大通寺含山軒および蘭亭庭園:伊吹山の雄姿を借景にした名勝の庭

滋賀県長浜市の歴史ある城下町に佇む大通寺は、地元で「長浜御坊」「ごぼうさん」と親しまれる真宗大谷派(東本願寺)の別院です。境内にある含山軒庭園と蘭亭庭園は、昭和9年(1934年)に国の名勝に指定された江戸時代の傑作庭園です。狩野山楽・山雪や円山応挙による障壁画とともに、建築・庭園・絵画が一体となった桃山文化の粋を今に伝える、長浜を代表する文化遺産をご紹介します。

城跡から生まれた名刹の歴史

大通寺の始まりは、安土桃山時代末期にさかのぼります。廃城となった長浜城の跡地に、湖北地方の浄土真宗門徒が仏法を広めるための道場を開いたことが発端でした。当時は「長浜御堂」と呼ばれ、門徒たちの信仰の拠りどころとして親しまれていました。

慶長7年(1602年)、本願寺第十二代門主・教如上人により正式に「無礙智山大通寺」と号されました。その後、慶安2年(1649年)に彦根藩主・井伊直孝から広大な寺領の寄進を受けて現在地に移転。東本願寺から伏見桃山城の遺構と伝えられる本堂や大広間が移築され、壮麗な伽藍が整えられました。これらの建造物は国の重要文化財に指定されており、桃山時代の華やかな文化を今に伝えています。

なぜ国の名勝に指定されたのか

含山軒庭園と蘭亭庭園が国の名勝に指定された背景には、江戸時代の庭園芸術としての卓越した芸術的価値が認められたことがあります。特に含山軒庭園における借景技法は、庭園内の石組と遠方の伊吹山を一つの景観として巧みに統合しており、日本庭園の空間構成の模範とされています。

また、国の重要文化財に指定されている含山軒・蘭亭の建造物と庭園が一体となり、建築・庭園・障壁画が調和した総合的な文化空間を形成している点も高く評価されています。枯山水と池泉式という異なる様式の庭園が隣接して存在し、江戸時代の日本庭園の多様な美意識を一か所で鑑賞できることも、この名勝の大きな魅力です。

含山軒庭園:伊吹山を抱く枯山水

含山軒庭園は、江戸時代初期の作庭と推定される鑑賞式枯山水庭園です。「含山軒」という名は「山を含む(抱く)書院」を意味し、東方にそびえる標高1,377メートルの伊吹山を借景として取り入れたことに由来します。伊吹山は日本百名山のひとつにも数えられる名峰です。

庭園の手前には白い盛砂が敷き詰められ、静寂と広がりを感じさせます。中央には長寿の象徴である亀島が枯池の中に配され、その奥の築山には枯滝石組が巧みに組まれています。この石組は、あたかも伊吹山から水が流れ落ち、庭園を潤すかのような視覚効果を生み出しており、近景の石組と遠景の山並みが見事に一体化した空間構成は、借景庭園の白眉と称されています。

含山軒の一の間には狩野山楽による山水画、二の間には養子の狩野山雪による山水画がそれぞれ描かれた障壁画が残されています。室内の描かれた山水と、障子を開いた先に広がる実際の山水風景が呼応し合う体験は、まさにこの場所でしか味わえない贅沢です。

蘭亭庭園:応挙の絵に由来する雅な池泉庭園

含山軒に隣接する蘭亭庭園は、枯山水とは対照的な鑑賞式池泉庭園です。小さな枯池に優美な反橋(そりばし)が架けられ、松や木犀(キンモクセイ)の老樹がこんもりと茂る中に、しっとりとした風情を漂わせています。秋にはキンモクセイの甘い香りが庭園を包みます。

蘭亭の建物は宝暦5年(1755年)に数寄屋造りで建てられた書院で、国の重要文化財に指定されています。「蘭亭」の名は、室内に描かれた円山応挙の襖絵「蘭亭曲水宴図」に由来します。この絵は、中国の書聖・王羲之が蘭亭で催した曲水の宴を描いたもので、文人たちが曲がりくねった水路に盃を浮かべて詩歌を詠む雅な情景が描かれています。

庭園の東南部には力強い立石を中心とした枯滝石組があり、静かな庭園全体に動的なアクセントを与えています。限られた空間の中に石橋、築山、枯滝石組、豊かな植栽が巧みに配され、奥行きと変化に富んだ景観が生み出されています。

大通寺の見どころ

庭園以外にも、大通寺には見逃せない文化財が数多くあります。

本堂(阿弥陀堂)は江戸時代初期の建立で、徳川家康が教如上人に寄進した伏見城の殿舎が東本願寺の御影堂を経て承応年間(1652〜1654年)に移築されたと伝えられる国指定重要文化財です。大広間も同様の来歴を持ち、書院造りの壮麗な空間が広がっています。

総欅(けやき)造りの山門は長浜市指定文化財で、その堂々とした姿は京都・東本願寺の御影堂門を模したものとされています。脇門(薬医門)は旧長浜城の追手門を移築したもので、長浜城の数少ない遺構の一つです。南北朝時代の銘を持つ梵鐘は滋賀県指定文化財として境内を見守っています。

大正元年(1912年)建立の新御座には狩野永岳による琴棋書画図や岸駒による金地墨画梅之図が残されています。また、井伊直弼の七女・砂千代姫の調度品が諸殿に展示されており、大通寺と彦根藩井伊家の深いつながりを物語っています。

