浅野家住宅乾蔵とは

浅野家住宅乾蔵は、大阪府八尾市久宝寺5丁目にある江戸時代末期(1830〜1867年)の土蔵で、平成16年(2004年)11月8日に国の登録有形文化財(建造物)に登録された。浅野家住宅の主屋の西、敷地の北西の角に位置する。

桁行2間・梁間2間のほぼ正方形の平面に、土蔵造の2階を立ち上げる。建築面積は19平方メートルで、浅野家住宅の5棟のうち南納屋に次いで小さい。屋根は切妻造の本瓦葺。外壁は白の漆喰塗で、腰には縦の羽目板を張る。

「乾(いぬい)」は北西を指す古い方位の呼び名である。浅野家住宅乾蔵という名前は、敷地のどの隅に建つかをそのまま示している。対角の南東の隅には、昭和10年(1935年)の巽蔵がある。

登録の理由と価値

登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」である。浅野家住宅乾蔵は、主屋と同じ江戸末期に建てられ、主屋とともに屋敷の北辺、つまり街路に面した側を構成している。昭和期に建て揃えられた裏手の附属屋とは時期が違い、主屋と対になって江戸末期の屋敷の表を保っていることに意味がある。

開口部の向きにも注意したい。戸口は東面に設けて片引きの土戸を建て込み、2階の窓は南面に開く。どちらも屋敷の内側を向いており、北の街路に対しては開口のない壁を見せる。火と盗難から家財を守る土蔵らしい向きの選び方である。

北面の門と塀は近年の改修である、と文化庁の解説は断っている。登録の対象として評価されているのは、蔵そのものの江戸末期の構えである。

見どころ

白漆喰の壁と、足元を守る縦羽目の腰板との切り替えが、この蔵の外観でいちばん目につく線になる。腰板は雨の跳ね返りから土壁を守るための仕上げで、白い壁面の下に木の帯が一周する。

本瓦葺の屋根は、隣の主屋の大屋根と同じ葺き方である。同じ江戸末期の2棟が同じ本瓦でそろえられているのに対し、昭和10年頃の巽蔵や南納屋は桟瓦葺になる。屋根の瓦を見比べると、浅野家住宅乾蔵が屋敷の古い層に属することが分かる。

街路から見るときは、手前の門と塀が近年のものだという点を踏まえておきたい。その奥に立ち上がる白壁と本瓦の屋根が、江戸末期の部分である。

見学方法

浅野家住宅乾蔵は個人の敷地内にあり、内部は公開されていない(2026年9月27日確認)。戸口と窓は屋敷の内側を向いているため、公道からは門と塀の上に見える壁面と屋根が中心になる。

撮影は公道からにとどめ、門の内側を写し込まないよう気をつけたい。

Q&A

Q浅野家住宅乾蔵はいつ建てられましたか?
A文化庁のデータベースでは江戸時代末期(1830〜1867年)の建築とされ、主屋と同じ時期の建物です。
Q浅野家住宅乾蔵の「乾」とはどういう意味ですか?
A北西を指す古い方位の呼び名です。浅野家住宅乾蔵は敷地の北西の角に建っており、南東の角には巽蔵があります。
Q浅野家住宅乾蔵の内部は見学できますか?
A個人の敷地内にあるため公開されていません。公道からは門と塀越しに壁面と屋根を見ることができます。
Q浅野家住宅乾蔵と主屋にはどんな関係がありますか?
Aどちらも江戸時代末期の建物で、屋敷の北辺、街路に面した側に並んでいます。屋根はともに本瓦葺で、昭和10年頃に建てられた裏手の附属屋の桟瓦葺とは葺き方が異なります。
Q浅野家住宅乾蔵の門と塀も登録されていますか?
A登録の対象は蔵です。北面の門と塀について、文化庁の解説は近年の改修によるものと記しています。

基本情報

名称浅野家住宅乾蔵(あさのけじゅうたくいぬいぐら)
所在地大阪府八尾市久宝寺5丁目69
指定区分登録有形文化財(建造物)登録番号27-0305
指定年平成16年(2004年)11月8日登録
員数1棟
寸法土蔵造2階建、本瓦葺、建築面積19平方メートル、桁行2間・梁間2間
所有者個人
公開状況非公開(外観のみ公道から見学可)

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁):浅野家住宅乾蔵
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00004377
文化遺産オンライン:浅野家住宅乾蔵
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/117457

最終更新日: 2026.09.26