天吹酒造旧蔵人用炊事場煙突 ― 賄いの煙を抜いた小さな煙突

天吹酒造の登録建造物9件のうち、最も小さく、おそらく最も雄弁なのがこれである。主屋の北面、やや東寄りに立つ高さ七・三メートルの煉瓦煙突。基部は一・二メートル角。酒造りの煙を抜いたものではない。酒を造る人々の食事を煮炊きした煙を抜いた煙突である。

従業員の賄い用の釜屋は、すでに失われている。残ったのは、それに付属していた煙突だけだ。文化庁の解説はその価値を端的に示す。蔵元の生活様態を伝えるもの、と。

建設は明治後期、1898年から1912年頃とされ、昭和後期に改修を受けている。積み方はイギリス積で、小口の段と長手の段を交互に重ねる。腰部には帯状の迫出しが一段まわり、東面基部の焚き口は欠円アーチで受ける。

誰の食事だったのか

伝統的な酒造りは季節労働だった。仕込みは寒い時期に集中し、各地の蔵は杜氏のもとに蔵人の一団を迎える。多くの地域で彼らは農閑期の農村から来て、仕込み期間のあいだ蔵に住み込んだ。その人数を何か月も食べさせるとなれば、炊事はそれ自体が相当な仕事になる。専用の釜屋と煙突が要ったのは、そういう事情による。

この種の生活側の設備は、全国的にほとんど残っていない。炊事場はガスや電気の普及とともに真っ先に更新される場所であり、記録に値するとも思われてこなかった。蔵人用の炊事場煙突が単独で登録番号を持っているのは、かなり珍しい。

立地も見逃せない。この煙突は酒造蔵の並ぶ一角ではなく、当主一家が暮らす主屋にぴたりと寄せて建っている。炊事場、事務所、居室、仏間が一棟に詰め込まれていた。明治期の造り酒屋がどう営まれていたか、その混然とした姿がそのまま平面に出ている。

登録有形文化財としての位置づけ

登録は平成25年(2013年)12月24日、登録番号41-0091。第76回の登録で、天吹酒造の建造物9件が一括して登録簿に加わった。

登録制度は平成8年(1996年)の文化財保護法改正によって設けられた。重要文化財の指定が満たすべき水準には届かないものの、確かな歴史的価値をもつ築50年以上の建造物を、広く受け止めるための仕組みである。外観の変更は許可ではなく届出で足り、使い続けること、その場に建ち続けることが前提とされる。天吹酒造に適用された基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」。

この枠組みがあってはじめて、こうした物件が文化財になりうる。指定制度だけの世界であれば、取り壊された賄い場に付属していた高さ七・三メートルの煙突が選ばれることはまずなかっただろう。登録制度の網は、働く場の日常を構成していた平凡な部分にまで届く。そして真っ先に消えていくのは、たいてい平凡な部分である。

訪れる

もう一基の煙突と並べて見ると性格がはっきりする。南側敷地に立つ旧酒造蔵煙突(登録番号41-0092)は高さ一一メートル、基部は直径一・四メートルの六角形で、腰部と頂部の二か所に装飾帯をまわす。対してこちらは方形の基部に帯が一段のみ。同じ煉瓦積みの技術でありながら、かけられた費用も、想定された視線も違う。一方は道路から見られることを前提とした会社の表看板であり、他方は煮炊きの火に必要な通風を確保できればよかった。

見学は酒蔵見学に参加する形になる。稼働中の敷地内、しかも主屋に接した位置にあるためだ。実施は平日のみ、開始は9時から10時30分または13時30分から15時30分の枠で、電話または公式サイトのフォームから1週間以上前に申し込む。所要は試飲と買い物を含めて1時間程度、駐車場は10台ほど。

案内の際、釜屋がどこに建っていたのかを尋ねてみるとよい。何が取り付いていたかを知ってから見上げると、この煙突の姿はまるで違って見える。

Q&A

Q蔵人とはどういう人たちですか。
A酒造りに従事する季節労働者です。杜氏を頭に、蒸米、麹づくり、醪の管理などを分担しました。多くの地域では農閑期の農村から蔵へ来て、仕込み期間中は住み込みで働きました。
Q炊事場は残っているのですか。
A残っていません。煙突が付属していた釜屋は失われ、煙突のみが登録されています。解説文が建築形式ではなく生活のありようを強調しているのは、そのためです。
Q小さな煙突がなぜ文化財なのですか。
A登録有形文化財は、規模や美術的価値ではなく、その土地で人がどう働き暮らしたかを示す資料性を評価します。指定制度とは選定の考え方が異なります。
Q昭和後期の改修とは何をしたのですか。
A1966年から1989年の間に改修が行われたことが記録されていますが、内容の詳細までは公表されていません。現地では目地の違いが手掛かりになります。
Q撮影はできますか。
A稼働中の製造現場を含むため、撮影の可否は蔵の判断によります。場所ごとに扱いが異なる場合もありますので、見学の冒頭で確認してください。

基本情報

名称天吹酒造旧蔵人用炊事場煙突(あまぶきしゅぞうきゅうくらびとようすいじばえんとつ)
所在地佐賀県三養基郡みやき町大字東尾字東尾2894
区分登録有形文化財(建造物)
登録年月日2013年(平成25年)12月24日/第76回登録
登録番号41-0091
登録基準国土の歴史的景観に寄与しているもの
員数1基
時代・年代明治後期(1898年から1912年)/昭和後期(1966年から1989年)改修
構造及び形式等煉瓦造、高さ7.3メートル。イギリス積、基部は1.2メートル角。腰部に帯状の迫出し、東面基部に欠円アーチの焚き口
種別産業2次/その他工作物
所有者天吹酒造合資会社
公開状況平日の予約制酒蔵見学にて見学可(1週間以上前に要申込)

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース「天吹酒造旧蔵人用炊事場煙突」
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00009862
文化庁 国指定文化財等データベース「天吹酒造主屋」
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00009855
天吹酒造合資会社 公式サイト
https://www.amabuki.co.jp/
天吹酒造合資会社「酒蔵見学」
https://www.amabuki.co.jp/tours/

最終更新日: 2026.07.22