感田神社土塀とは
感田神社土塀は、大阪府貝塚市中の感田神社に江戸時代後期に築かれた練塀で、平成20年(2008年)10月23日に国の登録有形文化財に登録された。員数は1基で、折れ曲がりながら総延長20mにわたる。
位置は2か所に分かれる。一つは神門から西の通りまでの参道の両脇、もう一つは神門の南から三之社などを納める覆屋の手前までの区間である。高さは2mから2.5mで、頂部に切妻造の瓦屋根を載せ、表面は白壁に仕上げている。
練塀は、瓦と練った土を交互に積み重ねて芯をつくる塀をいう。
登録の理由:門と組になる塀
感田神社土塀の登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」。文化庁の解説は、神門とともに敷地の正面に風格を与える塀として評価している。
通りから見ると、白い壁が参道の左右から神門へ向かってすぼまり、その突き当たりに二重門が立つ。塀がなければ門は通りに面した1棟の建物にすぎないが、両脇の壁が参道の輪郭を与えることで、神社の入口としての奥行きが生まれている。
南の街路に面した南門の脇にも塀があるが、そちらは南門の袖塀として南門の登録に含まれる。感田神社土塀として登録されているのは、神門まわりの西側の区間である。
見どころ:内側に現れる瓦の層
感田神社土塀の見どころは、神門をくぐった内側にある。外の通りに面した側は白壁に塗られているが、文化庁の解説によると、神門より内側の区間では瓦と練り土の積み重ねが目で確かめられる。
白壁の下に何が詰まっているかを、同じ塀の表と裏で見比べられることになる。水平に走る瓦の縞がどの高さで何段入っているか、近づいて数えてみたい。
壁の上の瓦屋根にも目を向けたい。切妻の小さな屋根が雨を左右に振り分け、土の壁を濡らさないようにしている。
感田神社土塀の見学
感田神社土塀は屋外の構造物で、参道を歩けば両側から見られる。瓦の層が見える内側の区間は、神門をくぐった先の境内にある(2026年9月26日確認)。
壁に触れたり寄りかかったりすると表面の土や漆喰を傷めるおそれがあるので、見るだけにとどめたい。撮影の決まりは公表されていない。境内への行き方は感田神社のページにまとめてある。
Q&A
- 感田神社土塀はいつ築かれましたか?
- 江戸時代後期とされています。正確な年は文化庁のデータベースにも示されていません。
- 感田神社土塀はどのような構造ですか?
- 瓦と練り土を交互に積んだ練塀で、高さ2〜2.5m、折れ曲がりの総延長20m。頂部に切妻造の瓦屋根を載せ、表面を白壁に仕上げています。
- 感田神社土塀の瓦の層はどこで見られますか?
- 神門より内側の区間です。外の通りに面した側は白壁ですが、内側では瓦と練り土の重なりが確認できると文化庁は記しています。
- 感田神社土塀と南門の脇の塀は同じものですか?
- 別のものです。南門の脇の塀は南門の袖塀として南門の登録に含まれます。感田神社土塀は神門まわりの参道の両脇などに築かれた塀です。
- 感田神社土塀はなぜ登録有形文化財になったのですか?
- 「国土の歴史的景観に寄与しているもの」として登録されました。神門とともに境内の正面に風格を与える塀と評価されています。
基本情報
| 名称 | 感田神社土塀 |
|---|---|
| 所在地 | 大阪府貝塚市中905 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物)、登録番号27-0517 |
| 指定年 | 平成20年(2008年)10月23日登録 |
| 員数 | 1基 |
| 寸法 | 土塀、瓦葺、延長20m(高さ2〜2.5m、練塀) |
| 所有者 | 宗教法人感田神社 |
| 公開状況 | 屋外。参道と境内から見学可 |
参考文献
- 国指定文化財等データベース 感田神社土塀(文化庁)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00007396
- 貝塚市 感田神社(登録文化財)
- https://www.city.kaizuka.lg.jp/bunkazai/bunkazaidata/bunkazai/kuni_sitei/tourokubunkazai/kandajinja.html
最終更新日: 2026.09.25