大地震のあと、欅で建て直された複合社殿

安政元年(1854年)11月4日の東海大地震で、三嶋大社の社殿はほとんどが倒壊した。再建に取り組んだのは当時の神主・矢田部盛治で、約10年の歳月と、記録に残るところでは一万六千六百両を超える費用をかけたという。本殿は慶応2年(1866年)に竣功し、翌慶応3年(1867年)には上棟祭が行われたと記される。神門の奥にいま建つのは、このときの再建社殿である。総欅の素木造りで、関東でも有数の規模をもつ。

指定上は1棟と数えられるが、参拝者の目には三つの建物が映る。参道に面して拝殿が立ち、背後に本殿が控え、その間を一段低い幣殿がつなぐ。社格の高い神社に見られるこの連結の形は、参拝者や神職が段階を踏んで奥へ進みながら、本殿そのものには立ち入らないための構成でもある。

三棟をつなぐ一連の屋根

本殿は三間社流造で、切妻屋根の前面が建物の正面より長く延び、入口の上を覆う。拝殿の背後にある幣殿は、桁行三間・梁間一間の小さな建物で、両側に屋根が下る両下造とし、前後の高い二棟の間を橋渡しする。三棟のうち最も大きいのが拝殿で、桁行七間・梁間四間、入母屋造である。正面中央には千鳥破風が立ち上がり、その下に向拝が三間分張り出して、軒には唐破風がかかる。屋根はいずれも銅板で葺かれている。

用材は良質の欅で、漆を塗らず素木のまま仕上げているため、木目そのものが表面の表情になっている。彫刻は視覚的に効く要所、すなわち本殿の妻飾、幣殿と前後の建物の接合部、そして向拝の組物や梁の周辺に集まる。広い素木の面と、密度の高い彫りの部分との対比が、この社殿の性格を決めている。

祭神と源頼朝、そして伊豆の名工

三嶋大社は、旧伊豆国の一宮にあたる。祭神は大山祇命と積羽八重事代主神の二柱で、合わせて三嶋大明神と称される。三島という地名は、社名から起こったものである。社伝では、もとは三宅島にあり、伊豆の白浜を経て現在地へ遷座したとされるが、創建の年代は明らかでない。

鎌倉時代の初めには、関東一円の鎮守として遇された。源頼朝は平家打倒の挙兵に先立ち、源氏の再興をこの社に祈願したと伝えられ、境内には頼朝が腰を掛けたという石が残る。武家からのこうした崇敬が、のちにこの規模の再建を可能にする富と社格の蓄積につながった。

彫刻を手がけたのは、評価の高い職人たちである。伊豆の名工・小沢半兵衛とその子・希道が一門を率い、これに駿河の後藤芳次郎らが加わった。彼らの彫りは同時期の社殿建築のなかでも屈指とされ、この社殿が国の保護対象に選ばれた最大の理由となっている。

重要文化財に指定された理由

文化庁は平成12年(2000年)5月25日、この三棟を国の重要文化財に指定した。基準は意匠的に優秀な建造物に適用されるものである。後年の修理で床や建具の一部が改められたが、当初の姿は諸記録と痕跡から明らかで、1860年代に構想されたとおりの建物として読み取ることができる。

評価を支えたのは二つの点である。一つは各部の意匠の工夫で、本殿の妻飾や、幣殿を拝殿・本殿に取り合わせる納まりに表れている。もう一つは上質な欅の使い方で、素木の面と集中させた彫刻とを互いに引き立て合わせている。江戸時代末期の装飾豊かな複合社殿として、この建築類型の到達点の一つに位置づけられている。なお、造営時の棟札一枚が、附(つけたり)として指定に含まれている。

参拝で見ておきたいところ

拝殿は内庭の正面から真正面に見ることができ、彫刻をじっくり見るならこの位置がよい。まず一歩下がって向拝全体を眺め、それから近づいて一枚ずつ追っていきたい。向拝の梁に彫り込まれた人物や植物、軒下に積み上げられた組物、その上の妻飾。木を彩色せず素木のままとしているため、彫りの深さは色ではなく影として現れ、日が動くにつれて表情が変わる。

