貝塚寺内町の産土神

感田神社(かんだじんじゃ)は、大阪府貝塚市中にある貝塚寺内町の産土神で、宝暦8年(1758年)の神馬舎から昭和29年(1954年)の神楽殿まで、境内の建物12件が平成20年(2008年)に国の登録有形文化財となった。祭神は天照大神・素盞鳴尊・菅原道真の三柱。古くは感田瓦大明神(かんだかわらだいみょうじん)と呼ばれた。

創建の年代ははっきりしない。貝塚市の文化財解説によれば、海塚村の牛頭天王社と堀村の天神社から祭神を迎え、陶器の祠を造ったのが始まりと伝わる。神社の公式サイトは、天正15年(1587年)に町の人々が祠を建てたとしている。寺内町は願泉寺を中心に中世の終わりから栄えた町で、そこに暮らす人々の氏神として祀られてきた。

慶安元年(1648年)には本社などが再建され、境内にあった天台宗の神宮寺・宗福寺の住職が神事を担った。明和5年(1768年)に大明神の号を受けて感田瓦大明神を公称し、文化10年(1813年)の落雷で本殿などを失ったが翌年に建て直している。

明治元年(1868年)の神仏分離で宗福寺は廃され、神職が置かれた。明治5年(1872年)に郷社となり、明治40年(1907年)には町の北にあった海幸神社を合わせて祀っている。昭和20年(1945年)7月の貝塚空襲では本殿・神饌所・神楽殿・潜戸神社が焼け、神馬舎も一部が被災した。現在の本殿は戦後の再建で、登録の対象には入っていない。

12件がそろって登録された意味

感田神社の12件は、平成20年(2008年)9月26日の文化審議会の答申を経て、同年10月23日付で登録された。登録番号は27-0507から27-0518まで連番で、第61回の登録にあたる。これにより貝塚市内の登録文化財は15か所51棟になったと、市の広報は伝えている。

12件の内訳は、末社の本殿4棟(一之社・三之社・四之社・五之社)、門2件(神門・南門)、塀1件(土塀)、そして神輿蔵・神楽殿・神馬舎・参集殿・齋館の5棟である。建築年代は江戸中期の宝暦8年(1758年)から昭和29年(1954年)まで、およそ200年にわたる。

文化庁のデータベースを1件ずつ見ると、適用された登録基準は半分ずつに分かれている。三之社・四之社・五之社の本殿と神楽殿・参集殿・齋館の6件が「造形の規範となっているもの」、一之社本殿・神輿蔵・神馬舎・神門・土塀・南門の6件が「国土の歴史的景観に寄与しているもの」である。登録当時の市の広報は12件全体の理由を後者として紹介しており、個々の基準とは書き方が異なる。本サイトは文化庁のデータベースの記載に従った。

時代の違う社殿・門・蔵・座敷が一つの境内に重なって残り、寺内町の神社の姿を伝えている。1棟ごとの価値に加えて、その重なり自体が評価されたと読める登録である。

境内の配置と歩く順序

感田神社の境内は、西の南北通りと南の街路に面している。表門にあたる神門は、南北の通りから少し東へ入った位置に立ち、通りから神門までの参道の両脇を土塀が固める。土塀は神門の南側にも折れて延び、三之社などを納める覆屋の手前まで続く。

神門をくぐった先、境内の中央には東を向いて一之社本殿が建つ。その北西の覆屋の中に三之社本殿が収まり、東に四之社、西に五之社の小さな本殿が並ぶ。一之社本殿の南側には神輿蔵がやはり東を向いて建ち、境内の東寄りには東西に棟を通した神楽殿がある。

北の縁には東西に長い参集殿が横たわり、その東南に渡廊下でつながる齋館が付く。南の縁の中ほどに開くのが南門で、そのすぐ東に神馬舎が立つ。南門の脇にも土塀が続き、南側の街路の景色をつくっている。

境内には、かつて寺内町を囲んでいた環濠の跡が池の形で残る。市はこれを寺内町の濠の面影を伝える唯一の遺構と紹介しており、平成27年(2015年)3月6日に貝塚寺内町環濠跡として市の文化財となった。12件の建物を見て回る途中で、町の成り立ちを示すこの跡にも目を向けたい。

太鼓台祭と年中行事

感田神社の例大祭は毎年7月、海の日の前の土曜と日曜に行われ、太鼓台祭として知られる。神社の案内では、宵宮の土曜は午後3時から湯神楽神事、本宮の日曜は午前9時から正午まで神輿の渡御が行われる。宵宮には家々が献灯をし、まん幕を張る。

赤い布団を重ねた太鼓台が「ベーラベーラベラショッショ」の掛け声とともに町を練り歩く。1月9日から11日には境内の海幸戎神社で十日戎の大祭があり、月次祭は毎月1日と15日。秋祭りは10月である(いずれも2026年9月26日確認)。

感田神社の見学とアクセス

感田神社へは、南海本線の貝塚駅で降り、西口から難波方面へ歩いて3分ほど。神社は駅の北側にあり、南の街路からは南門、西の通りからは神門を通って境内に入れる。駐車場は境内にある。

神社の公式サイトと市の案内には、境内の拝観時間や拝観料の定めは示されていない(2026年9月26日確認)。問い合わせは社務所(電話072-422-1446)で受けている。参集殿は披露宴にも使われており、12件の建物はいずれも内部を一般に公開する案内が見当たらないため、見学は境内から外観を見る形になる。

撮影についての決まりも公表されていない。祭典や婚礼の最中は控え、建物に近づいて撮る場合は社務所に一声かけておくと確実である。所在地は文化庁のデータベースでは中905(参集殿と齋館は中1546-2)、神社の案内では中町10-1と表記されているが、いずれも同じ境内を指す。

参考文献

国指定文化財等データベース 感田神社神門(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00007395
国指定文化財等データベース 感田神社土塀(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00007396
国指定文化財等データベース 感田神社末社一之社本殿(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00007386
国指定文化財等データベース 感田神社末社三之社本殿(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00007387
国指定文化財等データベース 感田神社末社四之社本殿(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00007388
国指定文化財等データベース 感田神社末社五之社本殿(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00007389
国指定文化財等データベース 感田神社神輿蔵(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00007390
国指定文化財等データベース 感田神社神楽殿(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00007391
国指定文化財等データベース 感田神社参集殿(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00007393
国指定文化財等データベース 感田神社齋館(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00007394
国指定文化財等データベース 感田神社南門(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00007397
国指定文化財等データベース 感田神社神馬舎(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00007392
貝塚市 感田神社(登録文化財)
https://www.city.kaizuka.lg.jp/bunkazai/bunkazaidata/bunkazai/kuni_sitei/tourokubunkazai/kandajinja.html
貝塚市 わがまち再発見 第88号 感田神社
https://www.city.kaizuka.lg.jp/kakuka/sogoseisaku/miryoku/menu/kohokocho/wagamachi_saihakken/h20_wagamachi_saihakken/kandazinnjya.html
貝塚市観光案内 感田神社
https://www.city.kaizuka.lg.jp/kanko/rekishi/kandazinzya.html
感田神社 公式サイト
https://www.kandajinja.com/

最終更新日: 2026.09.25

基本情報

名称感田神社
所在地大阪府貝塚市中905
所有者宗教法人感田神社
指定登録有形文化財 12件
座標34.44731, 135.35862