島田家住宅主屋――石州赤瓦が彩る益田・乙吉の明治の名建築

島根県益田市の中心部、緑豊かな小さな丘の南麓に、ひときわ目を引く赤い大屋根の建物が静かに佇んでいます。明治21年(1888年)に建てられた島田家住宅主屋は、深い赤褐色の石州瓦をいただいた木造家屋で、明治の初期からこの地に暮らしと商いの記憶を伝えてきました。隣接する江戸期の酒蔵とともに、地方の有力な醸造家の屋敷構えを今に残す、たいへん貴重な建築群です。

益田氏ゆかりの中世文化、画聖雪舟の終焉の地、そして勇壮な石見神楽――豊かな歴史と文化を抱えるこの益田の地において、島田家住宅主屋は、いわゆる「観光名所」とは少し違う、地に根ざした暮らしの建築美に出会わせてくれる存在です。

歴史的背景

島田家住宅主屋が建つ乙吉町は、益田市中心部のすぐ東に位置する閑静な地区です。この一帯は、室町から戦国にかけて中国地方で活躍した中世水墨画の巨匠・雪舟が晩年を過ごし、永正3年(1506年)にその生涯を閉じたと伝えられる土地として知られます。雪舟が終焉を迎えたとされる大喜庵もすぐ近くにあり、乙吉は古くから益田の文化圏のなかで重要な意味をもってきた場所です。

島田家はこの地で代々酒造を営んでいた家とされ、屋敷内には主屋に隣接して大きな土蔵造の酒蔵が現存しています。酒蔵のほうは主屋よりも古く、最も古い東半部は江戸期(1751年から1830年頃)にさかのぼるとされ、明治期に西側へ増築されました。一方の主屋は、家業の隆盛を背景に、明治21年に堂々たる規模で新たに建て替えられました。その後、昭和41年(1966年)と昭和50年(1975年)頃に改修の手が加えられたものの、明治期の意匠と空間構成はよく保たれています。

文化財に登録された理由

島田家住宅主屋は、平成29年(2017年)6月28日に国の登録有形文化財(建造物)に登録されました。登録番号は32-0187で、登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」です。

この登録の背景には、いくつもの価値が重なっています。第一に、明治中期に建てられた山陰地方の大規模な木造商家住宅として、規模・構造ともによく残された希少な遺構である点です。第二に、屋根を葺く深い赤色の石州瓦は、島根県西部・石見地方を象徴する伝統的な建築素材であり、地域景観の核となる要素として位置づけられます。第三に、同日に登録された島田家住宅酒蔵と一体となって、地方の有力な酒造家の屋敷の空間構成を今に伝えている点も重要です。さらに、街路に面した白漆喰の酒蔵の壁面と、主屋の悠然とした赤瓦の大屋根とが組み合わさって、乙吉の街並みに独特の風情ある景観を生み出している点も高く評価されました。

建築の見どころ

主屋は桁行九間半、梁間六間(およそ間口17.3メートル、奥行10.9メートル)の規模をもち、建築面積は約265平方メートルにおよびます。屋根は切妻造で、丸みのある桟瓦をきれいに重ね合わせた桟瓦葺。建物全体は木造平屋ですが、西半のみ二階を設けるという、明治期の地方民家にしばしば見られる非対称の構成が大きな特徴となっています。

建物に向かって左手側には、伝統的な土間が広がります。土間は出入りや調理、家業の作業場として用いられた多目的な空間で、酒造業を営む家ならではの動線が想像されます。床上部は三列八間取と呼ばれる平面で、座敷・居間・接客の場を機能ごとに使い分けることのできる、ゆとりのある間取りです。背面の東寄りには便所などのための小規模な突出部が設けられています。

そして何よりも目を引くのが、堂々と空に広がる赤瓦の大屋根です。これは島根県石見地方を代表する伝統的な屋根材「石州瓦」で、出雲地方産の来待石を釉薬に用い、1200度を超える高温で焼成されることで、独特の深い赤褐色と、寒さ・凍害・塩害に対する高い耐久性を獲得します。三州瓦・淡路瓦と並ぶ日本三大瓦のひとつとして約400年の歴史をもち、日本海沿岸の風土に育まれた山陰地方の景観の核となってきました。島田家主屋の赤い大屋根は、背後の緑の丘陵と空の青に映え、強く印象に残ります。

主屋のすぐ隣に建つ島田家住宅酒蔵もぜひ合わせてご覧ください。土蔵造二階建、白漆喰塗で軒まで塗り込められた壁面は、街路側では石垣の上に立ち上がり、屋根は同じく石州瓦の桟瓦葺で仕上げられています。江戸期の東半部に明治期の西半部が増築され、さらに短い平屋部分が西へ続くという構成が、長い醸造業の歴史を物語っています。

参観について

島田家住宅は個人が所有・維持される建造物であり、内部は原則として一般には公開されていません。外観は公道から自由に眺めて写真に収めることができますが、所有者やご家族の生活への配慮から、敷地内には無断で立ち入らないようお願いいたします。それでも、主屋の長く伸びる赤瓦の大屋根と、隣に立つ白漆喰の酒蔵が織り成す街路景観は、ゆっくり歩くだけでも十分に味わいがあります。

