一度の休息のために建てられた座敷
竹平楼御在所(たけへいろうございしょ)は、滋賀県愛知郡愛荘町愛知川にある明治11年(1878年)建築の木造平屋建の座敷で、平成12年(2000年)12月に国の登録有形文化財となった。中山道の旅籠を前身とする料亭・竹平楼の敷地内に建つ。
この建物には、たった一度の来訪という成り立ちがある。明治11年、地方の民情を視察する巡幸の途上で明治天皇が愛知川に立ち寄ることになり、当時「竹の子屋」を名乗っていた旅籠が休息の場に選ばれた。その受け入れのために新しく座敷が普請され、天皇はそこで休み、そして次の宿へ向かった。
竹の子屋の創業は宝暦8年(1758年)。初代・平八が中山道六十九次の65番目の宿場、愛知川宿で旅籠を開いたのが始まりとされる。屋号を竹平楼に改めたのは大正のはじめで、旅人を泊める商いから、料理を出す商いへと軸足を移していく。その転換をくぐり抜けてなお明治11年の座敷が残り、いま料亭の庭先に、国家元首を迎えるために建てられた部屋が置かれている。
表記についてひとこと。文化庁の国指定文化財等データベースは「御在所」の字を用いる。一方、店側や観光案内の多くは「御座所」と書く。読みはいずれも「ございしょ」で、指しているのは同じ建築面積64平方メートルの一棟である。
「造形の規範」として登録された理由
登録有形文化財という枠組みは、平成8年(1996年)に始まった比較的新しい制度である。国宝や重要文化財の指定が現状変更に強い制限をかけるのに対し、登録はおおむね建築後50年を経た建物を対象に、届出制という緩やかな網をかける。所有者は使い続けられるし、手も入れられる。生きた建物のための制度と言ってよい。
御在所が満たしたのは登録基準の第一、「造形の規範となっているもの」である。文化庁の解説は要点を短くまとめている。材料・意匠とも質の高い数寄屋風書院。登録番号は25-0139、登録年月日は平成12年12月4日、官報告示は同月20日。
「数寄屋風書院」という言い方には、二つの流儀が同居している。書院造は床の間と付書院を軸に組み立てられた武家住宅の接客形式で、格式を目に見える形にする。数寄屋は茶室から育った作法で、部材を細く、木肌を塗り隠さず、左右対称を意図的に外す。その両方を一つの座敷でやってのけようとすれば、天皇を迎えるに足る正しさと、私室のような軽やかさを同時に求めることになる。明治期の職人はこの手の座敷を数多く手がけたが、規模の小さいものほど後世に残りにくい。
もう一点、この建物は動いている。明治44年(1911年)に広間が新築された際、御在所は曳家によって現在の位置へ移された。愛荘町の文化財解説はこの移動を明記する。曳家は建物を解体せず、そのまま持ち上げてころの上を滑らせる工法で、したがっていま目にする座敷は、明治11年の材そのものが場所を変えて立っている。
座敷を見るときの手がかり
間取りは短く、読み取りやすい。入口側から6畳の部屋が二つ続き、その奥に主室の8畳がある。主室に設えられた三つの要素は、いずれも1間幅、およそ1.8メートルで揃えられている。掛軸を掛ける床、その脇の床脇、そして低い敷居と障子をもつ付書院。三つを同じ幅で並べるという判断は、装飾の量を増やすのとは逆の方向を向いている。誇示ではなく、寸法の統制で品位を出す構えである。
縁は半間幅で、南面と西面をL字に回る。畳に腰を下ろすと、庭は上を軒、下を縁板に切り取られた横長の帯として入ってくる。
外に出て見上げれば、屋根は入母屋造の桟瓦葺で、棟は南北に走る。出入口を妻側に開く妻入という構えである。外壁は柱を塗り込める大壁で、白漆喰仕上げ。瓦の黒と縁側の木の色に挟まれた白は、明治10年代の在郷町の建物としては、ずいぶん切れ味のある表情に見える。
旧中山道に面した通り沿いには、天皇の休息を記す石碑が立つ。門前で足を止める人の多くは、まずこの碑に気づく。
