利齋家住宅主屋 ― 貝塚寺内町に残る薬種商の町家
大阪府貝塚市の北町、かつて寺内町を治めた卜半役所の北側にあたる角地に、利齋家住宅の主屋が建つ。利齋家は薬種を商い、江戸時代を通じて北之町の町年寄役を務めた有力な町人であった。堀之町筋と御下筋が交わる一角に南面して構えるその姿には、商家の町として栄えた時代の面影がとどめられている。
主屋は木造平屋建で、瓦を葺いた屋根をもち、建築面積はおよそ253平方メートルにおよぶ。背後には中庭を隔てて離れが、西側の御下筋に面しては土蔵が建つが、登録有形文化財としてここで取り上げるのは主屋一棟である。
登録の理由と価値
主屋は登録有形文化財(建造物)であり、平成15年(2003年)3月18日に登録された。登録番号は27-0227、告示は同年4月8日である。登録有形文化財は平成8年(1996年)に設けられた制度で、傑作を個別に守るというよりも、国土の歴史的景観に寄与する建物を幅広く登録して保全することを目的とする。利齋家住宅主屋は、年月とともに数を減らしてきた寺内町の町並みを構成する一軒として、その価値を認められた。
見どころは屋根にある。切妻造の屋根は一様な勾配ではなく、棟を挟んだ三間分が左右より一段高く立ち上がり、段違いの稜線を描く。ところが小屋組はその段差と無関係に、一連の登梁で通している。表に見える形と内部の構造とが食い違うこのありようは、幾度かの改造を経てきたことをうかがわせる。建物は江戸中期、おおよそ1661年から1750年の間に位置づけられるが、その原形は17世紀まで遡る可能性も指摘される。長く使われてきたがゆえに、後世の手も大きく加わっている。
利齋家と寺内町
当家に伝わる「三宅氏系図」によれば、先祖の式部という人物は和泉の松尾寺に出家していたが、天正9年(1581年)の織田信長の兵乱の後に貝塚へ移り住んだという。以後、当主は代々「孫左衛門」を名乗り、薬種問屋を営みながら北之町の町年寄を務めた。紀州街道沿いの町にあって薬種商は確かな生業であり、役所のかたわら、町の入口にあたる角地を占めるその立地そのものが、一家の格を示している。
町を治めたのは卜半家である。卜半家は願泉寺を中心とする寺内町として貝塚を支配した。寺内町とは、浄土真宗の寺院を核に形成された自治的な集落をいう。中心の願泉寺は天正年間に一時本願寺の本山が置かれたこともある名刹で、卜半家は豊臣秀吉、ついで慶長15年(1610年)には徳川家康から寺内の諸役免許を認められ、明治4年(1871年)まで自治を続けた。慶長18年(1613年)には幅三間の濠が町をめぐり、その内側に商家が軒を連ねた。利齋家もその一軒として、寺内町の繁栄の中核を担っていた。
周辺の見どころ
利齋家住宅は現在も個人の住まいであり、内部の見学はできない。それでも、町を歩けば外観は寺内町の景観の一部として味わえるし、付近には公開されている建物もある。起点にふさわしいのは願泉寺で、「ぼっかんさん」の愛称で親しまれる。寛文3年(1663年)の本堂、延宝7年(1679年)の表門、享保4年(1719年)の太鼓堂などが、平成5年(1993年)に重要文化財に指定されている。そこから細い路地を進めば、土蔵や格子戸、並河家住宅をはじめとする登録文化財の町家が続き、旧田中家住宅を活用した貝塚寺内町まちや館もある(開館日時は事前に確認されたい)。産土神である感田神社の境内には、かつての環濠の跡が残る。三月中旬には「春の町家の雛めぐり」が催され、ふだん閉じている町家の内部が数日だけ開かれる。一帯は南海本線「貝塚」駅の西、徒歩五分ほどに広がり、大阪市内からも半日で訪ねられる。
Q&A
- 利齋家住宅の中は見学できますか。
- 個人のお住まいのため、内部の見学はできません。外観のみ通りから眺められます。見学には、近くの願泉寺や貝塚寺内町まちや館をおすすめします。
- 主屋の見どころは何ですか。
- 棟を挟んだ三間分を左右より一段高くした段違いの屋根です。原形が17世紀まで遡る可能性があり、寺内町の町並みを構成する一軒として残る点も貴重です。
- 寺内町とは何ですか。
- 浄土真宗の寺院を核に形成された自治的な集落をいいます。貝塚は願泉寺を中心に発展し、明治4年(1871年)まで卜半家が自治を行いました。
- アクセスはどうすればよいですか。
- 南海本線「貝塚」駅から西へ徒歩五分ほどです。専用駐車場はないため、公共交通機関か周辺の有料駐車場をご利用ください。
- いつ訪れるのがよいですか。
- 散策はどの季節でも楽しめますが、三月中旬には「春の町家の雛めぐり」が開かれ、町家の内部が公開されます。日程は毎年変わるため、事前にご確認ください。
基本データ
| 名称 | 利齋家住宅主屋(りさいけじゅうたくしゅおく) |
|---|---|
| 所在地 | 大阪府貝塚市北町18-3 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物) 登録番号27-0227 |
| 登録年月日 | 平成15年(2003年)3月18日(告示は同年4月8日) |
| 時代 | 江戸中期(おおよそ1661年〜1750年)、原形は17世紀に遡る可能性 |
| 構造及び形式 | 木造平屋建、瓦葺、建築面積約253平方メートル |
| 員数 | 1棟 |
| 所有 | 個人 |
| アクセス | 南海本線「貝塚」駅から西へ徒歩約5分 |
| 公開状況 | 外観のみ(内部は非公開) |
参考文献
- 利齋家住宅主屋 文化遺産オンライン(国立情報学研究所)
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/168592
- 国指定文化財等データベース(文化庁)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00003282
- 願泉寺(貝塚御坊)
- https://gansenji.jp/
最終更新日: 2026.06.21