助松本陣と呼ばれた田中家の屋敷

田中家住宅(助松本陣)は、大阪府泉大津市助松町の旧紀州街道沿いに残る旧家の屋敷で、江戸時代中期の主屋をはじめとする6棟が平成19年(2007年)12月5日に登録有形文化財に登録された。地元では「田中本陣」「助松本陣」の名でも知られる。

泉大津市の案内によれば、田中家は清和源氏の流れをくみ新田氏と同族と伝わる家で、元亀年間(1570〜1573年)に田中遠江守重景が助松村へ移り住んだのが始まりとされる。江戸時代には大庄屋を務め、徳川頼宣が紀州に入ってからは紀伊徳川家の指定小休所、つまり参勤交代の行列が休憩に立ち寄る本陣を引き受けた。

屋敷地は1町(約110メートル)四方に及ぶ。表門と築地塀が街道に面して並び、その内側の中央に主屋が南北棟で建つ。主屋の北に式台玄関と座敷棟、西に備窮倉、東南に勝手門及び納屋が配され、屋敷全体で本陣と大庄屋という二つの役目を形にしている。

6棟の登録と年代の幅

登録された6棟は、文化庁のデータベースで登録番号27-0441から27-0446までが連番で並ぶ。年代は一様ではなく、主屋が江戸時代中期(1661〜1750年)に建てられて江戸後期・末期に増改築を受け、備窮倉が文政6年(1823年)、玄関及び座敷棟が安政2年(1855年)、築地塀が江戸時代末期、表門が明治10年(1877年)の再建、勝手門及び納屋が大正時代初期と続く。およそ200年にわたって手を入れ続けた屋敷であることが、この並びから読み取れる。

登録の基準も棟ごとに異なる。主屋は「再現することが容易でないもの」、玄関及び座敷棟は「造形の規範となっているもの」、残る4棟は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」として登録された。

建物だけでなく、この家に伝わった江戸時代から明治時代を中心とする2万点余りの文書・記録類も「田中家文書」として令和4年(2022年)1月20日に泉大津市の指定文化財となった。泉大津市は、史料がそれを収めてきた建物と一体で守られてきた点も評価している。

庭は大和小泉藩の家老で石州流の茶人として知られた藤林宗源の作と伝わり、片桐且元が愛用したという石灯籠も、そのとき宗源から贈られたものとされる。

見学とアクセス

田中家住宅(助松本陣)は現在も田中家の住まいであり、一般には公開されていない。泉大津市も大阪文化財ナビも見学不可としている。敷地内に入ることはできないので、訪ねる場合は旧紀州街道の路上から表門と築地塀の外観を眺める形になる。撮影は公道からにとどめ、住人の方の迷惑にならないよう配慮したい。

最寄り駅は南海本線の北助松駅で、旧紀州街道沿いの屋敷までは歩いて10分ほどとされる。駐車場は用意されていない。

参考文献

国指定文化財等データベース 田中家住宅主屋(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00006741
国指定文化財等データベース 田中家住宅表門(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00006687
文化遺産オンライン 田中家住宅主屋
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/119614
田中本陣(助松町)(泉大津市)
https://www.city.izumiotsu.lg.jp/kakuka/koushitsu/hishokoho/shinainomeishokyuuseki/tanakahonnjinn.html
泉大津市指定文化財の新規指定について(泉大津市)
https://www.city.izumiotsu.lg.jp/kakuka/koushitsu/hishokoho/houdou/r03houdouteikyou/8200.html

最終更新日: 2026.09.24

基本情報

名称田中家住宅(助松本陣)
所在地大阪府泉大津市助松町2-687-1他
指定登録有形文化財 6件
座標34.51459, 135.41964