見島のカセドリとは
2月第2土曜日の夜、佐賀市の東のはずれにある見島という集落に、青竹を地面に擦りつける乾いた音が響く。藁蓑をまとい、白い手拭いで顔を覆って目と鼻と口だけを出し、その上から笠を被った2人の若者が、暗い夜道を家から家へと歩いていく。彼らがカセドリである。家の前に着くと玄関口から勢いよく屋内へ走り込み、手にした青竹を畳や床に激しく打ち付ける。
カセドリは小正月の来訪神行事である。年の変わり目に、人の世の外から神が訪れて集落を祝福するという信仰にもとづく。カセドリは「加勢鳥」と書き、神から遣わされた雌雄つがいの鳥と考えられている。2人の若者はその鳥に扮し、家々を巡って一年の家内安全と五穀豊穣を祈願する。
この行事が行われるのは見島地区ただ一か所である。戸数は古くから23戸、人口は70人に満たない小さな集落で、衣装の準備から夜道を巡る順路まで、すべてを住民でつくる加勢鳥保存会が担っている。
蓮池の城下町と熊野権現社
蓮池町は佐賀平野の中央部、佐賀江川や城原川が有明海へ向かって流れる一帯にある。日本有数の穀倉地帯で、その土地はもともと有明海の干拓地であった。寛永16年(1639年)、佐賀藩の支藩として蓮池藩が成立し、初代藩主の鍋島直澄が蓮池城を整え、城下町としての開発が進められた。
ところが、当時は井戸水に海水が混じり、夏になると疫病が絶えなかったという。直澄は紀州熊野三所権現を勧請して熊野権現社を建て、当地の鎮守として祀った。すると疫病がやんだと伝えられる。カセドリ行事は、これを機にいっそうの加護を願って始まったとされ、見島の人々は350年以上にわたってこれを伝えてきた。
かつては旧暦1月14日に行われていたが、現在は2月第2土曜日の夜に営まれる。日付は新しい暦に合わせつつ、行事そのものは冬の最も寒い時季にとどめられている。
指定の理由と価値
見島のカセドリは、平成15年(2003年)2月20日に国の重要無形民俗文化財に指定された。指定の基準は、由来や内容において日本人の基盤的な生活文化の特色を典型的に示すものであることにある。北部九州を代表する小正月の来訪神行事であり、カセドリが悪霊を祓う所作などに地域的な特色が顕著である点が評価された。
平成30年(2018年)11月には、ユネスコ無形文化遺産代表一覧表に記載された。「来訪神:仮面・仮装の神々」として、秋田の男鹿のナマハゲや沖縄の宮古島のパーントゥなど10件の行事がひとつにまとめて登録されており、見島のカセドリもその一つである。これらに共通するのは、年に一度、仮面や仮装をした神が外の世界から訪れ、人々を戒め、祓い、祝福するという姿である。
そのなかでカセドリはやや異色である。訪れるのは鬼でも怪物でもなく鳥であり、しかも終始無言を通す。見どころは恐ろしい言葉ではなく、青竹の音、低く屈んだ姿勢、玄関口へ駆け込む勢いといった、音と動きにある。
見どころ
カセドリ役は、地区に住む20歳前後の未婚の青年から、雄役と雌役それぞれ1名が選ばれる。2人とも藁蓑をまとい、白手拭いと笠を着け、手足には手甲、脚絆、白足袋をつける。手に持つのは長さ2メートルほどの青竹で、下半分を縦に細かく割り裂き、握る部分には縄が2か所巻かれている。これを打ち付けると、ガシャ、ガシャという鋭い音が出る。
行列にはほかにも役がある。先頭を歩いて夜道を照らす提灯持ちは、カセドリ役を経験した年長の若者が務めることが多く、指導長とも呼ばれる。赤と青一対の天狗面を持つ天狗持ち、幣束を捧げる御幣持ち、各家に渡す大福帳ともらった祝儀を入れる籠を担ぐ籠担いが、これに続く。
夜は熊野権現社から始まる。社には衣装や道具があらかじめ供えられており、それを身につけたカセドリ役は鳥居の外で待つ。合図とともに、雄役、雌役の順で、割れた青竹の先を地面に擦りながら拝殿へ走り込み、身を低く屈めて畳の上に青竹を小刻みに打ち鳴らす。この音は鳥が飛び立つ羽音を表すとも、悪霊を退散させるともいわれる。カセドリは社の周りを右回りに3周し、再び拝殿に駆け上がってから集落へ出発する。
