杭全神社本殿(第二殿)――永正十年の社殿が残る平野郷
大阪市平野区、杭全神社の拝殿の背後に、三棟の本殿が横に並んで建っている。中央が第二殿で、三棟のうちで間口がもっとも広い。建てられたのは永正十年(一五一三)の十二月二十六日。大阪市内に現存する建物としては最も古い部類に入る。
形式は三間社流造、屋根は檜皮葺である。流造は、切妻屋根の前側の流れを長く前に延ばして向拝とする社殿の形で、正面の幅が三間あるためにこの第二殿は両隣の社殿より大きく見える。祀られているのは伊弉册尊と、熊野の神である速玉男尊・事解男尊の三柱である。
平安の創建から室町の三殿へ
杭全神社の創建は貞観四年(八六二)と伝わる。征夷大将軍・坂上田村麻呂の孫にあたる坂上当道が、この地に素盞嗚尊を勧請したのが始まりとされる。当道の父・広野麿が杭全荘を領地として賜り、平野の地に居を構えていた。やがて神社は熊野信仰を受け入れ、熊野の神々を祀る社殿が境内に整えられていった。
第二殿と第三殿は、ともに永正十年に建立された。建立の年がこれほど明確にわかるのは、社殿内に納められた棟札による。棟札には造営の年と、工事に関わった人々の名が記されており、現在は本殿の附(つけたり)として指定の対象となっている。
建立から約百年後、平野郷は大坂の陣(一六一四〜一五年)の戦火に巻き込まれた。境内の多くは破壊されたが、本殿は焼失をまぬがれた。元和四年から寛永二年(一六一八〜二五)にかけて、代官・末吉孫左衛門尉長方を中心に氏子から寄進を集めて修造が行われ、社殿はほぼ旧に復した。
重要文化財に指定された理由
第二殿が重要文化財に指定されたのは昭和二十四年(一九四九)二月十八日、両隣の本殿と同じ日のことである。指定の背景には、永正十年の建立以降、この建物がほとんど姿を変えなかったという事情がある。十六世紀初めの架構や木割り、屋根の流れを後世の改変少なく保っており、室町時代末の社殿の姿を今に近い形で見ることができる。
棟札の存在も価値を高めている。多くの中世建築が様式からおおよその年代を推定するほかないなかで、第二殿には造営の年と関係者を記した同時代の記録が伴う。棟札一枚と、別に三枚一組が、本殿に附する文化財として指定されている。
見どころ
三殿の前に立つと、まず社殿の大きさの違いに目がいく。間口三間の第二殿は、両側の一間社春日造の社殿よりも明らかに大きい。妻入りの春日造と、正面に長く屋根を延ばす中央の流造。形式の違いは、少し離れた位置からでも見分けられる。
屋根の線を追ってみたい。檜皮葺の軒が前方へゆるやかに流れていくのが流造の特徴で、間口の広い第二殿ではその曲線が長く、低く伸びる。檜皮葺の屋根そのものも近くで見ると面白い。薄い檜の皮を幾重にも重ねて葺いた表面は、瓦屋根とは違うやわらかく深い陰影をたたえている。
三殿は狭い内庭に面して建つため、組物や扉まわりの木部を正面から間近に観察できる。木肌は深い茶色に枯れ、装飾は控えめで、後世の濃い彫刻とは異なる、この時代の社殿らしい簡素さがある。
参拝とアクセス
三殿は拝殿の奥に建ち、内部に立ち入ることはなく、正面から拝観する。境内に入るのに拝観料はかからない。お守りや御朱印を授与する社務所は、毎日午前八時から午後五時まで開いている。
神社は住宅が密集する一画にあるため、徒歩での参拝が便利である。JR関西本線(大和路線)平野駅から南東へ徒歩約六分、距離にして約四五〇メートル。Osaka Metro谷町線の平野駅からは徒歩約十七分かかる。車の場合、境内へは国道二十五号の宮前交差点に面した鳥居からしか入れない点に注意したい。
境内と平野の町
杭全神社には、全国でここにしか残っていないものがある。連歌を詠むための連歌所である。今も連歌会が催されており、中世の平野郷で栄えた文芸の営みが続いている。
境内は古い楠でも知られる。大阪府の天然記念物に指定され、樹齢は八百年とも千年ともいわれる。祭礼の時期に合わせて訪ねるなら、平野郷夏まつりは毎年七月十一日から十四日。旧平野郷の九つの町が所有する九台のだんじりが町を曳行し、三十万人を超えるともいわれる人出でにぎわう。
Q&A
- 第二殿の中に入れますか。
- 入れません。信仰の対象であり保護対象の建物でもあるため、拝殿の奥に並ぶ三殿を正面から拝観します。境内に入るための拝観料はかかりません。
- 建立年がなぜ正確にわかるのですか。
- 建立時に社殿内へ納められた棟札に、永正十年(一五一三)という年と工事の関係者名が記されています。棟札は本殿とともに指定されています。
- 第二殿は他の二殿とどう違いますか。
- 間口が三間の流造で、三殿のなかで最も大きい点が異なります。第一殿と第三殿は一間社の春日造です。
- 行き方を教えてください。
- JR大和路線・平野駅から南東へ徒歩約六分です。Osaka Metro谷町線の平野駅からは徒歩約十七分かかります。
- 有名な祭りはいつですか。
- 九台のだんじりが出る平野郷夏まつりが、毎年七月十一日から十四日に行われます。期間中は神社周辺の道が大変混み合います。
基本データ
| 名称 | 杭全神社本殿(第二殿) |
|---|---|
| 所在地 | 大阪府大阪市平野区平野宮町二丁目 |
| 指定区分 | 重要文化財(建造物)/昭和二十四年(一九四九)二月十八日指定 |
| 建立年 | 永正十年(一五一三)、室町時代後期 |
| 構造形式 | 一棟/三間社流造、檜皮葺 |
| 附指定 | 棟札 一枚、ほかに三枚一組 |
| 所有者 | 杭全神社 |
| アクセス | JR大和路線・平野駅から南東へ徒歩約六分 |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁)/杭全神社本殿(第二殿)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/102/2099
- 文化遺産オンライン(文化庁)/杭全神社本殿
- https://online.bunka.go.jp/db/heritages/detail/201029
- 杭全神社 公式サイト/杭全神社について
- https://kumata.jp/about
- 杭全神社 公式サイト/アクセス
- https://kumata.jp/access
- 杭全神社(ウィキペディア日本語版)
- https://ja.wikipedia.org/wiki/杭全神社
最終更新日: 2026.06.04