天吹酒造地下貯蔵庫 ― 斜面に埋められた大正のコンクリート
東から見れば、入口を二つ持つ平屋の小屋にしか見えない。ところが西へ回り込むと建物は消え、そこにあるのは斜面だけである。天吹酒造の地下貯蔵庫は、北側敷地の北西にある傾斜地へ東西棟で建てられた。東妻の入口は地上に開き、西側は地中に沈む。
桁行三〇メートル、梁間一六メートル。建築面積477平方メートルの平屋建。そして構造は鉄筋コンクリート造である。
注目すべきはこの最後の一点だろう。建設は大正期、1912年から1926年の間とされる。当時の日本において鉄筋コンクリートはまだ若い技術で、港湾構造物や橋梁、都市部の一部の建築に用いられはじめた段階にあった。佐賀の農村部にある家族経営の酒蔵が、生産設備にこの工法を選んでいる。実務の現場が、問題を解く手段を新旧の区別なく取り込んでいた様子がうかがえる。
なぜ地下に、なぜコンクリートか
搾ったあとの酒には低温貯蔵が要る。圧縮式冷凍機が手の届く価格になる以前、安定した低温を確保する確実な方法は、地中の温度を借りることだった。地面の数メートル下では季節による変動がほとんど消える。斜面を掘って蔵を納めれば、運転費用をかけずに冷蔵環境が手に入る。
ただし埋め戻した土が壁を押す力は重く、しかも永続的にかかり続ける。木造や土蔵造が許容する程度の変形では受け止めきれない。鉄筋コンクリートはそこに対する解答だった。湿気に強く、土圧を支えるために内部を柱で埋め尽くす必要がなく、空間を明快に区切れる。
実際、内部は南北二室に分けられ、それぞれが東妻に出入口を持つ。全体を一度に開け放つことなく、区画ごとに在庫を出し入れできる構成である。
そしてこの建物は、今も動いている。文化庁のデータベースは「現在も冷蔵庫として使用されている貯蔵施設」と記す。築100年を超える構造物について、そう書けること自体が珍しい。
九件の一つとして
地下貯蔵庫が国の登録有形文化財となったのは平成25年(2013年)12月24日、登録番号41-0088。第76回の登録で、天吹酒造の建造物9件が一括して登録簿に加わった。主屋、離れ座敷、貯蔵庫(旧麹室)、仕込蔵、貯蔵庫(旧白米倉庫)、瓶詰工場(旧仕込蔵)、そして高さ7.3メートルと11メートルの煉瓦煙突二基である。
登録有形文化財は平成8年(1996年)に導入された制度で、おおむね築50年以上、かつ現に使われている建造物を幅広く受け止める。外観の変更は届出で足り、許可制の重要文化財とは規制の強さが大きく異なる。
天吹酒造に適用された登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」。一棟の名品を選び出すのではなく敷地全体を面で登録した点に、この事例の性格がよく出ている。明治から大正にかけて建てられた建物が、酒造りの工程順に並んだまま今も機能している。その連続性が評価の対象になっている。
訪れる
地下貯蔵庫は予約制の酒蔵見学で見ることができる。実施は平日のみ、開始は9時から10時30分、または13時30分から15時30分の枠。申込みは電話または公式サイトのフォームから1週間以上前に。所要は試飲と買い物を含めて1時間程度で、駐車場は10台ほど。
案内を受けながら建物の長手方向を歩くとき、地面の高さが自分のどのあたりを通っているかを意識してみてほしい。内側からその線をたどると、この構造体がどれだけの土を受け止めているかが体感として掴める。鉄筋コンクリートが選ばれた理由は、言葉より先にそこで納得できる。
Q&A
- 建物全体が地下にあるのですか。
- いいえ。斜面地に建てられているため、東妻側は地上に開き、西側が地中に入る形です。完全な地下室ではなく、半ば埋められた構造とお考えください。
- 大正期の鉄筋コンクリート造は珍しいのですか。
- 当時の鉄筋コンクリートは土木構造物や都市部の建築が中心で、地方の酒造施設に用いられた例は多くありません。この点がこの建物への関心を集める理由の一つです。
- 現在も使われていますか。
- はい。文化庁のデータベースには、現在も冷蔵庫として使用されていると記載されています。
- 内部に入れますか。
- 予約した見学の範囲内で、当日の貯蔵状況に応じて案内されます。実際に稼働している貯蔵施設のため、立ち入りの可否は蔵の判断によります。
- なぜ半地下にしたのですか。
- 地中の温度は季節変動が小さいため、動力を使わずに低温を保てるからです。機械冷凍が一般化する以前の貯蔵施設としては合理的な選択でした。
基本情報
| 名称 | 天吹酒造地下貯蔵庫(あまぶきしゅぞうちかちょぞうこ) |
|---|---|
| 所在地 | 佐賀県三養基郡みやき町大字東尾字東尾2894 |
| 区分 | 登録有形文化財(建造物) |
| 登録年月日 | 2013年(平成25年)12月24日/第76回登録 |
| 登録番号 | 41-0088 |
| 登録基準 | 国土の歴史的景観に寄与しているもの |
| 員数 | 1棟 |
| 時代・年代 | 大正期(1912年から1926年) |
| 構造及び形式等 | 鉄筋コンクリート造平屋建。斜面地に東西棟で建ち、内部は南北二室 |
| 規模 | 桁行30メートル、梁間16メートル/建築面積477平方メートル |
| 所有者 | 天吹酒造合資会社 |
| 現況 | 冷蔵庫として使用継続中 |
| 公開状況 | 平日の予約制酒蔵見学にて見学可(1週間以上前に要申込) |
参考文献
- 文化庁 国指定文化財等データベース「天吹酒造地下貯蔵庫」
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00009859
- 天吹酒造合資会社 公式サイト
- https://www.amabuki.co.jp/
- 天吹酒造合資会社「酒蔵見学」
- https://www.amabuki.co.jp/tours/
- みやき町観光協会「天吹酒造合資会社」
- https://www.miyakikankou.jp/main/4809.html
最終更新日: 2026.07.22