登録された11メートルの塀
双葉館魚寅楼塀(ふたばかんうおとらろうへい)は、滋賀県草津市草津二丁目にある木造・瓦葺の塀で、昭和11年(1936年)頃の建造とされ、平成20年(2008年)4月18日に国の登録有形文化財となった。料亭本館の旧玄関から道路沿いに延び、折れ曲がりながら、折曲り延長で11メートルを測る。
塀が国の文化財、と聞くと形式的な扱いのように響く。実際は逆である。この料亭で登録された3件のうち、多くの人が現に目にするのはこの塀だ。公道に面して立っているからで、誰でも歩いて見に行ける。本館の街道側の外観も見えるが、背後の奥座敷はまったく見えない。
文化庁の種別では「建築物」ではなく「その他工作物」に分類される。塀、門、橋、煙突などを、人が入る建築から区分するための枠である。員数は1棟として数えられている。
足元から上へ、順に読む
地面から順に見上げていくと、各層がそれぞれ判断の跡だとわかる。
足元は延石。長い切石を据えて木部を路面から持ち上げ、跳ね返る雨水と柱の腐りを避ける。その上に立つ柱が、この店の性格を最も端的に示す部材である。節丸太、つまり節を残したままの丸太を使う。角材を鉋で仕上げれば、きちんとして、どこか役所めいた印象になる。節丸太は数寄屋の語彙だ。茶室の美意識に連なる、意図された素朴さで、しかも高くつく。ふさわしい丸太を探すのは、ふさわしい板を探すよりも難しい。
柱の間には地覆を巡らせて低い位置で締める。その上は本館と同じ扱いで、腰を竪板張、内法壁を赤とする。屋根の瓦は目板瓦、継ぎ目に目板を伏せて葺く形式である。
塀を貫く開口は、隅を切り落とした矩形。この一点の細工がよく効いている。素の矩形なら勝手口の小窓に見えてしまう。隅を落とすと形が和らぎ、灯籠の火口に近い輪郭になる。敷地全体を開け放つことなく、通行人に庭の一端だけを見せる。
文化庁の解説文はふつう中立に書かれるが、この塀については踏み込んで、料亭の外塀に相応しい瀟洒で上品な塀であると評している。
「歴史的景観に寄与」を字義どおりに
双葉館魚寅楼の3件は、いずれも同じ登録基準「国土の歴史的景観に寄与しているもの」で登録された。本館や奥座敷に当てると、この文言はやや抽象的に響く。塀に当てると、ほとんど定義になる。
塀に内部はない。縁を定め、囲うこと以外に用途もない。その文化財としての価値は、街路に向けた面のすべてである。この場合に国が登録したのは、草津のある一角の歩道が、1930年代からどう見えてきたか、という事実そのものだといえる。
登録制度は平成8年(1996年)の文化財保護法改正で設けられた、指定より軽い枠組みである。現状変更は許可でなく届出で足りる。このような部材にとっては、その軽さが実用的だ。稼働している道路沿いの塀は、風雨や交通、その都度の修理を寺院の仏堂とは違う頻度で受ける。登録番号は25-0257、第59回登録、告示は同年5月7日。本館(25-0255)と奥座敷(25-0256)も同日登録である。
立っている場所
草津は東海道五十三次の52番目の宿場で、京へ向かう最後の道程を前に中山道が合流する地点だった。文化13年(1816年)の追分道標が今も分岐に立ち、「右東海道いせみち」「左中仙道みのぢ」と刻む。近くには国史跡の草津宿本陣があり、現存する本陣としては最大級、平成8年(1996年)から一般公開されている。
塀の位置取りは、この土地の歴史をひとつ書き留めている。起点は本館の旧玄関である。台帳がわざわざ「旧」と記す。かつて客が通った入口はもう入口ではないが、それを縁取っていた塀はその場に残り、古い動線を道路沿いになぞり続けている。
ここで営業する双葉 魚寅楼は、本陣料理の系譜を継ぐ店であり、創業から170年ほどを数えると説明している。どちらも文化庁の台帳には記載がなく、店側の由緒として受け取るのが適切である。
塀を見る
予約も拝観料も開門時間もいらない。草津二丁目の公道に面して立っており、いつでも、どんな天候でも歩道から観察できる。公道からの撮影に支障はない。
