康元の刻銘をもつ石塔
圓光寺九重塔(えんこうじきゅうじゅうのとう、円光寺九重塔とも表記)は、滋賀県野洲市久野部の圓光寺境内に立つ花崗岩製の石造九重塔で、鎌倉前期の康元年間(1256〜1257年)の造立とされ、昭和36年(1961年)3月23日に重要文化財に指定された。
年代の根拠は塔身に残る刻銘にある。「康元」の元号までは判読できるが、その下の年次を示す一字が磨滅して読めない。もっとも康元は二年に満たない短い元号で、それだけで造立年はきわめて狭い幅に収まる。十三世紀の石塔で紀年銘を伴う遺品は限られており、近江の石造美術の編年を組むうえでこの一字の欠落は惜しまれるが、元号が残ったこと自体の価値は大きい。
石材は花崗岩。現状の高さは約3.94メートルで、完形ではない。
失われた部分を読む
この塔の見方は、二つの欠損を前提として組み立てられている。
ひとつは相輪の亡失である。層塔の頂部を飾る露盤・伏鉢・請花・九輪・宝珠の一連が失われ、九重目の笠には宝塔の笠石が転用されている。宝塔は層塔とは別系統の石造物で、笠の反りも軒の厚みも寸法感覚が異なる。八重目までの笠と九重目とを見比べると、輪郭の不揃いがはっきり分かる。
もうひとつは軸部と笠の段数そのものである。石造美術の研究では、当初は十三重であったと見る説が有力で、上部四層を失った姿が現在の九重だと考えられている。十三重は中世層塔の格の高い形式で、九重という呼称は指定名称として定着してはいるものの、造立当初の設計を指すものではない。
現状でも四メートル近い高さがあり、前庭に立てば相応の量感がある。そこへ失われた四層と相輪を戻して考えると、当初の塔は野洲川北岸の平野を見渡す位置に、かなりの高さでそびえていたことになる。
初重軸部の金剛界四仏
彫刻は初重軸部に集中する。四面それぞれに舟形の彫りくぼみを設け、その内に金剛界四仏を配する。密教の教理で大日如来を東西南北から囲む四如来である。
四面のうち三面は像容として刻まれる。彫りは浅く、肉取りは鈍いが、体躯の比例に鎌倉前期の重厚さが残る。残る一面には像がなく、梵字の種子一字が刻まれている。悉曇で「タラーク」と読み、南方の宝生如来を表す。像容と種子を同一の塔で併用するのは中世石塔にしばしば見られる扱いで、後補や省略ではない。三面の像の古様が、この塔を鎌倉期のうちでも早い段階に置く根拠のひとつとされている。
基礎にも特徴がある。格狭間は四面すべてではなく二面のみに彫られ、しかもそのうち一面は後刻とされる。基礎を一周して二つの格狭間を見比べると、輪郭の曲線の張りが揃わない。手も時期も異なる仕事が、同じ石の上に並んでいる。
境内での位置と見学
塔は山門を入って正面、前庭に立つ。参詣者が最初に目にするのはこの石塔で、本堂はその奥、松の点在する庭と土塀に囲まれて控える。本堂は康元2年(1257年)の建立で棟木に墨書銘を残す重要文化財であり、木の堂と石の塔がほぼ同時期に、同じ場所で成立したことになる。木に書かれた墨と石に刻まれた鑿、記録の手段は違うが、いずれも年代を自ら名乗る遺構である。
JR琵琶湖線野洲駅北口から徒歩約13分、久野部交差点の西側。近江鉄道バス木部循環行きの「久野部」下車なら約3分。京都から普通列車で小一時間の距離にある。
境内は自由に立ち入れ、拝観料は不要。塔は屋外に立ち、柵もないので、周囲を回りながら細部を確かめ、撮影することができる。境内の一部は近隣の公園を兼ねている。事前連絡が要るのは本堂内部の拝観だけで、石塔を見るだけなら手続きは何もいらない。
初重の浅い彫りは、東からの低い朝日が当たる時間帯がよく見える。真昼の高い光では陰影が消えて像容を追いにくい。
Q&A
- 野洲市の圓光寺九重塔は自由に見学できますか。拝観料はかかりますか。
- 見学できます。塔は山門を入ってすぐの前庭に立ち、境内は拝観料なしで自由に立ち入れます。柵もないため周囲を回って細部を観察でき、撮影にも制限はありません。事前の連絡は不要です。
- 圓光寺九重塔の高さと材質を教えてください。
- 花崗岩製で、現状の高さは約3.94メートルです。この数値は相輪を欠いた現在の姿での計測値で、当初はさらに高かったと考えられています。
- 圓光寺九重塔はもともと十三重だったのですか。
- 当初は十三重であったとする見方が有力です。九重目の笠には宝塔の笠石が転用されており、頂部で欠損と補修が生じたことを示します。相輪も失われています。ただし「九重塔」が指定名称として定着しています。
- 圓光寺九重塔の初重にはどのような彫刻がありますか。
- 四面に舟形の彫りくぼみを設け、金剛界四仏を表しています。三面は像容として刻まれ、一面は像ではなく梵字の種子「タラーク」で、南方の宝生如来を示します。像容と種子の併用は中世石塔に見られる扱いです。
- 圓光寺には九重塔のほかにどのような文化財がありますか。
- 康元2年(1257年)建立の本堂が昭和28年(1953年)に重要文化財に指定されています。ほかに平安時代の木造阿弥陀如来坐像(像高約86センチメートル)が明治42年(1909年)指定の重要文化財、木造地蔵菩薩坐像2躯が県指定文化財です。
基本データ
| 名称 | 圓光寺九重塔(石造九重塔) |
|---|---|
| 所在地 | 滋賀県野洲市久野部 |
| 指定区分 | 重要文化財(建造物・近世以前/その他)/指定番号 01485 |
| 指定年 | 昭和36年(1961年)3月23日 |
| 員数 | 1基 |
| 寸法 | 花崗岩製、現状高 約3.94メートル(相輪を欠く)。「康元」の刻銘がある |
| 所有者 | 圓光寺 |
| 公開状況 | 屋外・境内に常時公開。拝観料不要、事前連絡不要 |
参考文献
- 文化庁 国指定文化財等データベース「圓光寺九重塔」
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/102/1453
- 文化庁 国指定文化財等データベース「圓光寺本堂」
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/102/1452
- 滋賀県文化財保護協会 新近江名所圖会 第316回「駅近で重要文化財が楽しめる ― 野洲市円光寺」
- https://www.shiga-bunkazai.jp/shigabun-shinbun/best-place-in-shiga/
- 野洲市観光物産協会 野洲観光なび「円光寺」
- https://www.yasu-kankou.com/tourist/detail.php?id=67
- 滋賀県観光情報 公式観光サイト「円光寺」
- https://www.biwako-visitors.jp/spot/detail/3932/
- JAPAN GEOGRAPHIC「滋賀県野洲市 円光寺」
- https://japan-geographic.tv/shiga/yasu-enkoji.html
最終更新日: 2026.08.11