミーの穴が石に加工されている。その前方にはかつて一枚石とチラカクシ(目隠しの壁)が据えられていた。汚物はおおむね溝に沿って外へ流し、一度溜めて肥料として用いており、その痕跡がわずかに石に残る。
この慣習は続かなかった。大正6年(1917年)頃、衛生上の理由から警察署長の命によって多くのフールが壊され、新設も禁じられた。本フールはその中で残された数少ない例である。同じ頃、かたわらに汲み取り式の便所が設けられ、以後フールは豚小屋専用として使われた。前面の石柱には昭和16年(1941年)頃に木造の屋根が架けられ、家畜の雨よけとされたと伝わる。
フールの建造は明治30年(1897年)頃、明治後期にさかのぼり、もとは旧玉城村字前川、現在のおきなわワールドにほど近い地に建っていた。平成8年(1996年)に園内へ移された。平成20年(2008年)4月18日に登録有形文化財(建造物)として登録され、告示は同年5月7日、登録番号は47-0070である。近くの民家とは異なり、登録基準は「再現することが容易でないもの」。石造アーチの技法と、それが支えた暮らしはもはや再現しがたく、そこにこそ保存の意義がある。
見どころ
何であるかを知ったうえでフールに向かうと、石組みが語りはじめる。隔壁に穿たれた子豚用の開口、石敷の内側への勾配、トゥーシヌミーの加工された穴を探してほしい。いずれも装飾ではなく、失われた生活の仕組みそのものの部品であり、単なる石の箱として眺めるよりはるかに読み応えがある。
西室に架かる低い石造アーチは、それだけでも一見の価値がある。地元の石灰岩を切り出した、素朴ながら確かな技術による沖縄の石造である。ここに立てば、登録基準がなぜこのフールを「再現することが容易でないもの」としたかが腑に落ちる。家は図面から建て直せても、一世紀以上前に衛生行政が終わらせた慣習と結びついたこうした構築物は、再びつくることができない。
旧知念家住宅フールは、平成20年に一括して登録された5件、旧民家4棟とフール1基のうちの一つである。この一群で唯一の住居以外の建造物であり、建築よりも日々の暮らしそのものを率直に語る一基といえる。
Q&A
- フールとは何ですか。
- 便所と豚小屋を一体につくった沖縄の伝統的な構築物です。石敷の穴から落ちた排泄物を、下で飼う豚が処理しました。二十世紀初頭まで、琉球の農村で広く見られた設えです。
- なぜ民家とは異なる基準で登録されたのですか。
- 「再現することが容易でないもの」として登録されています。石灰岩のアーチ造や、それが支えた慣習は今日では再現しがたく、現存する構築物そのものに代えがたい価値があるためです。
- フールはなぜ使われなくなったのですか。
- 衛生上の理由からです。大正6年(1917年)頃、警察署長の命で多くのフールが壊され、新設も禁じられました。本フールは残され、以後はかたわらに便所を設けて豚小屋専用となりました。
- 見学できますか。
- はい。おきなわワールド(南城市)の琉球王国城下町にあります。入園は有料で年中無休です。
基本情報
| 名称 | おきなわワールド旧知念家住宅フール |
|---|---|
| 所在地 | 沖縄県南城市玉城字前川1384他(おきなわワールド内) |
| 移築前所在地 | 旧玉城村字前川(現・沖縄県南城市) |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物) 登録番号47-0070 |
| 登録年月日 | 平成20年(2008年)4月18日(告示同年5月7日) 基準:再現することが容易でないもの |
| 年代 | 明治30年(1897年)頃 平成8年(1996年)移築 |
| 構造・形式 | 石造(琉球石灰岩切石)、面積約16平方メートル 平面東西約3.4メートル×南北約3.5メートル 偏平アーチを架けた2室構成 |
| 所有者 | 株式会社南都 |
| 公開状況 | おきなわワールド内で公開。那覇空港から車で約30分。 |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁)「おきなわワールド旧知念家住宅フール」
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00007162
- 文化遺産オンライン「おきなわワールド旧知念家住宅フール」
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/120034
- おきなわワールド公式サイト「国・登録有形文化財の古民家紹介」
- https://www.gyokusendo.co.jp/okinawaworld/culturalproperties/
最終更新日: 2026.07.02