安土を納めるための建物 ― 的場という建築

本多流洗心洞(髙木道場)的場は、埼玉県久喜市下清久にある木造平屋建の的場で、昭和7年(1932年)頃の建築、令和5年(2023年)2月27日に国の登録有形文化財(建造物)に登録された。

的場は的を掛けるための建物である。近的で使う的は直径36センチ。その背後に土や砂を盛り固めた安土を築き、矢が硬い面に当たって折れないようにする。安土を風雨から守る覆いが的場であり、この建物は建築面積14平方メートルしかない。

木造平屋建、切妻造、金属板葺。射場に面する側を開放し、残る三方を板壁とする。正面を開けるのは当然で、そこに壁があれば矢が止まってしまう。内部には安土を盛り上げる。

解説文が特筆するのは基礎まわりである。コンクリート基礎と土台は水平に通らない。安土の断面を意識して、背面側を高く据えてある。安土は前が低く後ろが高い勾配を持つから、それを受ける下部構造の側であらかじめ勾配を作った。箱の中にたまたま土が盛ってあるのではなく、土の形に合わせて建物の線が引かれている。小さな建物だが、設計の順序が読み取れる。

左右には矢除板を立てる。的を外れた矢を受け止める板で、その背後に的置場を設ける。的紙は消耗品である。張り替えのたびに射場との間を往復すれば一往復で五十メートルを超える。的置場を的場の側に置くのは、道場の日常から出た配置といえる。

手先十五間、27.27メートルという寸法

弓道場と的場の間隔は、射手の手先から十五間、27.27メートル。矢道は敷地の南に向かって延びる。

この数字は任意ではない。射位から測り直せば十五間半にあたり、メートルに換算しておよそ28メートル。全日本弓道連盟が近的競技の射距離として定める28メートルと実質的に一致する。

射距離が全国で揃ったのは明治以降である。幕末までは地方ごとに間数が異なり、関東と関西で違う寸法が使われていたと伝わる。大日本武徳会の時代に手先十五間へ統一され、その値がそのまま現行の競技規則に引き継がれた。昭和初期に埼玉の一村の私邸へ引かれた矢道の長さが、現在の全国大会の射場の長さと同じであるという事実は、この道場が趣味の設備ではなく、当時の弓道界の標準に正面から従って造られたことを示している。

その標準を作った側に近い人物が、この道場を建てている。髙木棐(たかぎ・たすく)は清久村大字下清久、現在の久喜市下清久の生まれ。医師を業とし、東京大学弓術部の師範を務め、のちに清久村長となった。本多流の祖・本多利實(1836年-1917年)の最後の愛弟子と伝わり、利實没後は代々の宗家を補佐した。日本弓道連盟(現・全日本弓道連盟)副会長、日本学生弓道連盟会長などを歴任している。競技規則の側に立つ人物が自邸の敷地に矢道を引けば、寸法は規定どおりになる。

久喜市は道場の開設を昭和8年(1933年)とし、文化庁の国指定文化財等データベースは年代を「昭和7年頃/平成23年改修」と記す。建築の完了と開場の時期を分けて読めば整合するが、資料間で年が異なる点は記しておく。

小屋一棟が国の登録有形文化財になるまで

十四平方メートルの建物が国のリストに載るのは珍しい。順を追って整理しておく。

まず制度である。国宝・重要文化財は「指定」による保護で、修理や現状変更への制約が強い。的場が受けたのは平成8年(1996年)に始まった「登録」の制度による登録有形文化財(建造物)で、原則として建設後50年を経た建物を対象とし、使いながら守ることを前提に設計されている。所有者の変更や外観の大きな変更に届出を求める代わりに、修理費用の一部補助や文化庁からの技術的助言が受けられる。重要文化財と書くのは、区分としても保護の強度としても誤りになる。

登録番号は11-0220、第104回の登録。令和4年(2022年)11月18日の文化審議会答申を受け、令和5年2月27日付け文部科学省告示第6号で登録された。適用された基準は「造形の規範となっているもの」である。

文化庁の解説文は、本建物を木造の近代弓道場的場の典型と位置づける。近代の弓道場そのものは全国に数多く残るが、的場が当初の構成を保って残る例は少ない。理由は建物の性格にある。的場は使うたびに物理的に傷む部位である。矢が当たり、安土は繰り返し突き直され、開け放った正面から風雨が入る。修理より建て替えを選ぶ判断が働きやすく、昭和前期の的場が残ること自体が偶然に近い。

審査は弓道場と一体で行われた。二棟は別々の登録番号を持ちながら同日に登録され、一組の構成として評価されている。射場だけが残っても矢道の寸法は復元できず、的場だけでは射手の立ち位置がわからない。二棟が当初の間隔のまま揃っていることが、この敷地を一つの射場として読ませている。

そして二棟は、久喜市内で最初の国の登録有形文化財(建造物)となった。

公開状況について明記しておく。的場は非公開である。弓道場とともに個人の住宅敷地内にあり、現在も弓を引く場として使われている。拝観日・拝観料の設定はなく、見学や撮影の受け入れもない。登録有形文化財の制度は所有者に公開を義務づけていないため、これは制度どおりの状態にあたる。周辺は幅の狭い生活道路で、車を停めて眺めるような環境でもない。

