境界そのものが文化財になるとき

古橋家住宅門及び塀は、静岡県静岡市葵区平和一丁目にある昭和3年(1928年)頃の鉄筋コンクリート造の工作物で、令和6年(2024年)8月15日に国の登録有形文化財(建造物)に登録された。

日本の文化財登録の多くは建物を守る。この登録が守るのは、建物のまわりに引かれた線である。

門は通りに西面する。柱は石張とし、その上の切妻屋根を釉薬瓦で葺く。釉のかかった瓦は、雨に濡れたときに桟瓦とは違う光り方をする。主開口の脇には脇門が付き、間口は3.1メートル。門から左右に続く塀は総延長34メートル、外壁をクリーム色のモルタル塗仕上とし、頂部には門の屋根と同じ釉薬瓦を葺く。

門も塀も構造は鉄筋コンクリートである。昭和3年当時、この材料は住宅まわりではまだ実績を示す途上にあり、銀行や事務所の建築に使われるほうが普通だった。発注者は永続性を求めたのだろう。結果としてこの塀は、昭和15年(1940年)の静岡大火と、市街地の大半を焼いた戦時の空襲をくぐり抜けた。

塀の内側に建つ主屋

門と塀だけが単独で登録されたわけではない。5か月前の令和6年3月6日、同じ敷地の主屋が別件として登録されている。木造二階建、桟瓦葺、建築面積231平方メートル。南西に切妻造の玄関ポーチが張り出す。玄関ホールは吹抜で、そこに階段を設ける。一階は南庭に面して洋室二室と床構え付きの座敷一室を配する。

外観はハーフティンバー、すなわち黒い柱梁を白い壁面に見せる意匠で、北ヨーロッパの様式が大正から昭和初期の建築流行を経て日本に入ってきたものである。文化庁はこの住宅を和洋折衷住宅と位置づける。二つの建築語彙のどちらかを選ぶのではなく、並置して使ったこの時期の住宅を指す標準的な呼び方である。令和5年(2023年)の文化審議会答申には、昭和31年(1956年)頃の改修も記録されている。

登録をこのように分けるのは通常の運用である。門、塀、蔵、庭門などはそれぞれ独立して評価され、順を追って登録される。今回の二件目の登録は、境界部分が果たしている固有の役割を認めたものといえる。近隣の人々が日常的に目にするのはこの部分であり、二件の登録理由はいずれも内部の意匠ではなく周辺の歴史的景観への寄与を挙げている。

登録有形文化財は、日本の歴史的建造物に対する二つの制度のうち緩やかなほうにあたる。平成8年(1996年)創設、許可制ではなく届出制で運用される。重要文化財の指定とは別の制度であり、二次的な情報源ではしばしば混同される。登録物件の所有者は建物に住み続け、一定の範囲で手を加え、大きな工事の前に届け出る。

訪ねかた

古橋家住宅は個人の住まいである。拝観料も公開日も設定されておらず、内部に入ることはできない。令和6年の登録によってこの点が変わったわけではない。

公開されているのは通りである。門と34メートルの塀は歩道から見える。そして文字どおり、それが登録された対象そのものにあたる。文化財の全体を外から見通せる例は少ない。

周囲は静岡浅間神社の北西に広がる住宅地で、道を探すときの目印はこの神社になる。浅間神社は重要文化財の社殿群を擁する独立した見どころで、背後に賤機山を控える。平和一丁目からは徒歩十分ほどの距離にある。静岡駅からは神社行きのバスが出ており、駅から歩けば三十分程度かかる。

撮影は道路上からに限ること。塀越しや敷地内に向けてカメラを向けない、門前に長居しない、呼び鈴を押さない。住人が博物館を開いたわけではない。いまも自分たちが暮らす家の塀に、登録という評価を受け入れたにすぎない。

塀頂部の釉薬瓦は、真昼より午後遅くの斜光のほうが表情を見せる。クリーム色のモルタルもその時間に色が出る。門だけ撮って立ち去らず、34メートルを端から端まで歩いてみたい。塀と通りの関係こそがこの文化財の中身であり、それは歩いてはじめて読める。

Q&A

Q古橋家住宅は見学できますか。内部に入れますか。
A個人の住宅であり、公開されていません。拝観料や公開日の設定はなく、内部見学もできません。登録対象である門と塀は公道から全体を見ることができるため、文化財そのものは敷地に入らずに見学できます。
Q古橋家住宅の門及び塀は、なぜ主屋と別に登録されたのですか。
A日本の登録制度では建造物の要素ごとに評価が行われます。主屋は令和6年(2024年)3月6日、門及び塀は同年8月15日の登録です。いずれの登録理由も、周辺の歴史的景観への寄与を挙げています。
Q古橋家住宅の門及び塀はどのような構造ですか。
Aどちらも鉄筋コンクリート造です。門は柱を石張とし、頂部に釉薬瓦葺の切妻屋根を載せ、脇門を付し、間口3.1メートル。塀は総延長34メートル、外壁をクリーム色のモルタル塗とし、頂部に門と同じ釉薬瓦を葺きます。
Q古橋家住宅へは静岡駅からどう行きますか。
A所在地は静岡市葵区平和一丁目、静岡浅間神社の北西にあたります。静岡駅から徒歩ではおよそ三十分。浅間神社方面のバスを利用すれば大幅に短縮でき、神社からは徒歩十分ほどです。
Q古橋家住宅は重要文化財ですか。
A重要文化財ではありません。登録有形文化財という別区分にあたります。平成8年(1996年)に創設された届出制の緩やかな制度で、許可制で厳選される重要文化財の指定とは仕組みが異なります。二次的な情報源ではこの二つがしばしば混同されます。

基本情報

名称古橋家住宅門及び塀
所在地静岡県静岡市葵区平和一丁目173
指定区分登録有形文化財(建造物) 登録番号 22-0330
指定年令和6年(2024年)8月15日登録
員数1基
寸法門 鉄筋コンクリート造、間口3.1メートル、脇門付/塀 鉄筋コンクリート造、瓦葺、総延長34メートル
所有者個人
公開状況非公開。門と塀は公道から見学可。

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース 古橋家住宅門及び塀
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00015020
文化遺産オンライン 古橋家住宅門及び塀
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/564078
文化遺産オンライン 古橋家住宅主屋
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/609099
静岡市 静岡市指定文化財一覧
https://www.city.shizuoka.lg.jp/s6725/s005154.html

最終更新日: 2026.08.13