人口五千の町がつくった鉄筋コンクリートの塔
児玉町旧配水塔は、埼玉県本庄市児玉町児玉にある昭和6年(1931年)竣工の鉄筋コンクリート造配水塔で、平成12年(2000年)10月18日に国の登録有形文化財(建造物)に登録された。埼玉県内では三番目、全国では七番目に建設された配水塔にあたるとされる。
建設は昭和3年から9年(1928年から1934年)にかけて旧児玉町が実施した水道施設工事事業の一環であった。当時の児玉町の人口はおよそ5000人。この規模の町が上水道を敷くのは昭和初期としては相当な事業であり、塔はその最も目立つ構成要素だった。
内部は上下二層に機能が分かれる。下層は水源から水を汲み上げる揚水用ポンプ室、上層は天井をドーム形とした筒形の高架水槽である。汲み上げた水は自然流下方式で町内の配水管へ送られた。塔が高くなければならなかった理由はここにある。高さの確保そのものが設計課題であった。
給水は昭和30年(1955年)まで続き、その後役割を終えたが解体はされなかった。現在は時報塔として使われ、本庄市に編入された旧児玉町域に時を告げている。
近代土木遺産と登録制度
登録有形文化財は、国宝・重要文化財の「指定」とは別系統の制度である。指定は選別性が高く現状変更に許可を要するのに対し、登録は平成8年(1996年)創設の届出制で、築50年以上の建造物を広く対象とする。保護の網を細かくかけるのではなく、粗い網を広く張る発想といってよい。
この制度は近代の産業・土木構造物を強く意識して設計された。橋梁、堰堤、煉瓦倉庫、ポンプ場、配水塔といった建造物は、寺社建築や城郭を中心に組み立てられてきた従来の枠組みから抜け落ちてきた。本庄市の国登録有形文化財8件の顔ぶれはその性格をよく示す。明治29年(1896年)の旧本庄商業銀行煉瓦倉庫、昭和9年(1934年)の本庄仲町郵便局、明治22年(1889年)の寺坂橋、昭和12年(1937年)の間瀬堰堤、そしてこの配水塔である。
登録番号は11-0025、第26回登録。適用基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」。児玉の町中どこからでも、この基準の妥当性は目で確かめられる。低層の町並みの上に白い円筒が立つ姿は、それが何であったかを知らずとも土地の目印として働き、埼玉の一農村が近代水道を得た瞬間を空間に固定している。
設計者は埼玉県技手の宮原雄次郎。埼玉県の資料は、機能本位の施設をシンボリックな意匠にまとめた点を評価している。この評価は妥当である。自然流下式の高架水槽をつくるのに、灯台めいた輪郭も円窓も意匠を凝らした避雷針も必要ではなかった。宮原はその三つをすべて与えている。
近づいて見る
内部は非公開で、立ち入りの手立てはない。見学は外観のみ、時間の制限も料金もない。
仕上げは外装モルタル塗。コンクリートの躯体の上に塗られた面は白く、やや粉っぽい質感をもつ。後年の打放しコンクリートとは肌合いが違う。入口と階段室が円筒から正面に突出し、この突出部が一本の垂直な背骨となって、塔が単なる筒に見えることを防いでいる。正面が生まれているのである。
軸部には円窓が穿たれる。壁面に対して小さく、配置は内部階段の勾配に従うため、水平に並ばず登っていく。基部の扉は青く塗られ、モルタルの面に対して一枚の色面として効く。訪れた人がまず口にするのはこの扉のことが多い。頂部の避雷針は、取り付けられているというより意匠として処理されている。
数値を確認する際には注意がいる。文化庁データベースは同一ページ内で、構造及び形式等の欄に高さ18メートル、解説文に高さ17.5メートルと記す。本庄市の文化財ページは全高17メートルとする。諸資料で最も頻出するのは17.5メートルだが、公表資料上この食い違いは解消されていない。
鉄道はJR八高線児玉駅が最寄りで、徒歩5分から11分。資料によって幅がある。歩く道すがら、塔は建物の間に隠れては現れる。本庄の近代化遺産をまとめて見るなら、本庄駅近くの旧本庄商業銀行煉瓦倉庫、児玉西方の山間にある間瀬堰堤を合わせて訪ねると、明治から昭和初期にかけてこの地域が生んだ土木構造物の厚みがわかる。問い合わせは本庄市教育委員会文化財保護課へ。
Q&A
- 児玉町旧配水塔の内部は見学できますか。
- 内部は非公開で、定期公開やガイド付き見学の制度もありません。塔は屋外に単独で建っており、周囲の道路から時間を問わず無料で見学・撮影できます。
- 児玉町旧配水塔の高さは何メートルですか。
- 公表数値が一致していません。文化庁データベースは構造及び形式等の欄で18メートル、解説文で17.5メートルとし、本庄市は全高17メートルとしています。二次資料で最も多く見られるのは17.5メートルですが、正確な高さは確定した記載がないものとお考えください。
- 児玉町旧配水塔は現在も使われていますか。
- 配水施設としての役割は昭和30年(1955年)に終えています。現在は時報塔として利用され、旧児玉町域に時を知らせています。所有・管理は本庄市です。
- 児玉町旧配水塔へは電車でどう行きますか。
- JR八高線児玉駅が最寄りで、徒歩5分から11分です。所在地は本庄市児玉町児玉323-2。八高線は八王子と高崎を結ぶ路線で運転本数が少ないため、事前に時刻を確認して出かけることをおすすめします。
- 児玉町旧配水塔の建築上の見どころはどこですか。
- 昭和初期の鉄筋コンクリート構造物でありながら、設計者である県技手の宮原雄次郎が機能本位の高架水槽に象徴性のある造形を与えた点です。正面に突出する入口と階段室、軸部の円窓、ドーム形の水槽天井、意匠化された避雷針は、いずれも構造上の必然ではなく設計上の選択によるものです。
基本情報
| 名称 | 児玉町旧配水塔(こだままちきゅうはいすいとう) |
|---|---|
| 所在地 | 埼玉県本庄市児玉町児玉323-2 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物)/登録番号 11-0025(第26回登録) |
| 指定年 | 平成12年(2000年)10月18日登録、同年11月6日告示 |
| 員数 | 1基 |
| 寸法 | 鉄筋コンクリート造、外装モルタル塗。高さは文化庁データベースの構造欄で18メートル、同解説文で17.5メートル |
| 所有者 | 本庄市 |
| 公開状況 | 内部非公開。外観は常時無料で見学可 |
参考文献
- 文化庁 国指定文化財等データベース「児玉町旧配水塔」
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00001901
- 文化遺産オンライン「児玉町旧配水塔」
- https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/139171
- 本庄市教育委員会「国登録有形文化財」
- https://www.city.honjo.lg.jp/soshiki/kyoikuiinkai/bunkazai/tantoujouhou/bunkazai/1375759852044.html
- 本庄市観光協会「児玉町旧配水塔」
- https://www.honjo-kanko.jp/sightseeing/point/kodama-chokyuhaisui-to/
最終更新日: 2026.08.10