久喜市の文化財ページには、的場を北北東から見た写真、安土と小屋組みを北西から撮った写真、登録プレートの写真が掲載されている。内部の様子を確認するにはこれが現実的な方法になる。下清久はJR宇都宮線と東武伊勢崎線が交わる久喜駅の北西およそ2.5キロ。市内で実際に立ち入れる文化財としては、鷲宮地区の久喜市立郷土資料館と、国指定重要無形民俗文化財の鷲宮催馬楽神楽を伝える鷲宮神社がある。

Q&A

Q本多流洗心洞(髙木道場)的場とはどのような建物ですか。
A埼玉県久喜市下清久にある私設弓道場の的場です。的場は的を掛けるための建物で、内部に土や砂を盛り固めた安土を築き、矢が硬い面に当たらないようにします。木造平屋建、切妻造、金属板葺で建築面積は14平方メートル。射場に面する側を開放し、残る三方を板壁としています。
Q本多流洗心洞(髙木道場)的場は弓道場からどれくらい離れていますか。
A射手の手先から十五間、27.27メートルです。射位から測れば十五間半にあたり、全日本弓道連盟が近的競技の射距離として定める28メートルと実質的に一致します。明治以降に大日本武徳会の時代を通じて全国統一された寸法をそのまま採っています。
Q本多流洗心洞(髙木道場)的場は見学や撮影ができますか。
Aできません。弓道場とともに個人の住宅敷地内にあり、現在も弓道場として使われているため非公開です。拝観時間・拝観料の設定はなく、見学や撮影の受け入れもありません。的場正面、安土と小屋組み、登録プレートの写真が久喜市の文化財ページで公開されています。
Q本多流洗心洞(髙木道場)的場のような小さな建物が、なぜ文化財に登録されたのですか。
A登録基準は「造形の規範となっているもの」で、文化庁の解説文は木造の近代弓道場的場の典型と位置づけています。的場は矢が当たり安土を突き直す部位で日常的に傷むため、修理より建て替えが選ばれやすく、昭和前期のものが当初の構成のまま残る例は少ないという事情があります。審査は弓道場と一体で行われ、二棟が一組の構成として評価されました。
Q本多流洗心洞(髙木道場)的場は重要文化財ですか、国宝ですか。
Aどちらでもありません。登録有形文化財(建造物)で、登録番号は11-0220です。国宝・重要文化財の「指定」とは別の、平成8年(1996年)に始まった「登録」の制度によるものです。原則として建設後50年を経た建物を対象とし、活用しながら守ることを前提としており、所有者の変更や外観の大きな変更に届出を求める代わりに修理費用の一部補助などが受けられます。
Q本多流洗心洞(髙木道場)的場の安土はどのように造られていますか。
A土や砂を盛り固めて勾配のある面を作り、そこに的を掛けて矢を受け止めます。この的場ではコンクリート基礎と土台を水平に通さず、安土の断面に合わせて背面側を高く据えている点が特徴です。左右には矢を外したときに備えて矢除板を立て、その背後に的置場を設けています。

基本情報

名称本多流洗心洞(髙木道場)的場(ほんだりゅうせんしんどう(たかぎどうじょう)まとば)
所在地埼玉県久喜市下清久字鶴ノ谷395-13
指定区分登録有形文化財(建造物)/登録番号 11-0220/登録基準「造形の規範となっているもの」
指定年令和5年(2023年)2月27日登録(第104回)。令和4年11月18日文化審議会答申
員数1棟
寸法木造平屋建、金属板葺、建築面積14平方メートル。射手の手先から27.27メートル(十五間)の位置
所有者個人
公開状況非公開。個人の住宅敷地内にあり現役の弓道場として使用中。拝観時間・拝観料の設定および撮影受入れなし

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)— 本多流洗心洞(髙木道場)的場
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00014454
文化遺産オンライン — 本多流洗心洞(髙木道場)的場
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/547218
国指定文化財等データベース(文化庁)— 本多流洗心洞(髙木道場)弓道場
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00014453
久喜市 — 国の登録有形文化財(建造物)
https://www.city.kuki.lg.jp/miryoku/rekishi_bunkazai/bunkazai/1006059.html
久喜市 — 広報連載「久喜歴史だより」第136回 多くの弓道家が訪れた「本多流洗心洞(高木道場)」
https://www.city.kuki.lg.jp/miryoku/rekishi_bunkazai/rekishi_dayori/1006178.html
久喜市 — 登録有形文化財建造物制度
https://www.city.kuki.lg.jp/miryoku/rekishi_bunkazai/1006389.html
公益財団法人全日本弓道連盟 — 弓道の歴史
https://www.kyudo.jp/howto/history.html
一般財団法人本多流生弓会 — 沿革
https://hondaryu.net/members/enkaku

最終更新日: 2026.08.10