京町の小路に西面する町家

旧多田家住宅主屋は、滋賀県大津市京町二丁目にある明治中期(1883〜1897年頃)の木造二階建町家で、平成26年(2014年)12月19日に国の登録有形文化財(建造物)となった。建築面積82平方メートル、旧市街地の小路に西面して建つ。

大津という町の骨格は、三つの機能の重なりでできている。天正14年(1586年)頃に琵琶湖岸へ大津城が築かれ、その城下が琵琶湖水運の港町となり、東海道五十三次の宿場町となり、園城寺(三井寺)の門前町となった。江戸中期には町数が百を超え、大津百町の呼称が定着する。京町はその一区画であり、旧東海道が町内を貫く。

ただしこの建物は街道には面していない。街区に入り込む小路の一本に、間口三間半、およそ6.4メートルの正面を西へ向けている。

登録が評価したもの

平成8年(1996年)に発足した登録有形文化財の制度は、この種の建物のためにある。国宝・重要文化財の指定が現状変更に厳しい規制を課すのに対し、登録は届出制を基本とし、税制上の優遇を与え、なにより所有者が住み続け使い続けることを前提とする。

登録番号25-0355、登録基準は第一号、国土の歴史的景観に寄与しているもの。文化庁の評価は正面の意匠にとどまらず、出格子の内側に設けられた引込み板戸などを挙げ、大津の町家の特色を示すものとする。

この論の立て方には注意を払いたい。大津は京都から数駅の距離にあり、その町家はしばしば京町家の地方版として読まれる。登録原簿はその枠組みを採らない。大津の町家を固有の細部をもつ一類型として扱い、この建物をそこから論じられるだけの資料と位置づけている。

登録の日付も建物の性格を照らす。平成26年12月19日には、北へ数町の京町四丁目に建つ昭和14年(1939年)竣工の滋賀県庁舎本館と、音羽台の昭和5年(1930年)の住宅が同時に登録された。県庁舎、郊外住宅、明治の町家が同じ日に並ぶ。この制度が何を掬い上げようとしているかが、その顔ぶれに表れている。

正面を北から南へ読む

正面の北寄りに戸口が開く。その奥を土間が通り、建物を前後に貫く。土間は町家の構成原理そのものであり、商いの動線と床上の生活空間を分ける。間口の狭い敷地の奥まで、荷も水も客も、畳を踏まずに運び込める。

戸口の南側で、壁面が前へ出る。出格子である。細かい縦格子を張った浅い張り出しで、その外側の地面には駒寄せが据わる。太い木材を横に渡した低い柵だ。

駒寄せに目を留めたい。この設備は建築線より外に余地を必要とする。本来の役目は防御にあった。馬を繋ぎ、荷車が擦れ違い、その衝撃から背後の繊細な格子を守る。昭和初期、大津では主要街路の拡幅にともない、通りに面した町家が正面の張り出しを削られた。地元で軒切りと呼ばれる改変である。小路に退いた建物はその工事を免れた。ここでは格子とそれを守る柵が、建てられた位置のまま揃って残っている。

視線を上げる。二階には竪格子の窓が大きく開く。同時期の町家に多い、漆喰で塗り籠めた小さな虫籠窓ではなく、幅のある開口である。上階の両端には短い袖壁が付き、正面を左右から締める。

内部は非公開だが、平面は一列四室形式をとる。土間に沿って四つの部屋が奥へ一列に並ぶ構成だ。文化庁が特筆するのは、出格子の内側に設けられた引込み板戸である。壁の戸袋へ引き込むことで、表の間は数秒で開かれた店先にも閉じた私室にもなる。なお同庁は平成19年(2007年)の改修を記録している。

訪ねる前に

旧多田家住宅主屋は個人所有で、内部は公開されていない。開館時間も拝観料も設定はなく、登録の制度は所有者に公開の義務を課さない。見学の対象は、小路から見る西面に限られる。

公道からの撮影は禁じられていないが、小路は狭く、生活の場でもある。居住者を写さない、より良い角度を求めて私有地へ踏み込まない。短時間で切り上げるのが作法だろう。

JR大津駅から北へ徒歩6分ほど。京阪石山坂本線島ノ関駅からは西へ徒歩8分ほど。いずれの経路も旧宿場町を通り抜ける。京町通、すなわち旧東海道は町内を端から端まで走っている。

足を運ぶなら一棟で終えるのは惜しい。大津百町には徒歩圏に数十棟の登録建造物があり、そのうち大津百町館は内部に入れる数少ない一棟である。まちづくり大津が配布する無料マップは、それらを一本の道筋につないでいる。

Q&A

Q旧多田家住宅主屋の内部は見学できますか。
A内部は非公開です。個人所有の建物で、開館時間・拝観料・見学ツアーのいずれも設けられていません。小路から西面の外観を見ることはできます。
Q旧多田家住宅主屋の所在地と最寄り駅からの行き方を教えてください。
A滋賀県大津市京町2-39にあります。JR大津駅から北へ徒歩6分ほど、京阪石山坂本線島ノ関駅から西へ徒歩8分ほどです。京町通(旧東海道)そのものではなく、街区に入る小路に面しています。
Q旧多田家住宅主屋の「駒寄せ」とはどのようなものですか。
A駒寄せは町家の正面外側の地面に据える低い木柵で、背後の格子を馬や荷車、通行人から守ります。この建物では正面の南側、張り出した出格子を囲うかたちで設けられており、小路から確認できます。
Q旧多田家住宅主屋はいつ建てられ、いつ登録されたのですか。
A文化庁は建設年代を明治中期(1883〜1897年頃)とし、平成19年(2007年)の改修を記録しています。登録および告示は平成26年(2014年)12月19日、登録番号25-0355、登録基準第一号(国土の歴史的景観に寄与しているもの)です。
Q旧多田家住宅主屋は他県の「多田家住宅」と同じものですか。
A別物です。福岡県朝倉郡筑前町の多田家住宅表門など、多田姓を冠する登録有形文化財は各地にありますが、いずれも無関係です。本件は滋賀県大津市京町2-39に所在する登録番号25-0355の建物を指します。

基本データ

名称旧多田家住宅主屋(きゅうただけじゅうたくしゅおく)
所在地滋賀県大津市京町2-39
指定区分登録有形文化財(建造物) 登録番号25-0355 登録基準第一号(国土の歴史的景観に寄与しているもの)
指定年平成26年(2014年)12月19日登録・同日告示 第79回登録
員数1棟
寸法木造2階建、瓦葺、建築面積82平方メートル 間口三間半(約6.4メートル)
所有者個人
公開状況非公開(小路からの外観見学のみ)

参考文献

旧多田家住宅主屋|国指定文化財等データベース(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00010317
文化財の一覧(オープンデータ)|大津市
https://www.city.otsu.lg.jp/soshiki/010/2406/od/41153.html
登録有形文化財(建造物)一覧|滋賀県
https://www.pref.shiga.lg.jp/file/attachment/5491008.pdf
大津町家めぐり(大津百町と軒切りの解説を含む散策マップ)|まちづくり大津
https://www.machidukuri-otsu.jp/machidukuri/wp-content/themes/machidukuri/assets/pdf/07.pdf
登録有形文化財(建造物)|文化庁
https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkazai/shokai/yukei_kenzobutsu/toroku_yukei.html

最終更新日: 2026.08.11