発明家が郷里に建てた洋館

ガリ版伝承館(旧堀井家住宅洋館)は、滋賀県東近江市蒲生岡本町663にある明治42年(1909年)建築の洋館で、平成10年(1998年)12月11日に登録有形文化財となった。木造2階建、寄棟の瓦葺、外壁は下見板張、建築面積49平方メートル。棟梁は大阪の野口清蔵である。

内部は各階とも一室構成をとる。廊下も間仕切りもない。明治期の住宅としては珍しい平面で、この点にまず目が向く。居住のためではなく、商家の当主が客を迎え、あるいは品を並べる棟として設けられたことが平面から読める。

堀井家は中世に近江源氏佐々木氏の家臣であったと伝えられ、佐々木家の没落後に農商へ転じた。江戸時代後期には関東で酒と醤油の醸造を営み、近江商人として活動している。第38代を継いだ堀井新治郎(1856〜1932)と子の耕造が世に出したのは、醸造とは無関係の製品だった。明治27年(1894年)の謄写版である。二人は東京神田に謄写堂を開き、器材の製造販売にあたった。

「ガリ版」の通称は音に由来する。ヤスリ盤に載せた蝋引き原紙を鉄筆で削るとガリガリと鳴る。削った線からインクが下の紙へ通る。印刷機も電力も要らず、費用はごくわずかで済んだ。学校の学級通信、労働組合のビラ、寺の案内、町内の回覧まで、八十年余にわたって日本の日常の印刷物はこの方式で刷られた。

指定ではなく「登録」であること

この建物は指定文化財ではなく登録有形文化財である。平成8年(1996年)に発足した登録制度は、築およそ50年以上の建造物、主に明治期以降のものを対象とし、指定より緩やかな規制を敷く。現状変更は許可制ではなく届出制であり、使いながら守ることを前提に設計された枠組みで、登録件数はすでに一万件を大きく超える。

登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」。登録番号は25-0108、第15回の登録にあたり、登録年月日は平成10年12月11日、告示はその二週間後の12月25日である。

この基準が選ばれている点に意味がある。守られているのは建築的な洗練ではなく、周囲との関係のほうである。堀井家の屋敷地には、かつて主屋・洋館・離れ・土蔵・小屋など十棟を超える建物と回遊式庭園が並び、石垣と生け垣が周囲を巡っていた。南面と東面には分家・親族の住宅が連なる。純農村のただなかに瓦葺の屋並みが続く景観は、町屋の集まりに近い姿だった。現在も敷地の周囲には土蔵が残る。登録が評価しているのはその広がりである。

主屋は一年早い明治41年(1908年)の建築で、桁行7間半(約14.8メートル)・梁間5間(約9.8メートル)の平屋建(一部2階)、切妻造の桟瓦葺。南正面と東面に庇を付け、南正面に入母屋造の玄関を構える。10畳と8畳の座敷には床の間と飾り棚を備え、仏間や炊事場は一般の民家より広い。各室にガス灯が引かれていた点は、当時の農村部の住宅としては例が少ない。

登録対象はこの一群のうち洋館のみである。洋館が先に修復され、平成10年4月に蒲生町立のガリ版伝承館として開館、同年12月に登録された。主屋の修復はその後に行われ、現在は主屋も見学できる。なお文化庁データベースの所有者欄は「蒲生町」だが、蒲生町は平成18年に東近江市へ編入されており、現在の管理者は東近江市である。

訪ねる

洋館の外壁は淡い青に塗られている。瓦屋根の連なる集落のなかで、この色は明らかに異物であり、そのぶん記憶に残る。下見板張の壁、上げ下げ窓、二階建ての小さな箱。明治の洋風建築の語彙が農村まで届いたときの姿を、日本建築の技術で育った棟梁が組み立てている。大阪から野口清蔵を招いた事実自体が、この仕事の位置づけを示している。

現在くぐる玄関は当初のものではない。洋館は主屋の東方に建ち、もとは離れ座敷に接続していた。記念館へ転用する際、東側に玄関部が新設された。そう知って見れば、接合の位置は容易に分かる。

