ひとつ屋根の下に二つの社
神魂神社末社貴布祢稲荷両神社本殿は、島根県松江市大庭町の神魂神社(かもすじんじゃ、通称「大庭の大宮さん」)境内に建つ天正11年(1583年)の小社殿で、昭和27年(1952年)3月29日に重要文化財に指定された。国宝である神魂神社本殿に向かってすぐ左に位置する。
文化庁の記録は構造を「二間社流造、こけら葺」とする。流造は日本でもっとも広く用いられる神社形式で、切妻屋根の前面側を長く延ばして向拝を覆う。その名のとおり、屋根が前方へ流れ落ちる姿になる。こけら葺は薄く割った木の板を何層にも重ねて葺く技法で、軒先が瓦のような段を作らず、一本の柔らかな線として見える。
建築史の側から見て目を引くのは「二間社」の部分だろう。二間社とは正面の柱間が二つ、つまり間口二間の社殿を指す。神社建築は通常、一間社・三間社・五間社と奇数で造られる。奇数であれば参拝者の正面に中心軸が一本通り、奇数を吉とする観念にも沿う。二間では中央にちょうど柱が立ってしまう。それでもこの形が選ばれたのは、一棟に二社を収めたためである。向かって一方が貴布祢社、もう一方が稲荷社で、それぞれに柱間と参拝の正面を持つ。二間社流造は他に例を見ない珍しい形式とされる。
祀られる神の取り合わせにも注目したい。貴布祢社の祭神は闇龗神、雨と水を司る神である。稲荷社の祭神は倉稲魂神で、稲と実りに結びつく。水と穀物。古代出雲の中心地だった土地の縁に、この二柱が並んで立っている。
国宝ではなく重要文化財である理由
隣り合う二棟の格の違いは混同されやすいので、はっきりさせておきたい。神魂神社本殿は国宝、日本の文化財制度における最上位である。貴布祢稲荷両神社本殿は重要文化財、そのひとつ下の区分にあたる。保護の根拠となる法律は同じだが、本殿だけが最上位に置かれているのは、島根県東半部にのみ分布する大社造のうち現存最古の遺構だからである。
両者は建立年を共有している。文化庁はいずれも天正11年(1583年)、桃山時代とする。この一致には意味がある。末社本殿は本殿再建と同じ造営事業のなかで、同じ大工の手により、同じ材木から建てられたと考えてよい。二棟のあいだに立つ人は、数か月と離れずに造られた二つの異なる神社形式を、同時に目にしていることになる。本殿は大社造で、妻側の中心を外した位置に扉を設け、太い柱の上に高く床を張る。末社本殿は流造で、長辺側から延びる屋根の下をくぐって参る。16世紀の出雲の工匠は二つの伝統を並行して手中に収め、用途によって使い分けていた。
記録上は員数1棟、指定番号01169、種別は近世以前/神社。修理工事も行われており、正式な修理工事報告書が刊行されている。当初の造りに関する知見の多くは、この調査によって確かめられたものである。
神魂神社そのものは、出雲大社の社家である出雲国造家と深い関わりを持つ。国造家は古く大庭の地に住んだと伝わり、代替わりに際して神火を継ぐ火継の神事が現在もこの社で執り行われている。創建は9世紀から10世紀ごろと推定されるが、奈良時代の『出雲国風土記』にも平安時代の『延喜式神名帳』にも社名が見えないため、初期の由緒は記録ではなく伝承に拠る。
現地での見つけ方
神魂神社は参拝無料、時間の制限もなく、予約も不要である。参道は自然石をそのまま積み上げた石段が続く。加工されていない大石を組み合わせた乱れ積みで、苔がのり、足元は平らではない。この石段が印象に残るという人は多い。雨のあとは滑りやすいので靴を選びたい。
登り切ると正面に国宝の本殿が構える。貴布祢稲荷両神社本殿はその左手にある小さいほうの社殿で、別に指定を受けているとは気づかずに通り過ぎる参拝者も少なくない。正面の柱間を数えてみてほしい。中央に一本立つ柱が、二間社であることの証拠になる。少し身をかがめると、高床の下の空間にいくつかの稲荷像が置かれているのが見える。長い年月のあいだに納められてきたものである。
さらに左には神籬がある。社殿を持たず、竹垣と常緑樹で囲った神座で、豊年祈願に用いられる。境内には御釜宮もあり、出雲国造の祖神である天穂日命が鉄の釜に乗って大庭の里に降り立ったという伝えに結びつく。
