日本海を背にした漁村の家

新比惠家住宅主屋(いまひえけじゅうたくおもや)は、島根県益田市小浜町にある大正9年(1920年)頃建築の木造2階建住宅で、令和4年(2022年)10月31日に国の登録有形文化財(建造物)に登録された。「新比惠」は「いまひえ」と読む。文字だけを追うと「しんひえ」と読みたくなるが、文化庁の登録名称にはふりがなとして「いまひえけじゅうたくおもや」が記載されている。

建物は日本海に背を向けて南を向き、建築面積は253平方メートル。北東方向へもう一棟分の棟が延びるため、平面全体はL字を描く。屋根は入母屋造で、妻側からではなく長い軒側から入る平入。桟瓦葺である。上階はつし二階、つまり屋根裏を利用した背の低い階で、立って歩ける高さはなく、収納に使われてきた形式だ。

この家に重さを与えているのは左官仕事である。外壁は二階から軒裏に至るまで木部を塗り込め、漆喰で仕上げる。柱も梁の木口も外に出ていない。風の入る隙間がない。冬の石見の海沿いに立ったことがあれば、その理由は説明されなくても分かる。

ふつうの民家が登録された理由

適用された登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」。文化庁の解説文も「浜沿いの集落景観をつくる重厚な主屋」という一文で結ばれている。技法の希少性でも、著名な人物との関わりでもない。この海沿いの家並みがいまの見え方をしているのは、この一棟がそこにあるからだ、という評価である。

この論理は登録制度の性格そのものでもある。平成8年(1996年)に創設された登録有形文化財の制度は、重要文化財の指定制度に比べて義務が軽く、現状変更は許可ではなく届出で足りる。評価される前に失われつつあった大量の近代建造物を受け止めるための枠組みとして設けられた。民家も商家も土蔵も橋も浄水場も、同じ一覧に並ぶ。島根県の登録有形文化財(建造物)は新比惠家住宅主屋が加わった時点で200件を超えており、益田市所在の建物としては最も新しい登録にあたる。

赤い屋根と潮風

石見の海沿いには、初めて訪れる人が必ず驚く視覚的な特徴がある。屋根が赤い。島根県西部で生産される石州瓦は、来待石を原料とする釉薬に由来する赤褐色を持ち、1200度を超える高温で焼かれるため凍害に強い。その耐久性ゆえに雪の多い日本海側に広がり、三州瓦・淡路瓦と並ぶ日本三大瓦のひとつに数えられるようになった。小浜のような集落では、その赤が途切れずに連なる。

小浜は益田市の西部、国道191号が海沿いを走る一帯にある現役の漁村集落だ。小浜漁港があり、漁協の連絡所の前には恵美須神社が建つ。恵比須は漁と大漁の神で、この海岸線には同じ神を祀る社が点在する。益田市の漁港では、地元でツガニと呼ばれるモクズガニなどが水揚げされる。新比惠家住宅主屋は、保存された歴史地区の中にあるのではなく、そうした生活の中に建っている。

見学のしかたと、その作法

ここは個人の住宅である。内部は公開されていない。登録記録から分かる内部の情報は、6室が配され、南東隅が玄関、西列が座敷にあてられている、というところまで。訪問者が知りうるのはそこまでであり、それ以上を詮索すべきでもない。

外観を公道から眺めることは差し支えない。登録有形文化財となった個人住宅は、全国どこでも基本的にそのように鑑賞される。守りたい作法は単純だ。敷地に立ち入らない。住人や窓の内側にカメラを向けない。声を落とす。道が狭いので通行を妨げない。もし住人の方が出てこられたら、挨拶をして関心のありかを短く伝えれば、たいてい話は済む。登録物件には文化庁が交付する小判形のプレートが掲げられており、壁面にそれを見つけたときが、目当ての家に着いたという確認になる。

近づくなら漁港から歩くのがいい。海の側から上がっていくと、L字の平面が少しずつ姿を現し、塗り込められた二階の壁面が瓦の赤に対して一続きの白い塊として見えてくる。正面に光が入るのは南東からの朝の時間帯だ。昭和52年(1977年)に改修を受けており、凍結保存された建物ではなく、手を入れながら住み継がれてきた家である。

益田市街からは東へ約12キロ、萩・石見空港も近い。遠征というより寄り道の距離感になる。海沿いの道と組み合わせて走れば、登録には至っていない同種の民家を何軒も通り過ぎることになる。この制度が何を残そうとしたのかを理解するには、それがいちばん早い。

Q&A

Q新比惠家住宅主屋の内部は見学できますか。
Aできません。個人の住宅であり、内部は非公開です。外観は公道から見ることができます。敷地に立ち入る、住人や窓の内側を撮影する、狭い道の通行を妨げるといった行為は避けてください。
Q新比惠家住宅主屋の「新比惠」はどう読むのですか。
A「いまひえ」と読みます。文化庁の国指定文化財等データベースには、ふりがなとして「いまひえけじゅうたくおもや」が記載されています。英語表記で Shinhie とされている例がありますが、これは公式の読みと一致しません。
Q新比惠家住宅主屋はいつ建てられ、いつ登録されたのですか。
A大正9年(1920年)頃の建築で、昭和52年(1977年)に改修を受けています。国の登録有形文化財としての登録は令和4年(2022年)10月31日、登録番号は32-0217です。島根県の一覧のなかでも新しい部類の登録にあたります。
Q新比惠家住宅主屋にはどのような建築的特徴がありますか。
A木造2階建、建築面積253平方メートル。上階はつし二階で、屋根は入母屋造平入の桟瓦葺です。北東へ棟を延ばして全体でL字の平面を成します。外壁は二階から軒裏まで塗り込めて漆喰仕上げ。内部は6室からなり、南東隅を玄関、西列を座敷としています。
Q新比惠家住宅主屋はどこにあり、どう行けばよいですか。
A益田市西部の小浜町、国道191号が走る日本海沿いにあります。小浜漁港の近くで、益田市街からは約12キロ。萩・石見空港も近い位置です。公共交通の便は限られるため、自動車での訪問が現実的です。

基本情報

名称新比惠家住宅主屋(いまひえけじゅうたくおもや)
所在地島根県益田市小浜町429他
指定区分登録有形文化財(建造物)/登録基準:国土の歴史的景観に寄与しているもの/登録番号 32-0217
指定年令和4年(2022年)10月31日
員数1棟
寸法木造2階建、瓦葺、建築面積253平方メートル/大正9年頃建築、昭和52年改修
所有者文化庁データベースに所有者名の記載なし
公開状況個人住宅のため内部非公開。外観のみ公道から見学可能

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)新比惠家住宅主屋
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00014410
文化遺産オンライン 新比惠家住宅主屋
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/601409
島根県 登録文化財一覧
https://www.pref.shimane.lg.jp/life/bunka/bunkazai/shimane/tourokubunkazai2.html
文化庁 登録有形文化財(建造物)
https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkazai/shokai/yukei_kenzobutsu/toroku_yukei.html
益田市 益田市の文化財
https://www.city.masuda.lg.jp/kanko_bunka_sports/rekishi_bunkazai/bunkazai/2/index.html
しまね観光ナビ 石州瓦
https://www.kankou-shimane.com/destination/20741

最終更新日: 2026.08.22