財間酒造場舟蔵及び百石蔵とは
財間酒造場舟蔵及び百石蔵は、島根県鹿足郡津和野町中座の旧山陰道に面して建つ酒蔵で、江戸後期(1751〜1830年)の舟蔵と大正期(1912〜1926年)の百石蔵が一続きになった土蔵造平屋建の1棟として、平成24年(2012年)8月13日に国の登録有形文化財に登録された。読みは「ざいましゅぞうじょうふねくらおよびひゃっこくぐら」である。
建築面積は423平方メートルあり、財間酒造場の5棟のなかでもっとも広い。文化庁の解説は「長大な蔵」と書き、造り酒屋らしい景観をつくり出していると評価している。
旧山陰道に沿って延びる財間酒造場舟蔵及び百石蔵
財間酒造場舟蔵及び百石蔵は、店舗兼主屋の北側に、舟蔵、百石蔵の順に連ねて建てられている。どちらも旧山陰道に面しているため、通りを北へ歩くと、店舗兼主屋から蔵の白壁がそのまま続いていく。屋根は切妻造の桟瓦葺で、出入口は北側の妻面と、東面の南寄りに開く。
外壁は漆喰塗で、腰には竪板を張り、窓を等間隔にうがっている。長い壁面に同じ間隔で窓が並ぶため、正面から見ると規則正しいリズムが生まれる。漆喰の白と竪板の色の境目が蔵の端から端まで水平に通るのも、この長さがあってこその眺めだ。
二つの蔵が一続きになるまで
財間酒造場舟蔵及び百石蔵の年代は、蔵ごとに分けて記録されている。舟蔵は江戸後期の建築で、大正期に増築され、昭和中期(1946〜1965年)に改修された。百石蔵は大正期に建ち、同じく大正期の増築と昭和中期の改修を経ている。古い舟蔵に大正期の百石蔵が継ぎ足され、両方に手が入って現在の長い一棟になったと読める。
呼び名の由来は資料に書かれていない。酒造りでは醪を搾る槽を「ふね」と呼ぶことが知られ、百石は酒や米の量を表す単位として使われるが、財間酒造場舟蔵及び百石蔵がそれぞれ何に使われてきたかは確かめられなかった。
登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」である。
財間酒造場舟蔵及び百石蔵の見学
財間酒造場舟蔵及び百石蔵は旧山陰道に面しているので、外観は通りからいつでも眺められる。蔵の全長を一度に見渡すなら、通りの反対側に立つとよい。
財間酒場は酒場内の見学を随時受け付けると案内しているが、財間酒造場舟蔵及び百石蔵の内部が見学の範囲に含まれるかどうか、蔵の中の撮影ができるかどうかは書かれていない。希望するときは店舗兼主屋の店で尋ねたい。行き方と高砂酒蔵資料館の開館時間は財間酒造場のページにまとめてある。
Q&A
- 財間酒造場舟蔵及び百石蔵はいつ建てられましたか?
- 舟蔵は江戸後期(1751〜1830年)、百石蔵は大正期(1912〜1926年)の建築です。どちらも大正期に増築され、昭和中期(1946〜1965年)に改修されています。
- 財間酒造場舟蔵及び百石蔵は2棟ですか?
- 舟蔵と百石蔵が一続きになっており、登録上は1棟です。土蔵造平屋建、瓦葺で、建築面積は423平方メートルあります。
- 財間酒造場舟蔵及び百石蔵の外観の特徴は何ですか?
- 漆喰塗の外壁に竪板張の腰をまわし、窓を等間隔に開けています。出入口は北の妻面と東面の南寄りにあります。
- 財間酒造場舟蔵及び百石蔵が登録有形文化財になったのはいつですか?
- 平成24年(2012年)8月13日です。登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」です。
- 財間酒造場舟蔵及び百石蔵はどこから見られますか?
- 旧山陰道に面しているので、通りから外観を見ることができます。内部の見学と撮影については店で確認してください。
基本情報
| 名称 | 財間酒造場舟蔵及び百石蔵(ざいましゅぞうじょうふねくらおよびひゃっこくぐら) |
|---|---|
| 所在地 | 島根県鹿足郡津和野町中座ロ34 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物) |
| 指定年 | 平成24年(2012年)8月13日登録 |
| 員数 | 1棟 |
| 寸法 | 土蔵造平屋建、瓦葺、建築面積423㎡ |
| 所有者 | 株式会社財間酒造 |
| 公開状況 | 外観は旧山陰道から見学可、内部は店で要確認 |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁)財間酒造場舟蔵及び百石蔵
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00009372
- 島根県 登録有形文化財(建造物)一覧
- https://www.pref.shimane.lg.jp/life/bunka/bunkazai/shimane/tourokubunkazai2.html
- 財間酒場 公式ウェブサイト
- https://www.zaimasakaba.com/
最終更新日: 2026.10.15