見る順序を挙げるなら、延石の基礎、丸太柱に残る節、竪板の上の赤い帯、隅を切った窓、そして直線で通さず向きを変えていく塀の取り回し。そのあと本館の北面に目を移すと、竪板張と赤い内法壁という同じ語彙が使われていることに気づく。登録が守ろうとした関係が、そこで見えてくる。
JR草津駅東口から徒歩約10分。敷地の内側を見たい場合は料亭の予約が必要で、個室は2名から40名程度、夜の会席は8,800円程度から(サービス料別)と紹介されている。鮒ずしや本モロコといった琵琶湖の郷土食で知られる店だ。定休日は不定、駐車場は台数が限られ、資料によって4台とも10台とも記される。塀を見るだけなら、これらはどれも関係がない。草津宿本陣と草津宿街道交流館はいずれも徒歩圏で、半日の宿場町歩きに組み込める。
Q&A
- 双葉館魚寅楼塀は予約なしで見学できますか。
- できます。草津二丁目の公道沿いに立っているため、いつでも無料で歩道から見学・撮影できます。予約が必要なのは料亭の屋内を利用する場合だけです。
- 双葉館魚寅楼塀の長さはどれくらいですか。
- 折曲り延長で11メートルです。直線距離ではなく折れ曲がりに沿って測った値で、木造・瓦葺、本館の旧玄関から道路沿いに延びています。
- 双葉館魚寅楼塀はなぜ文化財に登録されたのですか。
- 登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」です。塀の価値は街路に向けた面そのものにあり、この塀は昭和10年代の料亭の街道側の姿を、宿場町草津の一角に残しています。
- 双葉館魚寅楼塀ではどこに注目すればよいですか。
- 延石の基礎、その上に立つ節丸太の柱、柱をつなぐ地覆、腰の竪板張と内法壁の赤、継ぎ目に目板を伏せた目板瓦、そして隅を切り落とした矩形の窓です。
- 双葉館魚寅楼塀の指定区分は何ですか。
- 登録有形文化財で、登録番号25-0257、平成20年(2008年)4月18日登録です。文化庁の種別では建築物ではなく「その他工作物」に分類されています。
基本情報
| 名称 | 双葉館魚寅楼塀(ふたばかんうおとらろうへい) |
|---|---|
| 所在地 | 滋賀県草津市草津二丁目字下御田伝532他(住居表示は草津2丁目12-3) |
| 指定区分 | 登録有形文化財/種別:その他工作物/登録基準:国土の歴史的景観に寄与しているもの/登録番号 25-0257 |
| 指定年 | 平成20年(2008年)4月18日登録、同年5月7日告示(第59回登録) |
| 員数 | 1棟 |
| 寸法 | 木造、瓦葺、折曲り延長11メートル(昭和11年頃) |
| 所有者 | 文化庁データベースに記載なし |
| 公開状況 | 公道から常時見学可。拝観料・予約は不要。 |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁)双葉館魚寅楼塀
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00007057
- 文化遺産オンライン 双葉館魚寅楼塀
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/198049
- 国指定文化財等データベース(文化庁)双葉館魚寅楼本館
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00007055
- 草津市観光物産協会 双葉館 魚寅楼本館・奥座敷・塀【登録有形文化財】
- https://kanko-kusatsu.com/spot/futabakan
- 草津市 草津宿と本陣について
- https://www.city.kusatsu.shiga.jp/kusatsujuku/gakumonjo/shukuba_kaisetsu.html
最終更新日: 2026.07.30