経巻を積み重ねたような小島

島根半島の西端、日御碕の沖合およそ100メートルに、海面から20メートルほど突き出した無人島がある。面積は約3000平方メートル、柱状節理を成す石英角斑岩が経本を重ねたように層を見せることから、古くから「経島」と書いて「ふみしま」と呼ばれてきた。古文書には「文島」「日置島」と記された例もある。1922年(大正11年)3月8日、ウミネコの代表的な繁殖地として国の天然記念物に指定された。指定範囲は島全域に及ぶ。

天然記念物に指定された理由

ウミネコは東洋に分布が偏ったカモメ科の海鳥で、サハリンから本州、九州、朝鮮半島、黄海沿岸までを行動圏とする。日本国内では数か所の島嶼が繁殖地として知られているが、経島はその南限に近い位置にあり、日本海西部側としては代表的な繁殖地と評価されてきた。1922年の指定は青森県の蕪島ウミネコ繁殖地と同日に告示されており、ともに最初期に保護対象となった海鳥繁殖地である。

島の生態学的な意義は、その規模だけにとどまらない。経島の周辺海域では古くからブリの一本釣りやアワビ、サザエの採介漁業が行われており、餌を求めて海面を舞うウミネコの群れ(地元で「トリヤマ」と呼ばれる)は、ブリに追われて表層へ上がったイワシの位置を示す目印となってきた。漁師にとってこの島は、神聖な存在であると同時に、豊漁を導く実用的な指標でもあった。

ウミネコの一年

11月下旬、北方の越夏地から最初の群れが戻ってくる。真冬には島全体で約5000羽に達するといわれる。3月になると岩の窪みに簡素な巣をつくって産卵が始まり、4月から5月にかけて雛が次々と孵る。7月ごろに巣立ちが完了すると、群れは再び北へ飛び立っていく。8月から10月のあいだは島が静まり返り、また11月の渡来とともに一年の周期が再開する。出雲市は1971年(昭和46年)以降、毎年継続して生態調査を行っており、単一の海鳥繁殖地としては国内でも長期にわたる観察記録が蓄積されている。

なお、大正11年の指定当時の解説には「春彼岸の候渡来し」と記されている。近年は11月下旬には渡来が確認されており、観察期間の前倒しが進んでいる。気候変動や餌生物の分布変化との関連も指摘されるが、観察体制の変化による影響もあり、確定的な評価は今後の課題とされる。

立入禁止が育てた繁殖地

経島は古くから日御碕神社の神域とされてきた。天暦2年(948年)に対岸へ遷座するまで、島には日沈宮(ひしずみのみや)と呼ばれる社が鎮座し、天照大神を祀っていたとされる。現在も島は日御碕神社の所有地で、頂部には経島神社が残る。年に一度、神事に従事する神職が小舟で渡る以外、一般の上陸は固く禁じられている。この長年の立入禁止が、結果としてウミネコにとって望ましい繁殖環境を維持してきたといえる。

観察の手引き

経島を間近に望める公式の観察地点は、日御碕の海岸遊歩道沿いに設けられた展望所「鳥見台(とりみだい)」である。柵で囲まれた小さなテラスからは、島の岩肌とそこに集うウミネコの群れがほぼ目線の高さで広がり、双眼鏡がなくとも個々の動きを追える距離感がある。遊歩道を西へ進めば、1903年(明治36年)竣工の出雲日御碕灯台に至る。石造灯台としては日本最大の高さを誇り、国の重要文化財に指定された数少ない登れる灯台のひとつである。

鳥見台から日御碕神社までは徒歩でおよそ20分。江戸時代初期に幕府の援助で再建された朱塗りの社殿群は、ウミネコ観察と組み合わせて訪ねるのに適している。日御碕一帯は山陰でも有数の夕日の観察地として知られ、晴れた夕刻には島影と西日に照らされた海面とが重なる時間帯を狙う人も多い。

Q&A

Qウミネコが見られる時期はいつですか?
A11月下旬から7月上旬までが観察適期です。最も活発な時期は産卵・子育てに入る3月から6月にかけて。7月の巣立ちで数が減り、8月から10月のあいだは島に鳥がほとんどいない静かな時期となります。
Q経島本体への上陸はできますか?
Aできません。経島は日御碕神社の神域として通年立入禁止で、年に一度の神事の際に神職が渡るのみです。繁殖鳥への影響を避けるため、島の至近を周回する遊覧船の運航も制限されています。
Q出雲大社からの行き方は?
A出雲大社前バス停から一畑バスの日御碕線に乗り、約20〜25分で終点「日御碕」に到着します。下車後、海岸沿いの遊歩道を経島の方向へ約10分歩くと、展望所「鳥見台」に至ります。
Qウミネコと日御碕神社の関係は?
A経島は天暦2年(948年)以前、日御碕神社の主社のひとつである日沈宮の鎮座地でした。地元では繁殖期に集うウミネコを神社に縁ある鳥とみなす考え方があり、年に一度の神事は静かな祭祀として続けられています。
Q周辺で立ち寄れる場所は?
A日御碕神社、重要文化財に指定された出雲日御碕灯台、漁港周辺の海鮮食堂などが徒歩圏にあります。海岸遊歩道は「出雲松島」と呼ばれる小島群を望める北側区間にも続いており、半日かけて回るコースとして人気です。

基本情報

名称経島ウミネコ繁殖地
読みふみしまうみねこはんしょくち
所在地島根県出雲市大社町
指定区分天然記念物(1922年〈大正11年〉3月8日指定)
管理団体出雲市(1936年〈昭和11年〉11月7日指定)
対象生物ウミネコ(Larus crassirostris)
島の規模面積約3000平方メートル、海抜約20メートル
地質柱状節理を成す石英角斑岩
島への立入日御碕神社の神域として立入禁止(神職を除く)
観察地点日御碕海岸遊歩道上の展望所「鳥見台」
観察適期11月下旬〜7月上旬
アクセス一畑バス出雲大社前から日御碕行で約20分、終点下車後、徒歩約10分

参考文献

文化遺産オンライン - 経島ウミネコ繁殖地
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/139307
国指定文化財等データベース(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/401/2151
日本遺産「日が沈む聖地出雲」- 経島のウミネコ繁殖地
https://izumo-japan-heritage.jp/heritage/17/
日本野鳥の会 重要野鳥生息地 - 経島
https://www.wbsj.org/activity/conservation/habitat-conservation/miba/miba-16_fumishima/
環境省 大山隠岐国立公園 - 日御碕
https://chushikoku.env.go.jp/park/daisen/viewpoint/hinomisaki/index.html
島根県 - 日御碕園地・遊歩道
https://www.pref.shimane.lg.jp/infra/nature/shizen/shimane/shimane_kouen/kokuritu_kokutei/daisen-oki/shimane-hantou-seibu/hinomisaki.html

最終更新日: 2026.05.27