面谷家住宅新座敷(旧精米所)― 精米所が茶室になるまで

土蔵のなかに四畳半の茶室がある。それだけでも珍しいのに、場所が境港の醸造家の屋敷の奥ときては、いよいよ話が込み入ってくる。

鳥取県境港市花町、面谷家の敷地の北、道具蔵の東に建つ。土蔵造平屋建、瓦葺、建築面積五三平方メートル。文化庁の記録では大正一二年(一九二三年)頃の建築で、元は精米所と伝えるが、現在は座敷に改修されている、とある。

「伝える」という語に注意したい。国の記録でさえ、精米所という出自を確定した事実ではなく伝承として扱っている。本稿もその区別を守る。

米を磨く

伝承が正しいとすれば、当初の用途はこの家に見事に噛み合う。酒づくりは精米から始まる。玄米の外層を削り落とさなければ、米は醸造の原料にならない。そしてどこまで削るかが、出来上がる酒の味の相当部分を決める。自前の精米所を持つ醸造家とは、原料を自分の手で握る醸造家のことだ。

それは騒がしく、粉塵の舞う、機械の仕事である。だからこそ、そのあとに起きたことは立ち止まる価値がある。ある時点で、この機械の部屋は空にされ、客を迎える部屋として建て直された。

西から東へ、三つの間

三つの空間が一列に並ぶ。西から六畳、四畳半の茶室、そして水屋。茶室の北には小間が配される。

それぞれが役割を持っている。六畳は客が待ち、集まる場所。水屋は茶事の裏方で、道具を洗い、整え、客の目に触れない場所で支度を済ませる。水屋のない茶室は、実際には使えない茶室である。そして四畳半という寸法は、適当に決めたものではない。茶室の基準寸法であり、一六世紀に定まって以来、この形式を支え続けてきた大きさだ。この寸法で建てるとき、その家は作法を知っていると宣言している。

南面は障子を立て、外に縁を付す。

この一行が、改修全体の要である。土蔵は厚い壁を持ち、開口部を極力減らした箱だ。開口部は火の入口だからである。容れ物としては優秀で、部屋としては失格する。暗く、閉じていて、人が座って過ごせる場所ではない。座敷に変えるには、その論理を破って南を開けるほかない。障子がそれをやる。柔らかく均質な光が畳の上に広がる。縁は部屋に際を与え、内と庭のあいだに敷居をつくる。この工事を手がけた人間は、自分が建物と議論していることを分かっていた。

古い柱

茶室の床。そのトコ柱には古材が使われている。

床柱は、茶室で誰もが目をやる唯一の部材である。床の間の開いた隅に立ち、ほかの一切が意図的に抑えられているから、部屋の性格をほとんど一本で背負うことになる。そこに古材を使うのは倹約ではない。趣味である。茶の美意識は、年を経た材、風雨と手ずれがすでに仕事をしてしまった表面を尊ぶ。転用された柱は、新材には決して真似のできない時間を部屋のなかへ持ち込む。

地元の資料は、この材が松江城の古材だと伝えている。文化庁の記録が確認しているのは「トコ柱に古材を用いる」というところまでで、出所は記していない。したがって松江城という出自は、語られているとおりのものとして、つまり伝承として受け取るのが正しい。松江は境水道を渡った島根側にある。話がありそうに思える程度には近く、事実だと決めるには足りない距離だ。

どちらにせよ、意図は読み取れる。醸造で財を成した家が、屋敷に茶室を構え、その茶室に来歴を持つ柱を与えた。

登録と見学

登録は平成二六年(二〇一四年)四月二五日、第七七回、登録番号31-0188。基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」。文化庁の評価は、大正期の屋敷構えを伝える、というものである。

登録有形文化財は、建造物を守る二制度のうち緩やかなほうにあたる。平成八年(一九九六年)の文化財保護法改正で導入されたこの制度が想定していたのは、こうした建築である。私有され、現役の屋敷のなかに立ち、生涯のうちに改変を受け、災害よりも「取り壊す」という判断によって失われやすい建物。所有者は許可ではなく届け出で動ける。用途を転換されたことそのものが見どころである建物にとって、変化を織り込める制度以外に、収まる場所はない。

面谷合名会社の所有で、公開はされていない。この建物は敷地の奥に位置するため、主屋ほど道路から見えるものは多くない。所在は花町八番地。見学は道路上からとし、敷地内には立ち入らないこと。

実際に入れる茶の建築、そして境港の醸造建築の内部を知りたいのであれば、花町の境台場公園に隣接する海とくらしの史料館がよい。明治期の酒蔵を転用した建物で、境港駅から東へ約一・八キロメートルの距離にある。

Q&A

Q本当に精米所だったのですか。
Aそう伝えられています。文化庁の記録自体が「元は精米所と伝える」と、文献で裏づけられた事実ではなく伝承として記しています。ただ、精米は酒づくりの最初の工程ですから、醸造家の屋敷にあって不自然ではありません。
Q四畳半の茶室であることに意味はありますか。
A四畳半は茶室の基準寸法で、16世紀に定まって以来この形式の中心にあり続けました。この寸法で建てるということは、茶を装飾としてではなく作法として受け止めていた証しといえます。
Q床柱は本当に松江城の古材ですか。
A地元資料はそう伝えていますが、国の記録が確認しているのは「トコ柱に古材を用いる」という点までで、出所は記されていません。松江城という由来は伝承として受け取るのが妥当です。
Q水屋とは何のための場所ですか。
A茶室に付属する準備の間で、道具を洗い、整え、客の目に触れないところで支度を済ませる場所です。水屋があるということは、この茶室が眺めるためではなく使うために建てられたことを示します。
Q見学できますか。
Aできません。私有建築で非公開であり、しかも敷地の奥に建つため道路から見える部分は限られます。見学は道路上からとし、敷地内には立ち入らないでください。

基本データ

名称面谷家住宅新座敷(旧精米所)(おもたにけじゅうたくしんざしき(きゅうせいまいじょ))
所在地鳥取県境港市花町8
指定区分登録有形文化財(建造物)
登録番号31-0188(第77回登録)
登録年月日平成26年(2014年)4月25日
登録基準国土の歴史的景観に寄与しているもの
員数1棟
時代・年代大正12年(1923年)頃
構造及び形式等土蔵造平屋建、瓦葺、建築面積53㎡
所有者面谷合名会社
公開状況内部非公開。敷地奥に建つため道路からの視認は限定的。JR境線・境港駅から東へ約1.8km

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)面谷家住宅新座敷(旧精米所)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00010045
文化遺産オンライン 面谷家住宅新座敷(旧精米所)
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/260512
文化庁 登録有形文化財(建造物)
https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkazai/shokai/yukei_kenzobutsu/toroku_yukei.html
とっとり文化財ナビ「境港市」の文化財(鳥取県)
https://db.pref.tottori.jp/bunkazainavi.nsf/navi3_12.htm
境港観光ガイド 歴史・風土スポット紹介
https://www.sakaiminato.net/about/history-spot/

最終更新日: 2026.07.16