接客だけのために建てられた棟

ふじ石亭客間棟は、滋賀県長浜市朝日町にある明治17年(1884年)頃の木造建築で、平成24年(2012年)2月23日に登録有形文化財(建造物)に登録された。

平面はL字形。一方の腕は蔵の南面に沿って玄関と茶室を並べ、他方は東へ延びて広間を収める。建築面積115平方メートル。主屋の123平方メートルとほぼ拮抗する。寝室も台所も、蔵と呼べる収納も持たない建物にこれだけの面積を割いている。屋根は入母屋造と切妻造を組み合わせ、桟瓦を葺く。木造平屋建。

配された諸室はすべて客のためにある。文化庁の解説文も、気品ある雰囲気を有する接客施設と端的に記す。

式台玄関が語る家格

玄関は式台玄関である。

式台は土間と床上の間に据える幅広の低い板で、そこに一段の格式が生じる。近世の身分制のもとでは設置に制限があり、一定以上の武家と限られた層のみが許された。明治に入って法的な制約は消えたが、意味までは消えない。明治17年頃にこの構えを選んだことは、家がみずからをどの位置に置いていたか、どのような客を迎える想定であったかを示している。

式台の奥には6畳間が控える。玄関としては広い。到着した客を迎え、外套や持参の品を受け、奥へ通す前に一度言葉を交わす余地がある。玄関を通過点として扱っていない。

同じ腕に配された茶室も同じ計画の内にある。市中に責任を負う商家の応接は、時間をかけ、型を踏むものだった。茶室はその装置である。

24畳の広間と、溶岩の庭

東の腕には24畳の広間が入る。おおよそ40平方メートルの、柱に区切られない床が続く。庭側には縁が廻る。

縁の存在がこの構成の要である。畳の室内と地面との間に中間領域を置くことで、建具を開け放てば庭が座敷の延長として読める。この規模の広間が長辺を開口に充てているということは、眺めを軸に設計されているということだ。

その眺めが変わっている。敷地の周囲は富士山麓から運ばれた溶岩で囲われる。黒く、鋭く割れた石が、地元の記録では3階建ほどの高さまで積み上げられている。目的は遮蔽で、周囲の建物からの視線を石の壁が断つ。搬入量を貨車およそ100台分、期間を3年とし、山岡家が毎年訪れた箱根から着想を得たとする話は、県内の文化財普及団体の記録に拠るもので、一次資料による裏づけはない。地元の伝承として扱うのが妥当である。確かなのは結果のほうで、現在この敷地を使う料理店の名は、富士の石に由来する。

湖北の作庭で溶岩を主材とするのは異例といってよい。通例の材は風化した花崗岩や川石である。訪れた者の記述が一様にこの黒い塊を挙げるのは、それだけ景としての異質さが強いということだろう。

別荘から迎賓館へ、そして料理店へ

屋敷は明治期の長浜経済を担った商家、下郷家の別荘として建てられた。昭和17年(1942年)、長浜出身でヤンマー創業者の山岡孫吉(1888〜1962)が買い取り、同社の迎賓施設として紅梅荘の名で使われる。この転用は客間棟にほとんど改変を要求しなかったはずである。商家の客を迎える設計は、製造業の客もそのまま迎えられる。変わったのは名簿だけだった。

平成17年(2005年)の改修で敷地全体が日本料理店に転用された。施工者の記録は、既存の建具を転用し、大広間の天井を従前のまま残したと記す。この判断は他の2棟以上にこの棟で効いている。客が実際に座るのがその広間だからである。利用者の記述には、各室に20世紀の日本の作家による作品が掛けられていたとするものがある。

登録は平成24年(2012年)、平成8年(1996年)創設の制度による第72回登録分にあたる。客間棟・主屋・蔵の3棟が同日に個別の物件として、「国土の歴史的景観に寄与しているもの」の基準で登録された。

訪問の条件は明確にしておきたい。所有は光亜興産株式会社。拝観制度も公開日もなく、この棟は主屋と石垣の奥にあたるため公道から見ることもできない。内部に入る機会は料理店の利用に限られてきたが、その営業の現況は確認できていない。令和4年(2022年)に県内の文化財普及団体が公式サイトを確認できないと報告し、飲食情報サイトも掲載を保留している。あの広間に座ることを目的とするなら、まず直接確かめてほしい。内部撮影はいずれにせよ運営者の判断による。朝日町はJR長浜駅東口から東へ徒歩6分ほど、北へ10分歩けば黒壁スクエアの町並みに至る。

Q&A

Qふじ石亭客間棟の内部に入ることはできますか。拝観料はありますか。
A拝観制度も公開日の設定もなく、公道から外観を見ることもできません。内部に入る機会は敷地を使用する料理店の利用に限られてきましたが、営業の現況が未確認です。訪問前に直接ご確認ください。
Qふじ石亭客間棟の「式台玄関」とは何ですか。
A土間と床上の間に幅広の低い板を据えた、格式のある玄関形式です。近世には身分による設置制限があったため、明治期にこの形式を採ることは家格の表明を伴いました。客間棟では式台の奥に6畳の玄関間が続きます。
Qふじ石亭客間棟の庭はなぜ溶岩でできているのですか。
A富士山麓の溶岩を鉄道で運び入れ、周囲からの視線を遮るために敷地を囲って積み上げたと、県内の文化財普及団体の記録は伝えます。着想は箱根に求めたとされます。貨車約100台分を3年がかりという規模は地元の伝承で、一次資料による裏づけはありません。店名はこの石に由来します。
Qふじ石亭客間棟の広間はどれくらいの広さですか。
A24畳、おおよそ40平方メートルで、庭側に縁が廻ります。客間棟全体の建築面積は115平方メートルです。
Qふじ石亭客間棟へのアクセスを教えてください。
AJR北陸本線長浜駅の東口から東へ徒歩6分ほどの朝日町にあります。長浜駅は米原駅から北陸本線で10分程度、東海道新幹線からの乗り継ぎが可能です。

基本データ

名称ふじ石亭客間棟(ふじせきていきゃくまとう)
所在地滋賀県長浜市朝日町47他
指定区分登録有形文化財(建造物)/登録基準「国土の歴史的景観に寄与しているもの」
指定年平成24年(2012年)2月23日登録(第72回登録)
員数1棟
寸法建築面積115平方メートル/木造平屋建、L字形平面、入母屋造及び切妻造、桟瓦葺/6畳間をもつ式台玄関、24畳の広間に縁を廻らす
所有者光亜興産株式会社
公開状況文化財としての一般公開なし。明治17年頃建築、平成17年改修。公道からの外観見学は不可。料理店としての営業状況は未確認。

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース「ふじ石亭客間棟」
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00009184
文化遺産オンライン「ふじ石亭客間棟」
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/176827
文化庁 国指定文化財等データベース「ふじ石亭主屋」
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00009182
文化庁 国指定文化財等データベース「ふじ石亭蔵」
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00009183
文化庁「登録有形文化財(建造物)」
https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkazai/shokai/yukei_kenzobutsu/toroku_yukei.html
株式会社材信工務店「日本料理 ふじ石亭」(改修記録)
https://www.zainobu.jp/work/post-395/
滋賀登文会のブログ「文化財散歩 ~ふじ石亭~」
https://ameblo.jp/shiga-tobunkai/entry-12733716989.html
国土交通省 地域観光資源の多言語解説文データベース「ヤンマーミュージアム」
https://www.mlit.go.jp/tagengo-db/R5-00151.html

最終更新日: 2026.08.11