館内に並ぶのは機械とその産物である。初期の謄写版器材、堀井謄写堂に関する資料、印刷物、現代の孔版画家による作品。堀井新治郎と堀井謄写版の年表が壁に掲げられ、映像資料も用意されている。

記憶に残るのは、たいてい体験のほうだ。鉄筆で原紙を削り、実際に刷る。刷るのは主に葉書である。要予約で、館に事務局を置く市民団体「新ガリ版ネットワーク」のサイトから申し込む。鉄筆が引っかかり、滑る感触は画面の操作にはない。刷り上がった葉書には、大量伝達の道具でありながら手仕事の気配を残した、あの微妙なむらが出る。

開館は土曜・日曜のみ、午前10時から午後4時30分、入館は午後4時まで。年末年始は休館し、入館料は無料、駐車場は20台分ある。平日の問い合わせは東近江市文化スポーツ部博物館振興課、土日は伝承館の直通に繋がる。交通はJR琵琶湖線近江八幡駅南口から近江鉄道バス日八線に乗り「ガリ版伝承館」下車、徒歩1分。車なら名神竜王インターチェンジから国道477号を約20分。毎年11月には新ガリ版ネットワークによる「ガリ版祭り」が開かれ、企画展も随時催される。

Q&A

Q東近江市のガリ版伝承館の開館日と入館料を教えてください。
A開館は土曜日と日曜日のみで、午前10時から午後4時30分まで(入館は午後4時まで)です。年末年始は休館します。入館料は無料で、20台分の駐車場があります。
Qガリ版伝承館ではガリ版印刷を体験できますか?
A体験できます。鉄筆で原紙を削り、実際に刷る体験スペースがあり、主に葉書を作ります。要予約で、館に事務局を置く市民団体「新ガリ版ネットワーク」のホームページから申し込みます。
Qガリ版伝承館で文化財に登録されているのはどの部分ですか?
A旧堀井家住宅のうち、明治42年(1909年)建築の洋館1棟です。木造2階建、寄棟の瓦葺、下見板張、建築面積49平方メートル。平成10年12月11日の登録で、登録番号は25-0108、基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」です。明治41年建築の主屋は登録対象に含まれません。
Qガリ版伝承館ゆかりの堀井新治郎とはどのような人物ですか?
A蒲生岡本の商家堀井家の第38代当主(1856〜1932)で、子の耕造とともに明治27年(1894年)に謄写版を発明し、東京神田で謄写堂を創業しました。堀井家は江戸時代後期に関東で酒・醤油の醸造を営んだ近江商人の家です。
Qガリ版伝承館へは公共交通機関でどう行きますか?
AJR琵琶湖線近江八幡駅の南口から近江鉄道バス日八線に乗り、「ガリ版伝承館」バス停で下車、徒歩1分です。自動車の場合は名神竜王インターチェンジから国道477号経由で約20分、国道8号六枚橋交差点からは約20分です。

基本データ

名称ガリ版伝承館(旧堀井家住宅洋館)
所在地滋賀県東近江市蒲生岡本町663
指定区分登録有形文化財(建造物)/登録番号 25-0108、第15回登録
指定年登録年月日 平成10年(1998年)12月11日/登録告示 同年12月25日
員数1棟
寸法木造2階建、瓦葺、建築面積49平方メートル。寄棟造、下見板張、一室構成
所有者国指定文化財等データベースの記載は「蒲生町」。同町は平成18年に東近江市へ編入され、現在の管理者は東近江市
公開状況土曜・日曜の午前10時〜午後4時30分(入館は午後4時まで)、年末年始休館、入館料無料。ガリ版体験は要予約

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁) ガリ版伝承館(旧堀井家住宅洋館)
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00000985
東近江市 ガリ版伝承館
https://www.city.higashiomi.shiga.jp/bunka_sports_shougaigakushu/rekishi_bunka/1003181/1003189.html
新ガリ版ネットワーク ガリ版伝承館
https://gamo-gariban.com/
ウィキペディア ガリ版伝承館
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AC%E3%83%AA%E7%89%88%E4%BC%9D%E6%89%BF%E9%A4%A8

最終更新日: 2026.08.11