廣海家住宅新蔵―明治に加わった「新しい蔵」
廣海家住宅新蔵は、大阪府貝塚市西町の廣海家の屋敷に建つ明治時代後期の2階建の土蔵で、平成15年(2003年)に国の登録有形文化財(建造物)に登録された。
場所は敷地の西南隅の近く。桁行・梁間とも3間の正方形に近い平面で、建築面積は34平方メートル。土蔵造2階建、瓦葺で、出入口は東側の妻に開く。
名前のとおり、廣海家住宅新蔵は屋敷の土蔵のなかでいちばん新しい。江戸時代末期の居間蔵・中蔵・下蔵に対し、明治時代の後半に建て増された蔵である。
登録の理由と価値―海運をやめた後の建て増し
文化庁の解説は、部材の経年がほかの土蔵より新しいことから、建築年代を明治時代後半とみている。廣海家は明治16年(1883年)に海運から手を引いたが、その後も肥料問屋を続けた。廣海家住宅新蔵は、商いの形を変えながら家が続いていた時期に建てられた蔵ということになる。
登録の基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」。江戸期の3棟の土蔵に明治の1棟が加わることで、屋敷の蔵が一時期に揃ったものではなく、代を重ねて増えていったことが分かる。
見どころ―江戸の蔵から受け継いだ小屋組
小屋組は、江戸時代末期の下蔵と同じく、棟の下の地棟に登梁を投げかける形式をとる。建てられた時期は数十年離れていても、同じ屋敷のなかで蔵の造り方が引き継がれていたことを示す。
平面が3間四方と正方形に近いのも、細長い下蔵とは対照的である。同じ小屋組の形式を、異なる平面の蔵にどう当てはめたかを比べられるのは、土蔵が複数残る屋敷だからこそできる見方である。
江戸期の蔵と並べて見ると、部材の色や古び方の違いが年代差を示す手がかりになる。文化庁の年代判定も、この経年の差を根拠にしている。
廣海家住宅新蔵の見学方法
廣海家住宅新蔵は個人の屋敷の内側に建ち、一般には公開されていない。敷地の西南隅に近い位置にあるが、外周の道から姿が見えるかどうかは確認できていない。
敷地に立ち入ることはできないため、見学は屋敷の外周の道からに限られる。屋敷全体の成り立ちと行き方は、廣海家住宅のページにまとめてある。
Q&A
- 廣海家住宅新蔵はいつ建てられましたか?
- 文化庁の解説では、部材の経年からほかの土蔵より新しく、明治時代後半の建築と見られています。
- 廣海家住宅新蔵とほかの蔵の違いは何ですか?
- 江戸時代末期の居間蔵・中蔵・下蔵に対して明治後期の建築である点です。一方で、小屋組は下蔵と同じく地棟に登梁を架ける形式を受け継いでいます。
- 廣海家住宅新蔵は見学できますか?
- 個人の屋敷の敷地内にあるため公開されていません。敷地に立ち入ることもできません。
- 廣海家住宅新蔵の大きさは?
- 桁行・梁間とも3間、建築面積34平方メートルの土蔵造2階建で、屋根は瓦葺です。
- 廣海家住宅新蔵は屋敷のどこにありますか?
- 敷地の西南隅の近くに建ち、出入口は東側の妻に開いています。
基本情報
| 名称 | 廣海家住宅新蔵 |
|---|---|
| 所在地 | 大阪府貝塚市西町569他 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物) |
| 指定年 | 平成15年(2003年)7月1日登録 |
| 員数 | 1棟 |
| 寸法 | 桁行3間・梁間3間、建築面積34平方メートル |
| 所有者 | 個人 |
| 公開状況 | 非公開 |
参考文献
- 廣海家住宅新蔵|国指定文化財等データベース(文化庁)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00003460
- 廣海家住宅新蔵|文化遺産オンライン
- https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/188190
- 廣海家住宅|貝塚市
- https://www.city.kaizuka.lg.jp/bunkazai/bunkazaidata/bunkazai/kuni_sitei/tourokubunkazai/hiromike.html
最終更新日: 2026.09.26