感田神社参集殿とは

感田神社参集殿は、大阪府貝塚市中の感田神社にある明治15年(1882年)建立の座敷棟で、大正13年(1924年)に現在地へ移築され、平成20年(2008年)10月23日に国の登録有形文化財に登録された。境内の北辺に、東西に細長く建つ。

木造平屋建、建築面積214㎡。登録12件の中で飛び抜けて大きく、2番目に大きい神門(38㎡)の5倍を超える。文化庁のデータベースでは所在地を中1546-2他としており、境内北側の地番にかかる。

移築前にどこに建っていたかは、文化庁の解説にも市の解説にも示されていない。

登録の理由:江戸の格式を伝える明治の座敷

感田神社参集殿の登録基準は「造形の規範となっているもの」。文化庁の解説は、上質なつくりの座敷として評価している。

座敷は建物の東端にある。広さは十二畳半で、トコ(床の間)と違棚、平書院を備える。その西に同じ広さの次の間が続き、まわりに縁をめぐらせる。貝塚市の解説によると、座敷には二間の床の間を設け、四周に長押をまわして格式を整えており、明治期の建築ながら江戸時代の形式をよく伝えている。

神社の公式サイトは、参集殿を披露宴にも使えると案内している。明治の座敷が、今も人の集まる場として働いていることになる。

見どころ:途中で形が変わる屋根

感田神社参集殿の屋根は本瓦葺だが、東と西で形が違う。東半分は入母屋造、西半分は切妻造である。座敷のある東側に格の高い入母屋を架け、次の間から西は簡素な切妻で納めている。

中央のやや東寄りには、入母屋造の屋根を載せた式台が張り出す。式台は客を迎えるための改まった玄関で、ここから東の座敷へ上がる動線が屋根の形からも読み取れる。

境内の南側から北を向くと、長い屋根の東端の入母屋、中ほどの式台の屋根、西の切妻が一列に並ぶ。3つの屋根の形を左から右へ追うと、建物の中の格の配置が外から分かる。

感田神社参集殿の見学

感田神社参集殿は神社の行事や披露宴に使われる建物で、座敷を一般に公開する案内は見当たらない。外観は境内から見られる(2026年9月26日確認)。

披露宴などで使われている日は、建物に近づくのを控えたい。利用の相談は社務所(電話072-422-1446)で受けている。撮影の決まりは公表されていない。境内への行き方は感田神社のページにまとめてある。

Q&A

Q感田神社参集殿はいつ建てられましたか?
A明治15年(1882年)の建築で、大正13年(1924年)に現在地へ移築されました。
Q感田神社参集殿の座敷にはどのような特徴がありますか?
A東端の十二畳半の座敷にトコ・違棚・平書院を構え、二間の床の間と四周の長押で格式を整えています。西に同じ広さの次の間が続きます。
Q感田神社参集殿の屋根はどうなっていますか?
A本瓦葺で、東半部を入母屋造、西半部を切妻造とし、中央東寄りに入母屋造の式台を付けています。
Q感田神社参集殿の中に入れますか?
A一般公開の案内はありません。神社の案内では披露宴にも使えるとされ、利用は社務所に相談します(2026年9月26日確認)。
Q感田神社参集殿は境内のどこにありますか?
A境内の北辺に東西に長く建ち、東南に渡廊下でつながる齋館があります。

基本情報

名称感田神社参集殿
所在地大阪府貝塚市中1546-2他
指定区分登録有形文化財(建造物)、登録番号27-0514
指定年平成20年(2008年)10月23日登録
員数1棟
寸法木造平屋建、瓦葺、建築面積214㎡(本瓦葺、東半部入母屋造・西半部切妻造、式台付)
所有者宗教法人感田神社
公開状況外観見学可。内部は一般公開なし(披露宴等の利用は社務所に相談)

参考文献

国指定文化財等データベース 感田神社参集殿(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00007393
貝塚市 感田神社(登録文化財)
https://www.city.kaizuka.lg.jp/bunkazai/bunkazaidata/bunkazai/kuni_sitei/tourokubunkazai/kandajinja.html
感田神社 公式サイト
https://www.kandajinja.com/

最終更新日: 2026.09.25