訪ねるには段取りがいる。竹平楼は完全予約制の料理店で、御在所は資料館のように常時公開されているわけではない。食事を予約した客が希望を伝えれば座敷を案内してもらえる例が多く、店もそれを接遇の一部として扱ってきたが、当日その部屋が使われていないことが前提になる。営業は昼が11時30分から、夜が17時からで、いずれも最終入店時刻が定められている。休みは不定期。撮影の可否は個人の営業する店の内部の話なので、カメラを構える前に必ず尋ねたい。予約は電話が確実である。かつて店が使っていたドメインは現在まったく別の事業者のサイトに転じているため、そちらを窓口と考えないほうがよい。
交通は分かりやすい。近江鉄道の愛知川駅から徒歩約15分。JR琵琶湖線の能登川駅からは路線バスで「不飲橋」下車、徒歩3分ほど。旧街道沿いには格子を構えた家並みがまだ残っているので、道中はゆっくり歩く価値がある。
Q&A
- 竹平楼御在所は見学できますか。予約は必要ですか。
- 御在所は営業中の料亭の敷地内にあり、店自体が完全予約制のため、見学だけの立ち寄りはできません。食事を予約したうえで希望を伝えると、部屋が空いていれば案内してもらえることが多いです。当日ではなく予約時に申し出るのが確実です。
- 竹平楼御在所は何のために建てられ、明治天皇は本当に使ったのですか。
- 明治11年の巡幸に際して、当時旅籠だった竹の子屋が休息所に選ばれ、そのために新築された座敷です。文化庁のデータベースがこの経緯を明記しています。随行した人物の名を挙げる話も地元に伝わりますが、これは家に伝えられてきた口伝であり、記録で裏づけられたものとは区別して受け取るのが妥当です。
- 竹平楼御在所は国宝や重要文化財ですか。
- いずれでもなく、登録有形文化財(建造物)です。登録番号は25-0139。平成8年に始まった、使い続けられている建物を対象とする制度で、登録は平成12年12月4日、告示は同月20日でした。
- 竹平楼御在所は建てられた当初から今の場所にあるのですか。
- いいえ。明治44年に広間が新築された際、曳家によって現在地へ移されています。曳家は建物を解体せずに軸組ごと移動させる工法なので、明治11年の部材はそのまま残っています。
- 竹平楼御在所へは公共交通機関でどう行けますか。
- 近江鉄道の愛知川駅から徒歩約15分です。JR琵琶湖線の能登川駅からは路線バスで「不飲橋」バス停まで行き、そこから徒歩3分ほど。旧中山道に面しており、通りには天皇の休息を記す石碑が立っています。
基本情報
| 名称 | 竹平楼御在所(たけへいろうございしょ) |
|---|---|
| 所在地 | 滋賀県愛知郡愛荘町愛知川1608 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物)/登録番号 25-0139/登録基準「造形の規範となっているもの」 |
| 指定年 | 平成12年(2000年)12月4日登録、同年12月20日告示 |
| 員数 | 1棟 |
| 寸法 | 木造平屋建、瓦葺、建築面積64平方メートル |
| 所有者 | 個人(文化庁データベースに所有者名の記載なし) |
| 公開状況 | 料亭竹平楼の敷地内。完全予約制で、食事利用時に希望すれば見学できる場合がある |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁)竹平楼御在所
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00002047
- 文化遺産オンライン 竹平楼御在所
- https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/115127
- 愛荘町 国登録文化財
- https://www.town.aisho.shiga.jp/soshiki/hakubutsukan/1/1/1035.html
- 滋賀県観光情報 日本料理 聖蹟 竹平楼
- https://www.biwako-visitors.jp/spot/detail/8395/
- 全国観るなび 中山道(滋賀県愛荘町)
- https://www.nihon-kankou.or.jp/shiga/254258/detail/25424af2160151658
最終更新日: 2026.08.11