廣海家住宅下蔵―内部を二つに仕切った2階建の土蔵
廣海家住宅下蔵は、大阪府貝塚市西町の廣海家の屋敷に建つ江戸時代末期の2階建の土蔵で、平成15年(2003年)に国の登録有形文化財(建造物)に登録された。
中蔵の南に半間ほどの隙間をおいて建ち、東側の妻の位置を中蔵と揃えている。桁行5間・梁間2間半、建築面積45平方メートル。土蔵造2階建、瓦葺で、屋敷の江戸期の土蔵のなかではもっとも大きい。
廣海家住宅下蔵のいちばんの特徴は、外からは1棟に見える蔵の中身が、もとは完全に二つに分かれていたことである。
登録の理由と価値―二つの蔵を一つ屋根に
文化庁の解説によると、内部は桁行の中央で2分割され、東と西にそれぞれ入口がある。現在は仕切り壁に開口を設けているが、当初は内部で行き来できない造りであった。
つまり廣海家住宅下蔵は、壁を共有する2戸の蔵を一つ屋根の下に並べたものである。なぜ分けたのかは解説に記されていないが、一つの蔵を独立した二つの収納として使っていたことは造りから明らかで、問屋の蔵の使い方を具体的に伝える。
登録は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」という基準による。中蔵・居間蔵とともに屋敷西側の土蔵群をつくっている。
見どころ―東西の入口と地棟の小屋組
入口が東の妻と西の妻の両方にあることは、この蔵が2戸に分かれていた名残である。どちらの入口から入るかで、使える空間が決まっていた。
屋根裏の架構にも注目したい。小屋組は、棟の下に通した太い地棟に、登梁を斜めに架け渡す形式である。地棟と登梁で屋根を受けると、2階の中央に束を林立させずに済み、蔵の2階を広く使える。同じ形式は明治期の新蔵にも受け継がれている。
中蔵とは半間ほどの隙間を挟んで並び、東の妻の線が揃う。屋敷西側の土蔵が整然と配置されていることが、この2棟の関係からもよく分かる。
廣海家住宅下蔵の見学方法
廣海家住宅下蔵は個人の屋敷の内側に建ち、一般には公開されていない。内部の仕切り壁や小屋組を見る機会はなく、通りから姿が見えるかどうかも確認できていない。
敷地に立ち入ることはできないため、見学は屋敷の外周の道からに限られる。屋敷全体の成り立ちと行き方は、廣海家住宅のページにまとめてある。
Q&A
- 廣海家住宅下蔵はどのような造りですか?
- 桁行5間・梁間2間半の2階建土蔵で、内部が中央で2つに仕切られ、東西にそれぞれ入口があります。当初は内部で行き来できない構造でした。
- 廣海家住宅下蔵の小屋組の特徴は?
- 棟の下の地棟に登梁を架け渡す形式です。2階に柱や束を多く立てずに済むため、蔵の2階を広く使えます。
- 廣海家住宅下蔵はいつの建物ですか?
- 文化庁のデータベースでは江戸時代末期とされています。平成15年(2003年)に登録有形文化財に登録されました。
- 廣海家住宅下蔵は見学できますか?
- 個人の屋敷の敷地内にあるため公開されていません。敷地に立ち入ることもできません。
- 廣海家住宅下蔵は屋敷のどこにありますか?
- 中蔵の南に半間ほど離れて建ち、東の妻の位置を中蔵と揃えています。屋敷の西側に集まる土蔵群の一つです。
基本情報
| 名称 | 廣海家住宅下蔵 |
|---|---|
| 所在地 | 大阪府貝塚市西町569他 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物) |
| 指定年 | 平成15年(2003年)7月1日登録 |
| 員数 | 1棟 |
| 寸法 | 桁行5間・梁間2間半、建築面積45平方メートル |
| 所有者 | 個人 |
| 公開状況 | 非公開 |
参考文献
最終更新日: 2026.09.26