丁子屋店舗:東海道に生き続ける浮世絵の風景

静岡市駿河区丸子の旧東海道沿いに佇む丁子屋(ちょうじや)は、単なる飲食店ではなく、日本の歴史そのものを体現する存在です。慶長元年(1596年)、戦国時代末期に創業して以来、400年以上にわたり同じ場所でとろろ汁を提供し続けてきました。令和4年(2022年)2月17日、丁子屋店舗は国登録有形文化財(建造物)に登録され、東海道の文化的景観を今に伝える建築遺産としての価値が正式に認められました。

丁子屋は静岡県内で現存する最古の飲食店とされ、歌川広重の名作「東海道五拾三次之内 鞠子 名物茶店」に描かれた茶店とも伝えられています。茅葺屋根の趣深い建物の中で、江戸時代の旅人たちと同じ名物料理を味わう——ここでしか体験できない、時を超えた旅の風情がここにあります。

歴史的背景

丁子屋の創業は慶長元年(1596年)。豊臣秀吉が小田原城征伐のため宇津谷峠を通過し、駿府の町が戦火に包まれたまさにその時代に、初代・丁子屋平吉がこの地にのれんを掲げました。「丁子」の名は、当時貴重品であった香辛料の丁香(ちょうこう)に由来します。

丸子宿は、慶長6年(1601年)に東海道伝馬制の制定により宿場町として整備されました。江戸から数えて20番目の宿場であり、天保14年(1843年)の記録では戸数211軒、旅籠24軒、人口795人と、東海道で最も小さな宿場でした。しかし、西に控える難所・宇津ノ谷峠を前にして旅人たちが滋養強壮のためにとろろ汁で精をつけたことから、小さいながらも活気のある宿場として知られていました。

丸子のとろろ汁は、日本を代表する文化人たちによってその名を広められました。松尾芭蕉は「梅若菜 丸子の宿の とろろ汁」と詠み、十返舎一九は『東海道中膝栗毛』の中で、弥次さん喜多さんが丁子屋でとろろ汁を食べ損ねる愉快な場面を描きました。そして歌川広重は天保4〜5年(1833〜34年)に出版した「東海道五拾三次」の鞠子宿の図で、茅葺屋根の茶店でとろろ汁を頬張る旅人の姿を描き、この一枚はシリーズの中でも特に親しまれる名作となりました。

文化財指定の理由とその価値

丁子屋店舗は、令和4年(2022年)2月17日に国登録有形文化財(建造物)に登録されました。その登録理由は、東海道に南面する丸子宿の老舗茶店としての歴史的価値と、独特の建築的構成にあります。

現在の建物は木造平屋建、寄棟造茅葺(一部鉄板葺)で、建築面積は約190平方メートルです。正面には下屋(庇)を付し、背面には棟を直交させて切妻造金属板葺の座敷棟が接続しています。建物の主体部には近隣農家の部材が再用されており、明治期の前身店舗の座敷部分が資料室として繋がれ、異なる時代の建築要素が一体として構成されています。

特筆すべきは、この建物が広重の浮世絵「東海道五拾三次」の鞠子宿に描かれた茶店の景観を再現する意図で造られた点です。昭和45年(1970年)、12代目当主・柴山信夫は、高度経済成長期に取り壊されようとしていた約1キロ西の大鑪(おおだたら)地区の江戸初期の古民家を譲り受け、現在地に移築しました。「丁子屋には何にも替え難い歴史がある」という信念のもと行われたこの英断は、東海道の宿場文化を後世に伝える貴重な建築遺産を生み出しました。

見どころ・魅力

丁子屋最大の魅力は、その堂々たる茅葺屋根です。2018年(平成30年)には約40年ぶりとなる全面葺き替え工事が実施されました。御殿場産の茅と三島産の竹を用い、全国で約200人しかいないとされる茅葺職人の技術によって蘇った屋根は、広重が描いた「東海道五拾三次」の風景そのものを現代に再現しています。

店内には丸子宿や静岡にちなんだ名前が付けられた9つの部屋があります。中でも最も広い「広重さんの部屋」には、広重の「東海道五拾三次」全55枚の復刻版が壁一面に飾られています。12代目当主は20年の歳月と約4,000万円を費やして東海道五拾三次の版画全点を収集しており、これらは現在も丁子屋に所蔵されています。

併設の歴史資料館には、江戸時代の旅道具の数々や、芭蕉・一九・広重にゆかりのある版画や掛け軸などが展示されており、かつての東海道の旅の様子を臨場感豊かに伝えています。

そして何より、丁子屋の真髄はそのとろろ汁にあります。地元提携農家と大切に育てた静岡在来の自然薯を、自家製の白味噌と削り節で仕立てた味噌汁に合わせ、卵で仕上げたとろろ汁は、約400年前から変わらない素朴で自然な味わいです。現在は14代目・柴山広行氏がその伝統を受け継いでいます。

アクセス・来訪情報

丁子屋は静岡市駿河区丸子の旧東海道沿いに位置しています。茅葺屋根の建物が目印で、丸子橋のすぐ近くです。

営業時間は平日が11:00〜14:00(ラストオーダー)、土日祝は昼の部11:00〜15:00、夜の部16:30〜19:00(ラストオーダー)です。定休日は毎週木曜日で、毎月末の水曜日も連休となります。

