空襲をくぐり抜けた朱の門

昭和20年(1945)7月12日の夜、敦賀の市街地は空襲で焼かれ、気比神宮も社殿の大半を失った。旧国宝に指定されていた本殿も、このとき灰になっている。焼け跡で残ったのが、南の入口に立つ高さ約11メートルの朱塗りの木造鳥居だった。正保2年(1645)に建てられたこの門は、いま境内でもっとも古い建造物であり、参拝者が最初にカメラを向ける場所でもある。

気比神宮は越前国の一宮で、古くから北陸道の総鎮守と呼ばれてきた。敦賀は本州がもっとも細くくびれるあたりの湾に開けた港で、畿内と日本海側を結ぶ要地として栄えた。港の交易が伸びるとともに、社の格も上がっていったと考えられている。

東参道から西の門へ

社伝では、創建は大宝2年(702)にさかのぼる。鳥居については、弘仁元年(810)に東の参道口へ初代が建てられたと伝わる。その鳥居は康永2年(1343)の暴風で倒れ、以後三百年あまり、定まった門のない時期が続いた。

現在の大鳥居は、それより後の時代のものだ。正保2年(1645)、小浜藩主・酒井忠勝の寄進により、現在地である西側の参道に建てられた。用材は遠くから運ばれている。日本海に浮かぶ佐渡国の鳥居ケ原で伐り出された榁(むろ)の木で、これを敦賀まで船で運んだ。「氣比神宮社記」は、三百年前に失われた鳥居を建て直すため、この材を調達したと記している。

なぜ守られているのか

大鳥居は明治34年(1901)、当時の制度のもとで国宝に指定された。戦後に文化財の枠組みが改められると、その旧国宝は現行の区分に引き継がれ、いまは建造物の重要文化財として登録されている。昭和20年の空襲を生き延びたことが、この門に特別な意味を与えている。戦前の社殿のなかで、訪れた人がいまも元の場所で見られる数少ない遺構だからである。

古さと同じくらい、形式にも価値がある。これは両部鳥居と呼ばれる型で、一般的な明神鳥居の主柱の前後に、稚児柱(控柱)を一本ずつ加えた構造をもつ。「両部」という語には密教に由来する含みがあり、気比が長く神仏習合の場であったことの名残でもある。木造の両部鳥居としては、奈良の春日大社、広島の厳島神社の大鳥居とともに数えられることが多い。

見どころ

少し離れて全体を眺めると、各部の構成が見えてくる。最上部の横木である笠木は、両端がゆるやかに反り上がる。大工が反増(そりまし)と呼んだ仕事だ。二本の主柱はまっすぐではなく、わずかに内側へ傾けてある。転び(ころび)というこの傾きが、見た目にも構造にも安定をもたらしている。柱と横木が接するところには台輪という平たい輪が置かれ、その上に島木、さらに笠木が載る。

視線を下げると、四本の控柱はいずれも断面が八角形で、笠と礎の部分に笏谷石(しゃくだにいし)が使われている。福井市の足羽山で採れる青みがかった火山礫凝灰岩で、この地方の石工が古くから用いてきた石材だ。門全体には本朱の漆が塗られ、これまで何度も塗り直されてきた。1645年の建造物が空に映えて意外なほど新しく見えるのは、そのためである。

門の高い位置には、社名を金字で記した黒地の扁額が掲げられている。筆をとったのは有栖川宮威仁親王で、幕末から明治・大正期にかけて活躍した皇族である。

門までの道と、まわりの町

気比神宮は敦賀の中心部、旧国道の角地に立つ。JR敦賀駅から歩いて15分ほどだ。その敦賀駅は、令和6年(2024)3月に北陸新幹線が金沢から延伸し、終着駅となったことで、ぐっと行きやすくなった。大鳥居は通りに面した開けた場所にあるため時間を選ばず見られ、年末年始には終夜ライトアップされる。

敦賀は腰を据えて歩く価値のある町でもある。北西に少し行けば、浜辺に広がる気比の松原がある。全国でも指折りの松原だ。港の近くには明治・大正期の赤レンガ倉庫が残り、二十世紀前半にユーラシアを越えてきた避難民の上陸地としての歴史を伝える資料館も建つ。湾の北を画する金ケ崎の丘には、神社と城跡がある。

Q&A

Q鳥居の高さはどれくらいですか。
A高さは約10.9メートル、主柱の間隔は約7.4メートルです。これは昔の尺で三十六尺、二十四尺にあたります。
Q本当に1645年の鳥居がそのまま残っているのですか。
Aはい。建てられたのは正保2年(1645)です。木材を守るため朱漆は何度も塗り直されていますが、門そのものは江戸時代初期に建てられたものです。
Q両部鳥居とは何ですか。
A主柱の前後に控柱を加えた形式の鳥居です。厳島神社の海上の大鳥居も同じ両部鳥居です。
Q自由にくぐれますか。
A大鳥居は境内南側の開けた場所に立っており、いつでも無料で見学・通行できます。
Q駅からの行き方を教えてください。
A北陸新幹線の終着駅であるJR敦賀駅から徒歩約15分です。近くには路線バスの停留所もあります。

基本データ

名称気比神宮大鳥居(けひじんぐうおおとりい)
所在地福井県敦賀市曙町
所有者気比神宮
指定区分重要文化財(建造物)。明治34年(1901)3月27日、旧国宝として指定
年代江戸前期・正保2年(1645)
構造木造両部鳥居 1基
寸法高さ約10.9メートル、柱間約7.4メートル
アクセスJR敦賀駅(北陸新幹線終着駅)から徒歩約15分
拝観無料・常時見学可

参考文献

文化遺産オンライン(文化庁)「気比神宮大鳥居」
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/121827
国指定文化財等データベース(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/102/817
氣比神宮 公式サイト「文化財指定」
https://kehijingu.jp/sp/about4.html

最終更新日: 2026.06.04