宝厳寺弁才天堂とは

宝厳寺弁才天堂は、滋賀県長浜市早崎町、琵琶湖の竹生島にある宝厳寺の本堂で、昭和17年(1942年)に建てられ、令和7年(2025年)3月13日に国の登録有形文化財に登録された。読みは「ほうごんじべんざいてんどう」、登録番号は25-0522である。

文化庁の記録によれば、木造平屋建、檜皮葺で、建築面積は439平方メートル。設計は乾兼松で、桁行5間・梁間5間の入母屋造の正面に千鳥破風を飾り、四周に裳階をめぐらす。本尊は、寺が日本三弁才天の一つとして紹介する大弁才天である。

登録の理由と価値

宝厳寺弁才天堂は「造形の規範となっているもの」として登録された。文化庁は、近代における復古的意匠の仏堂の好例と評価している。昭和の建物でありながら、檜皮葺の入母屋屋根に千鳥破風と裳階を重ねた姿は、古い仏堂の形式に倣ったものである。

平面は、前方に土間の礼堂、後方に内陣と脇陣を配する。内陣では柱を高く立ち上げ、組物を差肘木とし、柱の間の小壁に飛天を描く。宝厳寺の公式サイトによれば、内陣の壁画は荒井寛方の筆で、正面を「諸天神の図」、側面を「飛天の図」と呼ぶ。

この本堂が昭和に建てられた背景には、明治の神仏分離がある。寺の説明によれば、明治4年(1871年)に寺を廃して神社に改めるよう命じられた際、信者の要望で廃寺は免れたものの、それまでの本堂の建物は神社に引き渡された。本尊の大弁才天は仮に安置されたまま時を過ごし、昭和17年(1942年)にこの本堂が建てられた。

見どころ

外観では、正面の千鳥破風と、建物の四方をめぐる裳階の屋根に注目したい。檜皮葺の大屋根の下にもう一段の屋根が回るため、平屋建でありながら屋根が二重に重なって見える。

堂内に入ると、手前が土間の礼堂、奥が内陣である。内陣の高く立ち上がった柱と、差肘木の組物、その上の小壁に描かれた飛天を見上げたい。正面の「諸天神の図」と側面の「飛天の図」が、礼堂から内陣を見通したときに一体となって目に入る。

本尊の大弁才天は秘仏で、寺によれば60年に一度開帳され、次の開帳は2037年である。ふだんは前立の弁才天を拝むことになる。

見学方法

宝厳寺弁才天堂は竹生島の宝厳寺の本堂として参拝できる。拝観・納経の時間は午前9時30分から午後4時30分で、観光船の運航時間に合わせている(宝厳寺公式サイト)。入島料のほかに、本堂の個別の拝観料は示されていない。

堂内は礼拝の場なので、参拝者や法要の妨げにならないよう静かに過ごしたい。撮影の可否は現地の案内に従う。島へ渡る船と入島料は竹生島宝厳寺のページにまとめてある。

Q&A

Q宝厳寺弁才天堂はいつ建てられましたか?
A昭和17年(1942年)に建てられました。明治の神仏分離で旧本堂を神社に引き渡したのち、新たに建てられた本堂です。
Q宝厳寺弁才天堂が登録有形文化財になったのはいつですか?
A令和7年(2025年)3月13日に登録されました。登録番号は25-0522です。
Q宝厳寺弁才天堂を設計したのは誰ですか?
A文化庁の記録では乾兼松の設計です。内陣の壁画は荒井寛方が描いたと寺は紹介しています。
Q宝厳寺弁才天堂の本尊は見られますか?
A本尊の大弁才天は秘仏で、60年に一度開帳されます。次の開帳は2037年で、ふだんは前立の弁才天を拝みます。
Q宝厳寺弁才天堂の建物の特徴は?
A桁行5間・梁間5間の入母屋造、檜皮葺で、正面に千鳥破風、四周に裳階が付きます。前方に土間の礼堂、後方に内陣と脇陣があり、内陣の小壁に飛天が描かれています。

基本情報

名称宝厳寺弁才天堂(ほうごんじべんざいてんどう)
所在地滋賀県長浜市早崎町1664-3(竹生島)
指定区分登録有形文化財(建造物)
指定年令和7年(2025年)3月13日登録(登録番号25-0522)
員数1棟
寸法木造平屋建、檜皮葺、建築面積439平方メートル
所有者宝厳寺
公開状況本堂として参拝可。拝観は午前9時30分から午後4時30分

参考文献

宝厳寺弁才天堂(国指定文化財等データベース)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00015315
宝厳寺弁才天堂(文化遺産オンライン)
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/622449
宝厳寺探訪(本堂・弁才天)(竹生島 宝厳寺)
https://www.chikubushima.jp/precincts/precincts3.html
宝厳寺のいわれ(竹生島 宝厳寺)
https://www.chikubushima.jp/origin/
アクセス(竹生島 宝厳寺)
https://www.chikubushima.jp/access/

最終更新日: 2026.10.03