アクセスは、JR山陰本線・山口線の益田駅から車またはタクシーで東へ約10分が便利です。鉄道のみでお越しの場合は、益田駅前から石見交通の久城方面行きバスに乗り、乙吉町方面で下車する方法もあります。益田駅構内ではレンタサイクルの貸し出しも行われており、起伏の少ないこの地域では自転車での散策もおすすめです。

赤瓦が一番美しく見えるのは、晴天の春や秋。やわらかな日差しのもとで、屋根の色合いがいっそう深く輝きます。

周辺の見どころ

島田家住宅周辺の乙吉町には、文化的価値の高いスポットが数多く点在しています。徒歩圏には、画聖・雪舟が晩年を過ごし入寂したと伝えられる曹洞宗の古刹・大喜庵があり、境内には市指定文化財の雪舟墓や雪舟が使用したと伝わる「雪舟硯水霊巌泉」が残されています。すぐ隣には益田市立雪舟の郷記念館があり、雪舟と中世益田氏に関する貴重な資料が公開されています(同館は施設の老朽化による改修工事のため令和6年4月から休館しており、再開館は令和8年4月の予定です。最新の情報を事前にご確認ください)。

少し車で足を延ばせば、雪舟自身が作庭したと伝わる二つの名園に出会うことができます。萬福寺と医光寺は、ともに中世益田氏の保護のもと栄えた寺院で、文明年間に雪舟が作庭した池泉式庭園が今も残ります。萬福寺本堂は国の重要文化財、医光寺の雪舟庭園は国指定史跡及び名勝に指定されており、雪舟四大庭園のうち二つが益田にあるのです。島田家住宅と合わせて訪ねれば、中世の貴族文化と近代の商家の暮らしが響き合う、奥行きある一日になります。

このほか、大正10年(1921年)築の旧美濃郡役所をリノベーションした益田市立歴史文化交流館「れきしーな」(こちらも国登録有形文化財)や、約28万枚の石州瓦で葺かれた世界最大の石州瓦建築・島根県芸術文化センター「グラントワ」内の島根県立石見美術館も、益田の建築文化を体感できるスポットとしておすすめです。これら一帯は日本遺産「中世日本の傑作 益田を味わう」のストーリーを構成しています。

Q&A

Q島田家住宅の内部を見学することはできますか。
Aいいえ。島田家住宅は個人所有の建造物であり、内部は一般には公開されていません。外観は公道からご自由にご覧いただけますが、所有者の生活へのご配慮をお願いいたします。
Q屋根が赤いのはなぜですか。
A屋根材として島根県西部の石見地方で生産される「石州瓦」が使われているためです。出雲地方産の来待石を原料とする釉薬を用い、1200度を超える高温で焼成することで、深い赤褐色と、凍害・塩害・積雪への高い耐久性を併せもつ瓦が生まれます。山陰地方の街並みを象徴する伝統的な屋根材です。
Qいつ訪れるのがおすすめですか。
A気候のよい春や秋がおすすめです。萬福寺・医光寺の雪舟庭園と組み合わせて巡ると、より益田の歴史文化を堪能できます。晴天の日には、赤い屋根が空の青と背景の緑に美しく映えます。
Q益田市内へはどのようにアクセスしますか。
A最も便利なのは、東京・羽田空港から萩・石見空港への空路で、空港からはバスやタクシーで益田駅まで約15分です。鉄道では、JR山陰本線(広島・浜田方面)またはJR山口線(山口・新山口方面)が益田駅に通じています。
Q入場料は必要ですか。
A島田家住宅は外観の見学のみとなりますので、料金は発生しません。周辺の萬福寺や医光寺などでは、それぞれ拝観料が必要となります。

基本情報

名称 島田家住宅主屋(しまだけじゅうたくしゅおく)
指定区分 国登録有形文化財(建造物)
登録年月日 平成29年(2017年)6月28日
登録番号 32-0187
登録基準 国土の歴史的景観に寄与しているもの
建築年代 明治21年(1888年)/昭和41年・同50年頃改修
構造・規模 木造平屋一部2階建、瓦葺、265平方メートル、1棟
屋根形式 切妻造桟瓦葺(石州瓦)
所在地 島根県益田市乙吉町イ454
アクセス JR益田駅から車・タクシーで東へ約10分/石見交通バス(久城方面行)利用
見学について 個人所有のため内部非公開。公道からの外観見学のみ可。

参考文献

島田家住宅主屋 - 文化遺産オンライン(文化庁)
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/286046
島田家住宅酒蔵 - 文化遺産オンライン(文化庁)
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/222907
国指定文化財等データベース - 島田家住宅主屋
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00011800
益田市所在の国指定・登録文化財一覧 - 益田市公式ホームページ
https://www.city.masuda.lg.jp/soshikikarasagasu/kyoikuiinkai/bunkazaika/4/3146.html
石州瓦 - しまね観光ナビ(島根県公式観光情報サイト)
https://www.kankou-shimane.com/destination/20741
雪舟の郷記念館 - 島根県益田市観光公式サイト
https://masudashi.com/kankouspot/kankouspot-1016/
日本遺産「中世日本の傑作 益田を味わう」 - 日本遺産ポータルサイト
https://japan-heritage.bunka.go.jp/ja/stories/story100/

最終更新日: 2026.04.21