廣海家住宅―貝塚寺内町の西端に残る廻船問屋の屋敷

廣海家住宅は、大阪府貝塚市西町にある廻船問屋・肥料商の旧家の屋敷で、主屋は文久元年(1861年)に建てられ、敷地内の建造物8件が平成15年(2003年)に国の登録有形文化財に登録された。

貝塚は、浄土真宗の願泉寺を中心に発展した寺内町である。廣海家の屋敷はその西寄り、かつての浜に近い西町にあり、文化庁の解説は「旧海岸沿い」に広大な敷地を構える家として紹介している。いまは海岸線が遠くへ退いているが、屋敷の位置そのものが、船で財を築いた家であることを語る手がかりになる。

読みには揺れがある。文化庁の国指定文化財等データベースは「ひろうみけじゅうたく」、貝塚市の文化財紹介ページは「ひろみけじゅうたく」と記す。本サイトは英語表記を文化庁の読みに合わせて Hiroumi Family Residence とし、「廣」は登録名称どおりの字で書いている。

諸色問屋の開業から肥料商へ

貝塚市の解説によると、廣海家の始まりは天保6年(1835年)である。貝塚寺内の有力町人であった明瀬家の娘ひろが、摂津国鳴尾(現在の兵庫県西宮市鳴尾町)の酒造家・辰馬半右衛門家から養子を迎え、寺内の地頭であった願泉寺卜半家から「廣海」の姓を与えられて、諸色問屋(廻船問屋)を開いた。

商いは海を相手に広がった。慶応年間(1865年〜1868年)には大型の和船4隻を持ち、北陸、東北の日本海沿岸、北海道の米穀や肥料を扱っていたという。

明治16年(1883年)に海運からは手を引くが、その後も戦前まで肥料問屋を続け、貝塚銀行をはじめ地元企業の設立にも加わった。屋敷に残る明治期の蔵や納屋、隠居用の離れは、海運をやめたあとも家業と家が続いていたことを示している。

屋敷の構成と8件の登録建造物

屋敷は旧近木之町筋(こぎのちょうすじ)に面し、敷地は東西約73メートル、南北約36メートルで、ほぼ一街区を占める。主屋は北を向いて通りに長い軒を連ね、その背後に土蔵群と離れ、納屋が配される。

登録された8件は、建てられた時期の順に並べると次のようになる。

  • 主屋:文久元年(1861年)。木造平屋建、瓦葺。間口18間半の長大な町家で、敷地の北辺を占める
  • 中蔵:江戸時代末期。当家で最も古い蔵との言い伝えがあり、主屋よりやや先立つ時期と見られている
  • 居間蔵:江戸時代末期。主屋の西寄りの南側に建ち、座敷と渡り廊下でつながる
  • 下蔵:江戸時代末期。中蔵の南に並ぶ桁行5間の2階建土蔵
  • 高塀:明治時代前期。主屋の東南隅から南へ延び、納屋に取り付く土塀
  • 納屋:明治時代中期。屋敷地の東南隅に建つ土蔵造平屋建
  • 新蔵:明治時代後期。敷地の西南隅近くに建つ、名前どおり最も新しい土蔵
  • 離れ:明治時代後期。主屋の背後に建てられた隠居屋で、数寄屋風の意匠をもつ

8件はいずれも平成15年(2003年)7月1日付で登録され、登録番号は27-0249から27-0256まで連番になっている。登録基準は主屋だけが「再現することが容易でないもの」、ほかの7件は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」である。主屋、高塀、納屋が東側で一続きの外観をつくり、寺内町の町並み景観を形づくっている点も、文化庁の解説が挙げる評価の一つである。

見学方法とアクセス

廣海家住宅は個人が所有する住まいで、建物の内部は通常公開されていない。大阪観光局の案内記事によると、主屋では時折音楽などの催しが開かれることがあるが、定まった公開日は設けられていない。貝塚寺内町保存活用事業団も、寺内町に13軒ある登録文化財の町家について、住まいとして使われている家が多く内部は原則非公開としている。

見学は、通りから外観を眺める形になる。北側の通りに面した主屋の長い正面と、東側の高塀から納屋へ続く壁面が、道路から見やすい部分である。敷地内へは立ち入らず、門や窓越しに内部を撮影することも控えたい。撮影について所有者が定めた規則は確認できなかったため、道路からの外観撮影にとどめるのが無難である。

最寄り駅は南海本線の貝塚駅で、大阪市内から電車で1時間以内。寺内町は駅の西口側に広がり、貝塚市のモデルコースは駅を起点に感田神社、願泉寺、堀之町の町並などをたどって西町の町並へ至る道筋を紹介している。駅から西町までは寄り道をせずに歩いておよそ15分が目安である。駅の改札前には観光案内所「ぷらっと貝塚」があり、観光ボランティアガイドの受付も行っている。

参考文献

廣海家住宅主屋|国指定文化財等データベース(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00003456
廣海家住宅居間蔵|国指定文化財等データベース(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00003457
廣海家住宅中蔵|国指定文化財等データベース(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00003458
廣海家住宅下蔵|国指定文化財等データベース(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00003459
廣海家住宅新蔵|国指定文化財等データベース(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00003460
廣海家住宅離れ|国指定文化財等データベース(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00003461
廣海家住宅納屋|国指定文化財等データベース(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00003462
廣海家住宅高塀|国指定文化財等データベース(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00003463
廣海家住宅主屋|文化遺産オンライン
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/179676
廣海家住宅|貝塚市
https://www.city.kaizuka.lg.jp/bunkazai/bunkazaidata/bunkazai/kuni_sitei/tourokubunkazai/hiromike.html
寺内町エリア(貝塚One Day Trip)|貝塚市
https://www.city.kaizuka.lg.jp/kanko/onedaytrip/jinaicho.html
寺内町に残る町家|一般社団法人貝塚寺内町保存活用事業団
https://jinaicho.org/machiya/
大阪・貝塚寺内町の古い町並みを散策|Discover Osaka
https://discover.osaka-info.jp/jp/articles/jinaicho-kaizuka
貝塚市観光案内所「ぷらっと貝塚」|OSAKA-INFO
https://osaka-info.jp/spot/tourist-information-kaiduka/

最終更新日: 2026.09.26

基本情報

名称廣海家住宅
所在地大阪府貝塚市西町569他
所有者個人
指定登録有形文化財 8件
座標34.44889, 135.35432