竹生島宝厳寺とは
竹生島宝厳寺は、滋賀県長浜市早崎町、琵琶湖の北部に浮かぶ竹生島にある寺院で、慶長8年(1603年)建立の唐門が国宝、観音堂と渡廊(舟廊下)、鎌倉時代後期の石造五重塔が重要文化財、昭和17年(1942年)の本堂(弁才天堂)が令和7年(2025年)に登録有形文化財となっている。西国三十三所観音霊場の第30番札所でもある。
寺の縁起によれば、神亀元年(724年)、聖武天皇が夢で天照皇大神のお告げを受け、僧行基を勅使として遣わして堂塔を開かせたのが始まりとされる。本尊の大弁才天は、寺が江ノ島・宮島と並ぶ日本三弁才天の一つとして紹介する仏で、観音堂には千手千眼観世音菩薩を祀る(宝厳寺公式サイト)。
豊臣家による移築と明治の分離
境内の中心となる唐門・観音堂・渡廊は、いずれも慶長8年(1603年)の建立で、他所から移されてきた建物である。文化庁の解説は、豊臣秀頼が片桐且元を奉行として、唐門を観音堂とともに移建したと記す。寺は、京都東山の豊国廟から移されたと伝え、唐門については大坂城の極楽門が豊国廟を経て移されたとする説が有力になっていると紹介している。
明治時代に入ると、神仏分離の影響で島のかたちが大きく変わった。寺の説明によれば、明治4年(1871年)に寺を廃して神社に改めるよう命じられたが、各地の信者の強い要望で廃寺は免れ、それまでの本堂の建物だけを神社に引き渡した。これが現在の都久夫須麻神社(竹生島神社)の本殿である。本尊の大弁才天は仮に安置されたまま時を過ごし、昭和17年(1942年)に現在の本堂が建てられた。
境内の配置と指定
宝厳寺の公式サイトによると、唐門は観音堂の西側に建ち、背面で観音堂につながる。観音堂の東側には渡廊が続き、都久夫須麻神社へと至る。斜面に建つ観音堂は、床下に長い柱を立てて支える懸造の部分をもつ。島の斜面に沿って、門、堂、廊下、神社が一続きに並ぶ構成である。
指定と登録は次の3件である。唐門・観音堂・渡廊の3棟(唐門は明治34年(1901年)に旧法で指定され、昭和28年(1953年)に国宝、観音堂と渡廊は重要文化財)、鎌倉時代後期の石造五重塔(昭和29年(1954年)重要文化財)、そして昭和17年(1942年)の本堂(弁才天堂、令和7年(2025年)登録)。唐門・観音堂・渡廊は平成25年度から令和元年度にかけて保存修理が行われ、令和2年(2020年)3月に完成した。
拝観とアクセス
竹生島へは船で渡る。宝厳寺の公式サイトによれば、長浜港・今津港からは琵琶湖汽船、彦根港からはオーミマリンの船が出ており、所要は約25分から40分。各港に30台から100台ほどの駐車場がある。長浜港はJR長浜駅から徒歩10分、今津港はJR近江今津駅から徒歩5分、彦根港はJR彦根駅からタクシーで5分である。
拝観・納経の時間は午前9時30分から午後4時30分で、観光船の運航時間に合わせている。入島には乗船料とは別に入島料が要り、金額は竹生島奉賛会への問い合わせ先とされている。滋賀県の観光サイトは、都久夫須麻神社と共通で大人400円、小人300円と案内している。宝物殿の拝観料は大人300円、小人250円である。
参考文献
- 宝厳寺 唐門(国指定文化財等データベース)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/102/1521
- 宝厳寺五重塔(国指定文化財等データベース)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/102/1524
- 宝厳寺弁才天堂(国指定文化財等データベース)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00015315
- 宝厳寺のいわれ(竹生島 宝厳寺)
- https://www.chikubushima.jp/origin/
- 唐門・観音堂・舟廊下 保存事業(竹生島 宝厳寺)
- https://www.chikubushima.jp/construction/
- アクセス(竹生島 宝厳寺)
- https://www.chikubushima.jp/access/
- 竹生島宝厳寺(滋賀県観光情報 びわ湖ビジターズビューロー)
- https://www.biwako-visitors.jp/spot/detail/1311/
最終更新日: 2026.10.03
基本情報
| 名称 | 竹生島宝厳寺 |
|---|---|
| 所在地 | 滋賀県長浜市早崎町 |
| 所有者 | 宝厳寺 |
| 指定 | 国宝 1件・重要文化財 1件・登録有形文化財 1件 |
| 座標 | 35.42114, 136.14342 |