志那神社本殿 — 棟木に刻まれた永仁6年と工匠の名

滋賀県草津市の志那神社本殿は、棟木の墨書に建立の年と造った人の名が残る、めずらしい建物である。記されているのは永仁6年(1298年)、そして藤井宗近という工匠の名。鎌倉時代の終わりに建てられた一棟の社殿が、誰の手によるものかまでわかる例は多くない。この一行の墨書が、小さな本殿に国の重要文化財という位置づけを与えている。

本殿が建つのは、草津駅から北西へ5キロほどの志那町。田園と住宅地が交わる静かな一帯で、白壁に囲まれた境内のいちばん奥に三棟の本殿が並ぶ。そのうち中央、一段高い場所に座すのが重文指定の本殿である。正面の柱間はわずか一間、屋根は瓦ではなく檜皮で葺かれている。

琵琶湖のほとり、風の神を祀る

志那神社の祭神は、志那津彦命・志那津姫命という男女一対の風神に、伊吹戸主命を加えた三柱。風神は、創造神イザナギが朝霧を息吹で払ったときに生まれた神と記紀に語られる。社名の「志那」も、風を指す古い言葉に由来する。

なぜこの地に風の神なのかは、湖岸に立てば見当がつく。かつて志那には琵琶湖の要港があり、湖東と湖西を結ぶ船の往来でにぎわった。陸路より水路が頼りだった時代、湖を渡る回数が増えるほど、人々は風の機嫌を気にかけた。志那三郷と呼ばれる志那・吉田・志那中の三村には、それぞれ同じ風神を祀る社が鎮座する。地元では今も、豊作と風害除けを願って参る人が絶えない。

社記はさらに古い由緒を主張する。延喜式に載る式内・意布伎神社がもとの姿で、いつのころか社号が改められたという。清和天皇の貞観9年(867年)に奉納されたと伝わる鏡と鈴が社宝として残り、鏡には近江国伊富伎神への奉納銘がある。ただし現在の本殿がその式内社の跡地に建つという確証はなく、地元の研究者もその点ははっきり留保している。

重要文化財に指定された理由

本殿が重要文化財に指定されたのは昭和24年(1949年)2月18日。価値の中心は規模ではなく、年代と細部にある。形式は一間社流造。流造は屋根が前方へ長く流れ落ちて礼拝の場をおおう形で、その正面一間のものを一間社流造と呼ぶ。鎌倉時代末の建立で、のちの時代に簡略化されたり姿を消したりした手法をそのまま残している。

正面の中備えに置かれた蟇股を見ると、年代の古さが納得できる。後世のものが彫刻的な植物文様で埋めるのに対し、ここの蟇股は抽象的な曲線を組み合わせた輪郭で、鎌倉期に期待される抑えのきいた作風そのものである。向拝柱は角面取りで、面取りの幅がきわめて広い。これも時代の癖だ。柱の上には連三斗の組物が載り、実肘木をはさまずに桁を直接受けている。

ほかの神社を見慣れた人を驚かせる特徴がひとつある。軒裏の板や壁の一部がしっくいで白く塗られ、小さな本殿を軽やかに見せている。しっくいは寺院建築によく使われるもので、神社本殿では少ない。この点は、ほぼ同時代の国宝・御上神社本殿(様式はまったく異なる)と通じるところがある。指定には附として、宮殿一基、年号の墨書が残る旧棟木の部分一個、古材五点が含まれる。

訪ねたときに見たいもの

まず足をとめたいのは参道である。長さ百メートル近い道が黒松の並木のあいだを通り、その両脇には細い水路が走る。黒松は草津市の保護樹木で、これだけの松並木はこのあたりでは数少なく、それ自体が小さな目的地になる。入口には扁額のない石造の明神鳥居が立つ。

鳥居をくぐると拝殿が現れる。梁間三間・桁行三間、妻入りの入母屋造で、屋根は桟瓦葺。その奥に三棟の本殿が見えてくる。重文がどれか、つまり中央の一段高い棟がそれだとわかっていると、古い本殿と両隣の違いが読み取れる。檜皮の屋根、広い面取り、白いしっくいの肌。