外観の撮影は一般の神社と同様に差し支えないが、社殿内部は公開されておらず、撮影の対象にはならない。本格的な機材で撮影する場合は社務所に確認するとよい。
アクセスはJR松江駅から松江市営バス「かんべの里」行きで約25分、終点下車、徒歩3分。一畑バス「八雲」行きを使う場合は「風土記の丘入口」で降りて徒歩約10分となる。車なら松江駅から約15分、境内に駐車場がある。あわせて回りたい施設が二つ近くにあり、工芸体験ができる出雲かんべの里が約280メートル、岡田山古墳の出土品を展示する八雲立つ風土記の丘は約560メートルの距離である。後者を見ておくと、この社が古代出雲の地図のどこに置かれていたのかがつかみやすくなる。
Q&A
- 神魂神社末社貴布祢稲荷両神社本殿はどこにありますか。
- 松江市大庭町の神魂神社境内、国宝である本殿に向かってすぐ左手に建っています。小さな社殿のため見落とされがちですが、正面の柱間が二つあり中央に柱が立っている点で見分けられます。
- 神魂神社末社貴布祢稲荷両神社本殿は国宝ですか。
- 国宝ではなく重要文化財です。指定は昭和27年(1952年)3月29日。国宝なのは別棟の神魂神社本殿で、現存最古の大社造として最上位に位置づけられています。両者は異なる指定区分です。
- 神魂神社末社貴布祢稲荷両神社本殿の二間社という形式はなぜ珍しいのですか。
- 神社建築は通常、参拝者の正面に中心軸が通るよう奇数の柱間で造られます。二間社では中央に柱が来てしまいます。それでもこの形が採られたのは、貴布祢社と稲荷社という二社を一棟に並べて収めたためです。
- 神魂神社の参拝に拝観料や予約は必要ですか。
- 不要です。境内は自由に参拝でき、拝観料もかかりません。外観の撮影は一般の神社と同様に差し支えありませんが、社殿内部は公開されていません。境内に駐車場があります。
- JR松江駅から神魂神社へはどう行きますか。
- 松江市営バス「かんべの里」行きで約25分、終点下車、徒歩3分です。一畑バス「八雲」行きの場合は「風土記の丘入口」下車、徒歩約10分。車では松江駅から約15分かかります。
基本情報
| 名称 | 神魂神社末社貴布祢稲荷両神社本殿(かもすじんじゃまっしゃきふねいなりりょうじんじゃほんでん) |
|---|---|
| 所在地 | 島根県松江市大庭町 |
| 指定区分 | 重要文化財(近世以前/神社)/指定番号 01169 |
| 指定年 | 昭和27年(1952年)3月29日 |
| 員数 | 1棟 |
| 寸法 | 二間社流造、こけら葺/天正11年(1583年)建立・桃山時代 |
| 所有者 | 神魂神社 |
| 公開状況 | 境内自由・参拝無料。社殿内部は非公開。外観撮影は一般の参拝と同様に可。境内に駐車場あり。 |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁)/神魂神社末社貴布祢稲荷両神社本殿
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/102/2952
- 文化遺産オンライン/神魂神社末社貴布祢稲荷両神社本殿
- https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/201879
- 文化遺産オンライン/神魂神社本殿(国宝)
- https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/146648
- しまね観光ナビ(島根県公式観光情報サイト)/神魂神社
- https://www.kankou-shimane.com/destination/20261
- 松江観光協会/神魂神社
- https://www.kankou-matsue.jp/kankou/desc/?spot=27766
最終更新日: 2026.08.21