各家では、まず提灯持ちが主人に挨拶してカセドリの到着を伝える。家の者が揃うと、雄役、雌役の順に玄関口から勢いよく走り込み、上がりかまちで青竹を打ち鳴らす。かつては土間から座敷へ上がり込むことが多かったが、近年は玄関口で打ち鳴らすことが多い。やがて家の者が酒や茶を振る舞うと、カセドリは身を屈め、顔を伏せたままこれに応じる。カセドリの顔を見ると幸運を授かるという。最後にもう一度青竹を鳴らし、次の家へと向かう。
蓮池とその周辺
見島は観光地ではなく、人々が暮らす集落である。行事を見に訪れる場合は、集落の道や家に配慮し、加勢鳥保存会の案内に従いたい。蓮池そのものは日中の散策に向く。蓮池公園は蓮池城の跡地に整えられた池泉のある公園で、桜の名所としても知られている。
佐賀市の中心部は車で西へ少しの距離にある。復元された佐賀城本丸の一角には鍋島藩の歴史を伝える歴史館があり、入館は無料である。佐賀市は熱気球との縁も深く、秋に嘉瀬川河川敷で開かれる国際的なバルーン大会には全国から人が集まる。佐賀へは福岡の博多から特急で容易に行くことができ、見島はその佐賀市の東、田園のなかにある。
Q&A
- 見島のカセドリはいつ、どこで見られますか。
- 毎年2月第2土曜日の夜、佐賀市蓮池町の見島地区で行われます。日程や見学の可否は変わることがあるため、訪れる前に佐賀市教育委員会や地元の観光案内に確認することをおすすめします。
- 見学や写真撮影はできますか。
- 行事は小さな集落の民家とその周辺で営まれます。熊野権現社での儀礼など見学できる場面もありますが、敬意をもって距離を保ち、家に無断で立ち入らないようにしてください。撮影の可否はその年により異なるため、事前に確認してください。
- なぜカセドリは鳥の姿をしているのですか。
- カセドリは「加勢鳥」と書き、神から遣わされた雌雄つがいの鳥と考えられています。青竹を激しく打ち鳴らす所作は鳥が飛び立つ羽音を表すともいわれ、衣装と動きが鳥の観念に結びついています。
- 秋田のナマハゲとはどう違うのですか。
- どちらも同じユネスコ一覧表に載る来訪神行事ですが、ナマハゲは言葉を発して子どもを戒める恐ろしい鬼であるのに対し、カセドリは無言の鳥です。カセドリは言葉ではなく、音と姿勢と動きで祝福を表します。
- 行事は今も毎年行われていますか。
- 見島の人々は350年以上この行事を守り続けており、加勢鳥保存会が今も毎年伝えています。集落の高齢化により巡る家の数は減り、無観客で行われた年もありますが、地域は次の世代へ伝えていく姿勢を保っています。
基本情報
| 名称 | 見島のカセドリ(みしまのカセドリ) |
|---|---|
| 種別 | 重要無形民俗文化財(風俗慣習・年中行事) |
| 指定年月日 | 平成15年(2003年)2月20日 |
| ユネスコ | 平成30年(2018年)、「来訪神:仮面・仮装の神々」の一つとして無形文化遺産代表一覧表に記載 |
| 所在地 | 佐賀県佐賀市蓮池町 見島地区 |
| 公開 | 毎年2月第2土曜日の夜 |
| 保護団体 | 加勢鳥保存会 |
| 指定基準 | 由来、内容等において我が国民の基盤的な生活文化の特色を示すもので典型的なもの |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁) 見島のカセドリ
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/302/760
- 文化遺産オンライン(文化庁) 見島のカセドリ
- https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/189512
- 見島のカセドリ ウィキペディア
- https://ja.wikipedia.org/wiki/見島のカセドリ
最終更新日: 2026.05.25