黒塀の奥に建つ近江商人の住まい

旧中山道・愛知川宿の街道筋から一段引いた敷地の中央に、旧田中家住宅の主屋は西面して建つ。切妻造の妻壁と長い桟瓦葺の屋根が、宿場を行く人の目に、財を成した家の構えとして映る。

田中家は「田源」の屋号で麻織物と蚊帳を扱った。文政元年(1818年)に初代田中源治広次が愛知川を拠点に行商を始め、やがて京都と東京に店を構える。近代に入ると当主は郡内一の高額納税者となり、その別邸としてこの屋敷が営まれた。琵琶湖東岸の平野に立つ一軒の規模には、麻と織物が地方の町へ運んだ富がそのまま表れている。

主屋の建築は大正8年(1919年)。木造2階建の一部平屋建で、切妻造に桟瓦を葺き、南面には下屋庇をまわす。建築面積は約181平方メートルと、登録された5棟のうちで最も大きい。棟梁は満島政吉が務め、屋敷全体の普請を統括した。

田の字に組まれた座敷

登録の理由は間取りの質にある。上下階ともに田の字型に四室を配し、下階では南側を玄関、北側を座敷とする。北側の座敷部は差物で柱を固め、装飾に走らず接合部の仕事で建物を締める。柱と梁の関係が素直に読み取れる構えである。

東・西面には縁を付け、座敷を庭側へ開く。この開放性は意図されたものだ。商家の当主は自邸で客を迎え、商いを談じ、家の格を示した。北側の座敷に落ち着きと眺めを同時に与える構成は、その用に応えている。

文化庁は主屋を「造形の規範となっているもの」として登録した。近世末から近代にかけて湖東の地に建てられた上質な商家住宅の、代表的な作例と評価されたのである。

訪ねて見るべきところ

屋敷はもはや個人の住居ではない。平成6年(1994年)以来、湖魚と季節の料理を出す料亭「近江商人亭」として営まれ、主屋には食事の客として上がることになる。完全予約制のため、室内は観光地の雑踏ではなく、住まいの静けさを保っている。

北側の座敷に座り、頭上の差物と、床と庭の境をほどく縁側の納まりに目を向けたい。主屋から見る庭は縦長に構成される。昭和8年(1933年)に花文三代目・山村文七郎が鈍穴流で作庭し、名石工・西村嘉兵衛の作と伝わる石灯籠など銘石を据えた。建物と庭は一体として読まれるよう設計されており、その起点が主屋にあたる。

Q&A

Q主屋の中には入れますか。
A食事の客として入れます。屋敷は料亭「近江商人亭」として営業しており、完全予約制です。見学のみの入館制度はありません。
Q主屋はいつ建てられましたか。
A大正8年(1919年)です。屋敷内でこの規模の新築としては最初にあたり、敷地には明治25年建立の南土蔵が先行して残っていました。
Q田中家とはどのような一族ですか。
A屋号を「田源」とする近江商人で、麻織物や蚊帳を扱いました。愛知川から京都・東京へ商いを広げ、この屋敷は分家の邸宅として建てられました。
Qアクセスは。
A近江鉄道の愛知川駅から旧中山道沿いに徒歩約5分です。所在地は滋賀県愛荘町中宿になります。
Q文化財に指定されていますか。
A登録有形文化財(建造物)です。平成20年(2008年)10月に、敷地内の他4棟とともに国の登録を受けました。

基本情報

名称旧田中家住宅(近江商人亭)主屋
所在地滋賀県愛知郡愛荘町中宿字通町46-1他
指定区分登録有形文化財(建造物)
登録年月日平成20年(2008年)10月23日(告示11月10日)/第61回登録
登録番号25-0262
建築年大正8年(1919年)
構造及び形式木造2階一部平屋建、瓦葺、建築面積約181平方メートル
員数1棟
登録基準造形の規範となっているもの
現在の用途料亭「近江商人亭」(完全予約制)

References

国指定文化財等データベース(文化庁) — 旧田中家住宅(近江商人亭)主屋
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00007363
文化遺産オンライン — 旧田中家住宅(近江商人亭)主屋
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/153965
近江商人亭 — 公式サイト・沿革
https://www.ohmishonintei.com/about/history.html
愛荘町 — 国登録有形文化財
https://www.town.aisho.shiga.jp/soshiki/hakubutsukan/1/1/1035.html

最終更新日: 2026.07.05