檜皮葺の屋根は、およそ三十年ごとに葺き替えが必要になる。直近の前の葺き替えは昭和57年(1982年)で、その後の保存修理は令和6年(2024年)1月3日の祝賀行事に間に合うように完了した。いまは手入れの行き届いた姿で建っている。常駐の神職はおらず、拝観料もない。境内はおおむね開かれていて、この場所が求めるゆったりした歩みによく合う。

志那のまわりを歩く

志那は、三つの風神社をめぐる散歩がふさわしい土地である。すぐ近くの三大神社は、花房が地面に届くほど長く垂れる「砂擦りの藤」で地域に知られ、石燈籠は正応4年(1291年)の作。惣社神社は665年の創建を伝え、樹齢500年といわれる藤と、簡素な鎌倉期の石造宝塔をもつ。三社ともに藤棚があり、見ごろは4月下旬から5月初めにかけて。

同じ季節に、5月3日のサンヤレ踊りがある。踊り手は大きな団扇を手にし、これは風を招き、また鎮める所作で、鉦と太鼓に合わせて豊作と無病息災を祈る。草津のサンヤレ踊りは国選択無形民俗文化財で、2022年にユネスコ無形文化遺産に登録された「風流踊」の一群にも含まれている。

湖の方へ向かうと、最澄ゆかりと伝わる浄土宗の蓮海寺があり、重要文化財の木造地蔵菩薩立像を安置する。公共交通で志那へ向かうなら、草津駅西口から「まめバス」で「志那」停留所が便利で、所要はおよそ15〜25分。神社専用の駐車場はない。

Q&A

Q本殿はいつ建てられたものですか。
A永仁6年(1298年)、鎌倉時代末の建立です。棟木の墨書にその年号と工匠・藤井宗近の名が記されています。年号の入った旧棟木の部分も、本殿とともに国の指定対象になっています。
Qどんな神様を祀っていますか。
A風神の志那津彦命・志那津姫命に、伊吹戸主命を加えた三柱です。志那は琵琶湖の港を控えた土地で、湖を渡る人々にとって順風は切実な願いでした。
Q本殿の中に入れますか。
A入れません。多くの神社本殿と同じく、内部は参拝者が立ち入る場所ではありません。境内から外観を見ることができ、檜皮の屋根や白いしっくいの壁がよくわかります。拝観料はかかりません。
Qいつ訪ねるのがよいですか。
A4月下旬から5月初めは近隣の社の藤が咲き、5月3日にはサンヤレ踊りがあります。松並木の参道と、近年修理を終えた本殿は、季節を問わず見る価値があります。
Q車がなくても行けますか。
A行けます。草津駅西口から「まめバス」に乗り、「志那」停留所で下車します。所要はおよそ15〜25分です。神社に駐車場はないため、公共交通のほうが行きやすいでしょう。

基本情報

名称志那神社本殿(しなじんじゃほんでん)
所在地滋賀県草津市志那町
指定区分重要文化財(建造物) 昭和24年(1949年)2月18日指定
年代永仁6年(1298年) 鎌倉時代後期
構造形式一間社流造、檜皮葺
員数1棟 附:宮殿1基、旧棟木の部分1個、古材5点
祭神志那津彦命、志那津姫命、伊吹戸主命
所有者志那神社
アクセス草津駅西口から「まめバス」で「志那」停留所まで約15〜25分。専用駐車場なし
拝観無料、境内はおおむね開放。本殿内部は非公開

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/102/1423
滋賀県神社庁 志那神社
https://www.shiga-jinjacho.jp/
甲信寺社宝鑑 【草津市】志那神社(建築解説)
https://www.hineriman.work/entry/2021/05/28/063000
草津市コミュニティ事業団 志那街道と志那三郷
https://www.kusatsu-spp.net/cont5/syosai.php?id=6

最終更新日: 2026.06.03