公共交通機関の場合、JR東海道本線静岡駅北口7番のりばから、しずてつジャストライン中部国道線「岡部営業所・藤枝駅」行きバスに乗車し約20分、「丸子橋入り口」バス停下車すぐです。車の場合、東名高速道路静岡インターチェンジから国道1号線を西方へ約3km、約20分です。駐車場はバス8台、普通車80台収容可能です。

とろろ汁定食は1,630円(税込)からで、名物の揚げとろや焼とろなどのサイドメニューも充実しています。主要クレジットカードが利用可能です。

周辺情報

丁子屋周辺の丸子地区には、旧東海道の面影を色濃く残す見どころが点在しており、一日かけてゆっくり巡るのに最適です。

丁子屋から少し山あいに入ったところにある「駿府の工房 匠宿」は、日本最大級の伝統工芸体験施設です。駿河竹千筋細工や陶芸、漆工、木工、和染めなど、今川・徳川時代から静岡に受け継がれてきた工芸を実際に体験できます。2021年にリニューアルオープンし、カフェも併設されています。

丸子宿から隣の岡部宿を結ぶ宇津ノ谷峠は、「伊勢物語」「十六夜日記」「東海道中膝栗毛」などの古典文学にも登場する歴史的な街道です。峠の手前にある宇津ノ谷集落は、家々の軒先に屋号が掲げられた江戸時代さながらの風情を残しています。また、明治9年(1876年)開通の「明治のトンネル」は日本初の有料トンネルで、赤レンガ造りの雰囲気あるトンネル内を徒歩で通ることができます。

丸子城址へのハイキングコースや、片桐且元の墓がある誓願寺なども散策途中に立ち寄れるスポットです。また、丸子は日本の紅茶発祥の地でもあり、無農薬・有機栽培の「丸子紅茶」はお土産としても人気があります。

Q&A

Qとろろ汁とはどのような料理ですか?
Aとろろ汁は、自然薯(じねんじょ)をすりおろして白味噌仕立ての出汁で伸ばし、卵で仕上げた伝統料理です。丁子屋では麦飯の上にたっぷりかけ、「ザーザー」と音を立てて流し込むようにいただくのがおすすめの食べ方です。滋養強壮に優れ、江戸時代から旅人たちに愛されてきました。
Q広重の浮世絵に描かれているのは本当に丁子屋ですか?
A広重の「東海道五拾三次」鞠子宿の図は一般に丁子屋を描いたものと紹介されていますが、当時の丸子にはとろろ汁を出す茶店が複数存在しており、画題も「名物茶店」とだけ記されています。ただし、丁子屋は当時から同じ場所で営業を続ける唯一の店であり、現在の建物は浮世絵の景観を再現するために移築・建設されたものです。
Q予約は必要ですか?
A予約なしでも入店可能ですが、特に土日祝日は混雑するため、事前予約をおすすめします。公式ウェブサイト(chojiya.info)から予約が可能です。
Q丁子屋の建物はいつ文化財に登録されましたか?
A令和4年(2022年)2月17日に国登録有形文化財(建造物)に登録されました。東海道に南面する丸子宿の老舗茶店として、また広重の浮世絵から着想を得た独特の建築構成が評価されています。
Q東海道ウォーキングと組み合わせて訪問できますか?
Aはい、丁子屋は府中宿(JR静岡駅周辺)から岡部宿へ向かう東海道ウォーキングの途中に立ち寄るのに最適な場所です。静岡駅から旧東海道を歩いて約2〜3時間で丸子に到着し、食事の後は宇津ノ谷峠を越えて岡部宿まで足を延ばすことができます。丸子宿周辺には「駿州二峠八宿」の日本遺産構成文化財が点在しています。

基本情報

名称 丁子屋店舗(ちょうじやてんぽ)
文化財指定 国登録有形文化財(建造物)
登録年月日 令和4年(2022年)2月17日
創業 慶長元年(1596年)
現建物 昭和45年(1970年)移築 / 昭和46年(1971年)竣工
構造 木造平屋建、寄棟造茅葺一部鉄板葺、建築面積約190㎡
所有者 有限会社丁子屋
所在地 〒421-0103 静岡県静岡市駿河区丸子7丁目10-10(登録住所:丸子七丁目2578-1他)
電話番号 054-258-1066
公式サイト https://chojiya.info/
営業時間 平日 11:00〜14:00(LO)/ 土日祝 11:00〜15:00、16:30〜19:00(LO)
定休日 毎週木曜日、毎月末水曜日
アクセス JR静岡駅よりバス約20分「丸子橋入り口」下車すぐ / 東名高速静岡ICより車約20分
駐車場 あり(バス8台、普通車80台)

参考文献

丁子屋店舗 - 文化遺産オンライン
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/520877
国指定文化財等データベース(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00014157
丁子屋 公式サイト
https://chojiya.info/
日本遺産ポータルサイト - 丁子屋
https://japan-heritage.bunka.go.jp/ja/culturalproperties/result/5104/
とろろ汁の丁子屋 - 駿州の旅(日本遺産)
https://tokaido-sunshu.jp/cultural-property/1_63.html
鞠子宿 - Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9E%A0%E5%AD%90%E5%AE%BF
東海道五拾三次之内 丸子 名物茶店 - 東京富士美術館
https://www.fujibi.or.jp/collection/artwork/04341/
浮世絵「東海道五十三次」に描かれ今もなお現役営業する「丁子屋」茅葺修復披露会 - PR TIMES
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000005.000033960.html

最終更新日: 2026.03.28