奈良から運ばれてきた社殿
大阪市平野区、杭全神社の拝殿の奥には、朱塗りの本殿が三棟並んで建っている。正面に向かって左端が第一殿である。建てられた年でいえば三棟のうちで最も新しいが、たどってきた道のりは最も長い。もとは奈良の春日大社に建てられた社殿で、三百年あまり前に大阪へと移されてきた。
第一殿は一間社春日造、屋根は檜皮葺の小ぶりな社殿である。春日造は春日大社に始まる本殿の形式で、正面の幅が一間と狭く、切妻屋根の正面に向拝が前へ張り出し、多くは朱で塗られる。やがて全国の神社建築の手本のひとつとなった様式だが、この第一殿はその名のもととなった春日大社そのものから移されたという、いわば本家の社殿である。
移築された社殿が重文に指定された理由
春日大社では、定められた周期で社殿を造り替える式年造替が行われてきた。本殿を建て替える際、取り壊した古い社殿の材は捨てられるのではなく、他の神社へと下げ渡される。譲り受けた側ではそれを組み直して使い続ける。杭全神社の第一殿も、そうして譲られた社殿のひとつである。
この建物はもともと春日大社本社本殿の第三殿で、元禄3年(1690年)に建てられた。正徳元年(1711年)、杭全神社の旧第一殿が朽損して修理が難しくなったため、取り壊された春日大社の旧殿を譲り受けて現在地に移し、以来そのまま今に残されている。後世の改修がほとんど加えられていないため、十七世紀末の春日造の姿をよく保っている。由緒のはっきりした現存の春日大社旧殿のなかでも、年代の古いものに数えられる。
重要文化財に指定されたのは昭和52年(1977年)1月28日。指定には、造営の経緯を記した棟札一枚も附として含まれている。
三殿を見比べる
三棟の本殿は、並べて眺めると二つの神社建築の形式を一度に見比べられるところがおもしろい。第一殿(1690年)と第三殿(1513年)はいずれも一間社春日造で、間口が狭く、正面に向拝が傾きかかる。中央の第二殿はそれより横に広く、永正10年(1513年)の三間社流造である。流造は神社建築でもっとも数の多い様式で、屋根の前側が参拝者の方へ長く流れ落ちる。前に立つと、一間と三間の正面の違いが素直に読み取れる。
1513年建立の二棟は、大阪市内に現存する建物のなかでも特に古い部類に入る。三殿をあわせて見れば、十六世紀初めから十七世紀末にかけての社殿の造りが、ひとところに凝縮されていることになる。本殿はいずれも内陣の玉垣の奥に建つため、間近からではなく、その前の拝所から眺めるのが通常の拝観となる。
三殿にはそれぞれ別の神が祀られている。第一殿は素盞嗚尊、第二殿は伊弉册尊をはじめとする熊野三所権現、第三殿は伊弉諾尊である。素盞嗚尊と熊野の神々が並ぶのは、祇園社として始まり、のちに熊野信仰を取り込んだこの神社の重なり合う歴史を映している。
神社をとりまく平野郷
杭全神社には、全国でここにしか残っていないものがある。連歌所、すなわち連歌を詠むための建物である。連歌は何人かが順に句を付けていく共同の詩の形式で、明治以降いったん廃れたものの、のちにこの地で復活した。今も毎月、平野法楽連歌会が境内で続けられている。
7月の半ば、静かな境内は平野だんじり祭でにぎわう。11日から14日までの四日間、九台のだんじりが町を曳き回され、四日を通して三十万人を超えるともいわれる人出となる。最大の見せ場は、夜にだんじりが境内へと曳き込まれる宮入で、近くの国道が通行止めになるほどの規模である。
神社は古い平野郷の縁に建つ。平野郷はかつて環濠に囲まれ、江戸時代には木綿の取引を支えに自治を営んだ町で、境内の東側には今もその環濠の一部が残る。歩いてすぐのところには融通念仏宗の総本山・大念仏寺があり、平野の小さな寺社や路地は、一、二時間ほど足で巡るのにふさわしい。
Q&A
- 第一殿の中に入って拝観できますか。
- いいえ。本殿のため内部の拝観はできず、内陣の奥に建っています。手前の拝所から、三殿をまとめて眺める形になります。
- 第一殿は他の二殿とどう違うのですか。
- 第一殿は1690年に建てられ、奈良の春日大社からこの地へ移されたものです。第二殿・第三殿は1513年にこの場所で建てられました。形式では第一殿と第三殿が一間社春日造、第二殿が幅の広い三間社流造です。
- 行き方を教えてください。
- JR大和路線の平野駅から南東へ徒歩5分ほどです。境内は自由に歩いて参拝できます。
- いつ訪れるのがよいですか。
- 本殿は一年を通して落ち着いた境内で拝観できます。趣の異なる時期としては、7月11日から14日のだんじり祭が大阪屈指の規模ですが、その間の境内は大変混み合います。
- 連歌所とは何ですか。
- 連歌、すなわち順に句を付けていく詩を詠むための建物です。こうした建物が今も残るのは全国で杭全神社だけで、毎月の連歌会も行われています。
基本情報
| 名称 | 杭全神社本殿(第一殿) |
|---|---|
| 所在地 | 大阪府大阪市平野区平野宮町二丁目 |
| 指定区分 | 重要文化財(昭和52年〈1977年〉1月28日指定) |
| 員数 | 1棟(附として棟札1枚) |
| 年代 | 元禄3年(1690年)建立、正徳元年(1711年)に現在地へ移築 |
| 構造 | 一間社春日造、檜皮葺 |
| 所有者 | 杭全神社 |
| アクセス | JR大和路線・平野駅から徒歩約5分。境内は自由参拝 |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/102/2101
- 杭全神社 公式サイト
- https://kumata.jp/
- 全国観光資源台帳(公益財団法人日本交通公社)
- https://tabi.jtb.or.jp/res/270056-
最終更新日: 2026.06.04