季節ごとに表情を変える庭園も大きな魅力です。春の桜、夏の青々とした緑、秋の紅葉、そして冬の雪化粧した伊吹山と、四季折々の風景が訪れるたびに異なる感動を与えてくれます。春には全国でも珍しい馬酔木(アセビ)の盆栽展が開催され、多くの愛好家を集めます。

周辺情報

大通寺は長浜の歴史的市街地の中心に位置しており、周辺には魅力的な観光スポットが集まっています。

大通寺の表参道を南に歩くとすぐに黒壁スクエアがあります。明治時代の銀行建築を改装した「黒壁ガラス館」を中心に、ガラス工房、雑貨店、カフェなどが軒を連ねるレトロな町並みは、年間約200万人が訪れる人気のエリアです。近江牛グルメや名物「のっぺいうどん」、「焼き鯖そうめん」など長浜ならではの郷土料理も楽しめます。

長浜城歴史博物館は琵琶湖を望む復元天守閣で、豊臣秀吉や石田三成など戦国武将ゆかりの歴史を紹介しています。長浜港からは琵琶湖に浮かぶ神秘の島・竹生島への遊覧船が就航しており、古くから信仰を集める宝厳寺や都久夫須麻神社を参拝することができます。

大通寺のすぐ近くにある知善院は、長浜城の搦手門(裏門)を移築した山門を持つ天台真盛宗の寺院です。湖北地方は「観音の里」としても知られ、古来より守り伝えられてきた多数の観音菩薩像を巡る「観音めぐり」もおすすめです。

Q&A

Q外国語の案内はありますか?
A寺院内の案内は主に日本語ですが、一部の基本情報は英語でも提供されています。翻訳アプリの利用や事前の下調べが安心です。庭園や建築の美しさは言葉を超えて感じていただけますので、海外からの訪問者の方にもお楽しみいただけます。
Q庭園の拝観に最適な季節はいつですか?
A四季それぞれに異なる魅力があります。春(3〜5月)は桜と馬酔木の盆栽展、夏(6〜8月)は青々とした緑、秋(10〜11月)は紅葉と石組のコントラスト、冬は雪をかぶった伊吹山の借景が格別です。ただし冬季(12月〜1月頃)は土日祝日のみの拝観となる場合がありますので、事前にご確認ください。
Q写真撮影はできますか?
A庭園の撮影は一般的に可能ですが、障壁画のある室内ではフラッシュ撮影や三脚の使用が制限される場合があります。最新の撮影ルールは受付でご確認ください。
Q主要都市からのアクセスは?
A京都・大阪方面からはJR琵琶湖線で長浜駅まで(京都から約1時間半、大阪から約2時間)。名古屋からは東海道新幹線で米原駅まで行き、JR北陸本線に乗り換えて約10分で長浜駅に到着します。長浜駅からは徒歩約15分です。お車の場合は北陸自動車道・長浜ICから約15分です。
Q車いすでの拝観は可能ですか?
A歴史的建造物のため、バリアフリー対応には限りがあります。境内は砂利道が多く、建物にはスロープの常設がありません。ただし、車いすでの諸殿拝観は事前予約制で対応していただけますので、電話(0749-62-0054、平日9:00〜17:00)でお問い合わせください。介助者の付き添いが推奨されています。

基本情報

正式名称 真宗大谷派長浜別院大通寺(無礙智山大通寺)
通称 長浜御坊・ごぼうさん
文化財指定 国指定名勝:大通寺含山軒および蘭亭庭園(昭和9年指定)/国指定重要文化財:本堂、大広間、含山軒及び蘭亭
宗派 真宗大谷派(浄土真宗)
開基 慶長7年(1602年)教如上人
庭園作庭時期 含山軒庭園:江戸時代初期〜中期(推定)/蘭亭庭園:江戸時代中期(推定)
所在地 〒526-0059 滋賀県長浜市元浜町32-9
拝観時間 10:00〜16:00(最終入場15:30)※冬季は土日祝のみ拝観可。年末年始は拝観休業。
拝観料 大人500円/中学生100円/小学生以下無料(20名以上の団体は1割引)
アクセス JR琵琶湖線「長浜駅」より徒歩約15分/北陸自動車道「長浜IC」より車で約15分
駐車場 約15台
電話 0749-62-0054
公式サイト http://www.daitsuji.or.jp/daitsuji/

参考文献

長浜別院大通寺(公式サイト)
http://www.daitsuji.or.jp/daitsuji/
大通寺(長浜御坊) | 滋賀県観光情報[公式観光サイト]
https://www.biwako-visitors.jp/spot/detail/575/
真宗大谷派長浜別院大通寺 - Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/真宗大谷派長浜別院大通寺
大通寺含山軒および蘭亭庭園 | 植彌加藤造園
https://ueyakato.jp/gardens/daitsuji
大通寺含山軒及び蘭亭庭園 | 庭園情報メディア おにわさん
https://oniwa.garden/daitsu-ji-temple-garden/
大通寺含山軒および蘭亭庭園 | 文化遺産オンライン
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/161508
大通寺庭園【訪問編】- まだ知らぬ、日本を訪ねて
https://zuito.hatenablog.com/entry/2022/07/02/172520
大通寺 | 一般社団法人滋賀県造園協会
http://shiga-zouen.net/archives/5086.html

最終更新日: 2026.03.07