天吹酒造旧酒造蔵煙突 ― 高さ一一メートル、煉瓦の六角形

門を探すより先に、これが目に入る。貯蔵庫(旧白米倉庫)の北側に立ち上がる高さ一一メートルの煉瓦煙突。佐賀県東部の平坦な農地のなかで、天吹酒造の敷地はこの一本によって遠くから見分けがつく。産業化の時代、酒造場が自らの所在を示す手段は煙突だった。その役目は今も変わっていない。

建設は大正期、1912年から1926年の間とされる。蒸米用の蒸気を起こす酒造蔵のボイラーに付属していた。積み方はイギリス積、すなわち小口だけの段と長手だけの段を交互に重ねる方式である。明治後期以降の日本の煉瓦建築はこの積み方を主流とした。壁厚方向の噛み合わせが強く、剥離しにくい。細く高い構造物にとっては理にかなった選択である。

基部は直径一・四メートルの六角形をとる。これは意図して難しくした形である。煉瓦は直方体であり、六角形の平面をつくれば各段の角ごとに切り物が要る。しかも一一メートルを立ち上げるあいだ、少しずつ細める胴の幾何を狂わせずに保たねばならない。偶然そうなる形ではない。

細部を読む

胴には帯状の装飾が二段まわる。腰部に一段、頂部に一段。せり出した段は下の煉瓦面から雨水を切る実用的な意味を持つが、位置の取り方は明らかに見え方を考えたものだ。機能だけなら、装飾のない筒でも同じ働きをする。

東面の基部には焚き口が開き、その上を欠円アーチが受ける。半円ではなく、扁平な弧である。この時代の産業用煉瓦造には欠円アーチが繰り返し現れる。開口の上に必要な立ち上がりが小さくて済み、施工も速い。

近づけたなら目地を見てほしい。築100年の煙突では、目地の色や幅の違いが後年の補修箇所を教えてくれる。煉瓦の面に散る色のむらは、複数の窯から供給されたことの記録でもある。

登録の意味

この煙突が国の登録有形文化財となったのは平成25年(2013年)12月24日、登録番号41-0092。同時に登録された天吹酒造の建造物9件のうち、番号としては最後にあたる。適用基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」で、文化庁の解説は「酒造場を象徴する煉瓦煙突」と簡潔に記す。

登録は指定とは別の仕組みである。平成8年(1996年)の文化財保護法改正で設けられ、おおむね築50年以上の建造物を対象に、外観変更を届出で処理する。許可制で少数を厳しく守る重要文化財の指定とは、想定している場面が違う。

煙突にとって、この違いは切実だ。独立した煉瓦造の煙突は、日本の近代産業遺構のなかでも失われやすい部類に入る。耐震上の弱点を抱え、維持に費用がかかり、ボイラーを更新すれば機能上は不要になる。倒すほうが安いという判断に対して、登録は残す側の理由と枠組みを与えている。

訪れる

高さがあるぶん、天吹酒造の登録建造物のなかでは唯一、予約なしでも姿を確かめられる。胴の上半は周辺の公道からよく見え、西日が当たる時間帯には帯状部の陰影がはっきりする。

近くで見たい場合、また煙突が支えていた建物との関係を理解したい場合は、酒蔵見学に参加するとよい。実施は平日のみ、9時から10時30分または13時30分から15時30分の開始枠で、電話または公式サイトのフォームから1週間以上前に申し込む。所要は試飲を含めて1時間程度。

北側敷地の主屋のそばには、高さ7.3メートルのもう一基(登録番号41-0091)が立つ。二基を並べて見ると学ぶところが多い。片方は生産のため、片方は蔵人の賄いを煮炊きするため。規模と仕上げの差が、蔵の帳簿における優先順位をそのまま語っている。

Q&A

Qイギリス積とは何ですか。
A小口面だけを並べた段と、長手面だけを並べた段を交互に積む方式です。壁厚方向の結合が強く、明治後期以降の日本の煉瓦造で主流となりました。
Qなぜ基部が六角形なのですか。
A理由は記録に残っていません。多角形平面は方形より風荷重を均等に受け、見上げたときの印象も整いますが、各段で切り物を要する手間のかかる形でもあります。
Q今も煙突として使われていますか。
A旧酒造蔵のボイラーに付属していたもので、現在の設備では使用されていません。景観上の目印であり、登録有形文化財として保存されています。
Q予約なしで見られますか。
A胴の上部は周辺の公道から見えます。ただし敷地内は稼働中の工場ですので、立ち入りは予約した見学の範囲に限られます。
Qもう一基の煙突との違いは何ですか。
A登録番号41-0091の煙突は高さ7.3メートル、基部は一・二メートル角の方形で、明治後期の建設とされます。用途は蔵人の炊事場に付属する釜屋のもので、生産設備ではありません。

基本情報

名称天吹酒造旧酒造蔵煙突(あまぶきしゅぞうきゅうしゅぞうぐらえんとつ)
所在地佐賀県三養基郡みやき町大字東尾字村副2290-1
区分登録有形文化財(建造物)
登録年月日2013年(平成25年)12月24日/第76回登録
登録番号41-0092
登録基準国土の歴史的景観に寄与しているもの
員数1基
時代・年代大正期(1912年から1926年)
構造及び形式等煉瓦造、高さ11メートル。イギリス積、基部は直径1.4メートルの六角形。腰部と頂部に帯状の装飾、東面基部に欠円アーチの焚き口
種別産業2次/その他工作物
所有者天吹酒造合資会社
公開状況上部は周辺公道から眺望可。近接見学は平日の予約制酒蔵見学にて

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース「天吹酒造旧酒造蔵煙突」
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00009863
文化庁 国指定文化財等データベース「天吹酒造貯蔵庫(旧白米倉庫)」
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00009860
天吹酒造合資会社 公式サイト
https://www.amabuki.co.jp/
天吹酒造合資会社「酒蔵見学」
https://www.amabuki.co.jp/tours/

最終更新日: 2026.07.22