池田の酒造町に建つ大型町家

阪急池田駅から歩いて数分、かつて酒造業で栄えた一画に、吉田酒造の主屋が建っている。木造2階建、本瓦葺の大きな町家で、建てられたのは明治11年(1878年)頃とされる。建物そのものは明治期のものだが、吉田酒造の創業は元禄10年(1697年)にさかのぼり、「緑一(みどりいち)」の銘で三百年以上にわたって酒を造り続けてきた。三世紀を超える商いの歴史からすれば、この主屋はむしろ新しい部類に入る。

大阪の北、北摂に位置する池田は、水と米に恵まれた土地である。猪名川の伏流水と、周辺の山間部でとれる良質な米を背景に、江戸時代中期には町なかに四十軒近い酒蔵が並んだという。ここで造られた酒は「池田酒」と呼ばれ、江戸へ下って広く飲まれた。往時の蔵元のうち、今も醸造を続けるのは二軒のみで、吉田酒造はそのひとつである。

「登録」が意味するもの

日本の文化財建造物には、保護のしくみが大きく二つある。ひとつは「指定」で、重要文化財や国宝がこれにあたり、改変に厳しい制約がかかる。もうひとつが、平成8年(1996年)に始まった「登録」の制度である。明治期以降に数多く建てられ、地域の景観を形づくってきた建物を広く守ることを目的としており、外観を大きく変える際に届け出を求める一方、建物を日常的に使い続けることを認める、ゆるやかな枠組みになっている。

吉田酒造主屋は、平成19年(2007年)5月15日、蔵および高塀とともに登録有形文化財となった。登録の基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」で、これはこの区分に共通する観点である。希少な建築としてではなく、酒造町の町並みを今に残す一棟として評価された、と理解するとわかりやすい。

正面に見る町家の意匠

この建物は、通りからゆっくり眺めるとおもしろい。規模はおよそ方五間、二階は天井の低い「つし二階」で、物置や奉公人の寝所として使われた階である。屋根は本瓦葺で、南側を切妻造、北側を入母屋造とする。

正面二階には、見落としたくない意匠が二つある。いずれも、木造家屋が密集する町で火事に備えるために生まれたものだ。二階の壁面は白ではなく黒漆喰で塗り上げられ、その中に「虫籠窓(むしこまど)」と呼ばれる格子状の小窓が開く。塗り込めた厚い格子は、風と光をいくらか通しながら、炎の侵入を防ぐ役割を担った。建物の両端には「袖卯建(そでうだつ)」が立ち上がる。卯建は隣家への延焼を食い止める短い防火壁だが、築くのに費用がかかったため、しだいに商家の格を示す意味合いも帯びるようになった。出世できないさまを「うだつが上がらない」と言うのは、この卯建に由来する。

正面の奥には、間口の深い町家らしい間取りが続く。建物を貫く「通り土間」に沿って、部屋が二列に並ぶ。酒造りの作業は、この土間の奥で営まれていた。

周辺の見どころ

池田は、狭い範囲に見どころが集まっている。主屋から数本となりの通りには「カップヌードルミュージアム 大阪池田」があり、ここはインスタントラーメン発祥の地として知られる。日清食品の創業者・安藤百福が昭和33年(1958年)に世界初のインスタントラーメン「チキンラーメン」を生んだ場所で、当時の研究小屋が再現されている。入館は無料で、子ども連れにも人気が高い。

古い芸能も息づいている。上方落語の資料を集めた「落語みゅーじあむ」、大衆演劇の小屋として親しまれる「池田呉服座」が近い。酒では、もう一軒の現役の蔵元である呉春(元禄14年・1701年創業)も同じ町なかにあり、二軒をあわせて歩ける。阪急電鉄を築いた小林一三の記念館もあり、近代大阪のなりたちにふれられる。

Q&A

Q主屋の中は見学できますか。
A吉田酒造は今も営業を続ける造り酒屋であり、主屋は住居でもあるため、内部は通常公開されていません。見どころは外観と、酒造町としての町並みで、通りから自由に眺められます。銘酒「緑一」は購入でき、入手については蔵元に尋ねるとよいでしょう。
Q酒はこの場所で造られていますか。
A現在は一部のみです。平成7年(1995年)の阪神・淡路大震災で酒蔵が全壊し、その後、醸造の拠点は兵庫県加西市に移されました。再建された池田の施設では、ろ過・瓶詰め・ラベル貼りなどを行っています。登録された主屋・蔵・塀は、会社の歴史的な顔として残されています。
Qアクセスを教えてください。
A阪急宝塚線の池田駅が最寄りです。酒造町と吉田酒造主屋は、駅から町の中心へ少し歩いた一画にあります。同じ駅からカップヌードルミュージアムなど、周辺の見どころにも行けます。
Qいちばんよい見方は。
A徒歩で正面を眺めるのがおすすめです。黒漆喰、虫籠窓、袖卯建といった意匠は二階に集まっており、光のあたり方で表情が変わります。西隣の西光寺の境内からは、建物の西側と全体の大きさをよりよく見渡せます。
Q建物と蔵元では、どちらが古いのですか。
A創業は元禄10年(1697年)で、銘柄は三百年以上続いていますが、現在の主屋はそれより新しく、明治11年(1878年)頃の建築です。この種の防火に配慮した町家は、より古い建物を建て替えて生まれることが多かったと考えられます。

基本情報

名称吉田酒造主屋(よしだしゅぞうしゅおく)
所在地大阪府池田市栄本町2622(現在の住居表示は栄本町7-10)
区分登録有形文化財(建造物)
登録年月日平成19年(2007年)5月15日/登録番号 27-0416
建築年代明治11年(1878年)頃
構造木造2階建、瓦葺、建築面積約204㎡
登録基準国土の歴史的景観に寄与しているもの
所有・運営吉田酒造株式会社(銘柄「緑一」)
アクセス阪急宝塚線 池田駅から徒歩
公開外観のみ(現役の造り酒屋のため内部は非公開)

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース 吉田酒造主屋
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00006221
文化遺産オンライン(国立文化財機構) 吉田酒造主屋
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/152825
大阪文化財ナビ 吉田酒造主屋
https://osaka-bunkazainavi.org/bunkazai/吉田酒造主屋
吉田酒造「緑一」公式サイト
https://www.midori-1.jp/

最終更新日: 2026.06.20