旧山口嘉七家住宅とは

旧山口嘉七家住宅は、滋賀県蒲生郡日野町大窪にある日野商人の番頭の屋敷で、文政3年(1820年)の主屋、文政5年(1822年)の北蔵、明治12年(1879年)の東蔵の3棟が、令和4年(2022年)2月17日に国の登録有形文化財(建造物)となった(文化庁)。読みは「きゅうやまぐちかしちけじゅうたく」。

3棟は令和3年(2021年)11月19日の文化審議会の答申を経て登録され、登録番号は25-0508から25-0510まで続いている(文化庁)。答申は、日野商人の番頭が営んだ江戸時代の住宅で、改造が少ない点を貴重としている。日野町の文化財一覧では、所有者は個人である。

在郷町日野と旧山口嘉七家住宅

日野町によれば、村井・大窪・松尾の日野三町は戦国時代の蒲生氏の城下町に始まり、江戸時代には日野椀や合薬の産地として栄えた在郷町である。この町から出た日野商人は北関東や東海地方を行商して出店を構え、本宅は日野に置き続けた。

宝暦6年(1756年)の大火で町場の8割が焼け、いま見る中心市街地の町並みはその後に再建されたものだという(日野町)。旧山口嘉七家住宅の主屋はそれから60年あまり後の建築で、町の文化財保存活用地域計画は、城下町・在郷町と日野商人の歴史に関わる主な文化財の一つに旧山口嘉七家住宅を挙げている。

屋敷の構成

旧山口嘉七家住宅の主屋は、市街の通りとの間に前庭を挟んで建つ(文化庁)。当初部分はつし二階建て、切妻造の平入で、東側に昭和14年(1939年)、2階建ての入母屋造を増築した。

主屋の後方には2棟の土蔵が並ぶ。北蔵は敷地の北西隅に建ち、東蔵は南北に棟を通して西を向く(文化庁)。どちらも土蔵造の2階建てで、漆喰仕上げに鉢巻を廻し、戸口に鳥居枠と掛子塗の扉を備える。各棟の造りはそれぞれのページで扱っている。

見学とアクセス

旧山口嘉七家住宅は個人が所有する住まいで(日野町)、内部公開について公的な案内は確認できなかった。外観を見るときは通りから眺め、敷地には立ち入らないようにしたい。

所在地は日野町大字大窪1086で、近江鉄道本線の日野駅から東へ直線でおよそ3キロ、近江日野商人館(大窪1011)からは東へおよそ500メートルにあたる(座標からの概算)。

参考文献

旧山口嘉七家住宅主屋(国指定文化財等データベース)
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00014182
旧山口嘉七家住宅北蔵(国指定文化財等データベース)
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00014183
旧山口嘉七家住宅東蔵(国指定文化財等データベース)
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00014184
令和3年11月19日 文化審議会の答申(登録有形文化財(建造物)の登録)について(文化庁)
https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkazai/shokai/yukei_kenzobutsu/pdf/93601801_02.pdf
日野町文化財保存活用地域計画 第1章 日野町の概要(日野町)
https://www.town.shiga-hino.lg.jp/cmsfiles/contents/0000008/8039/hino-bunkazaikeikaku_11.pdf
日野町文化財保存活用地域計画 第3章 日野町の歴史文化の特性(日野町)
https://www.town.shiga-hino.lg.jp/cmsfiles/contents/0000008/8039/hino-bunkazaikeikaku_13.pdf
日野町文化財保存活用地域計画 資料編 日野町文化財一覧(日野町)
https://www.town.shiga-hino.lg.jp/cmsfiles/contents/0000008/8039/hino-bunkazaikeikaku_20.pdf

最終更新日: 2026.11.01

基本情報

名称旧山口嘉七家住宅
所在地滋賀県蒲生郡日野町大字大窪1086
所有者個人
指定登録有形文化財 3件
座標35.01126, 136.25327