本殿の内部は神域であり公開されない。日本の神社では一般的なことである。御祈祷を申し込んだ参拝者は拝殿に上がることができ、そこから幣殿越しに本殿の正面を見ることになる。外から眺めるときは、三棟にわたって途切れなく続く銅板屋根を追うと、なぜこの社殿が1棟と数えられるのかがよく分かる。

境内には社殿以外にも見どころがある。中心近くに立つキンモクセイは天然記念物に指定され、樹齢はおよそ1200年と推定されている。9月に二度花をつけ、甘い香りが参道一帯に漂う。神池があり、小さな神鹿園があり、同じ1860年代の造営による舞殿や神門も並ぶ。これらの一部にも同じ小沢一派の彫刻が施され、市の文化財に指定されている。

アクセスと周辺

三嶋大社は三島市の中心部にあり、東京と名古屋を結ぶ東海道線沿いで立ち寄りやすい。JR三島駅から徒歩約15分、バスならおよそ10分である。伊豆箱根鉄道の三島田町駅からは徒歩約7分とより近い。車では、東名高速道路の沼津インターチェンジから約20分、伊豆縦貫自動車道の三島塚原インターチェンジから約5分ほど。境内の有料駐車場は約55台分で、正月期間と8月中旬の例祭期間は閉鎖される。

三島は伊豆半島東部や富士山麓への拠点になりやすい。湧水が流れる旧市街の水辺、楽寿園、三島スカイウォークの吊り橋などが近い。社へ続く参道には桜が植えられ、春先には花見の人で賑わう。

Q&A

Q建物の中に入れますか。
A拝殿は内庭の正面から見ることができ、彫刻はこの位置からよく観察できます。本殿は神域で、ほかの多くの神社と同じく一般には公開されていません。御祈祷を申し込むと拝殿に上がることができ、幣殿越しに本殿の正面を見ることができます。
Q今の社殿はいつのものですか。
A安政元年(1854年)の東海大地震後の再建によるものです。本殿は慶応2年(1866年)に竣功し、翌慶応3年(1867年)に上棟祭の記録があります。文化庁のデータベースでは慶応3年(1867年)と扱われています。
Q彫刻は誰の手によるものですか。
A伊豆の名工・小沢半兵衛と子の希道の一門に、駿河の後藤芳次郎らが加わって手がけました。江戸時代末期の社殿建築の彫刻として、屈指の出来とされています。
Q拝観料はかかりますか。
A境内への立ち入りと社殿の参拝は無料です。境内の駐車場は時間制の有料で、御祈祷を申し込むと無料券が渡されます。時間や料金は変わることがあるため、特に正月や8月の例祭の時期は出入りや駐車に制限がかかるので、事前に三嶋大社へ確認することをおすすめします。
Qいつ訪れるのがよいですか。
A9月上旬は、天然記念物のキンモクセイが咲き、参道に香りが漂うのでおすすめです。4月上旬には参道沿いの桜が見頃を迎えます。素木の彫刻は日の動きで見え方が変わるため、よく晴れた朝や夕方近くに彫りの陰影が際立ちます。

基本情報

名称三嶋大社本殿、幣殿及び拝殿
所在地静岡県三島市大宮町二丁目1番5号
所有者三嶋大社
指定区分重要文化財(建造物)/平成12年(2000年)5月25日指定/指定番号02382
員数1棟(本殿・幣殿・拝殿の複合社殿)/附:棟札1枚
年代慶応3年(1867年)。本殿は慶応2年(1866年)竣功、安政元年(1854年)の東海大地震後の再建
構造及び形式本殿:三間社流造、銅板葺。幣殿:桁行三間・梁間一間、一重、両下造、銅板葺。拝殿:桁行七間・梁間四間、一重、入母屋造、正面千鳥破風付、向拝三間、軒唐破風付、銅板葺。総欅の素木造り
アクセスJR三島駅から徒歩約15分、伊豆箱根鉄道・三島田町駅から徒歩約7分
公開状況拝殿は正面から見学可、本殿内部は非公開。境内無料、有料駐車場あり

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/102/3678
文化遺産オンライン(国立情報学研究所)三嶋大社本殿、幣殿及び拝殿
https://bunka.nii.ac.jp/db/heritages/detail/158215
三嶋大社 公式サイト 境内のご案内
https://www.mishimataisha.or.jp/precinct
三嶋大社 公式サイト アクセス
https://www.mishimataisha.or.jp/access

最終更新日: 2026.06.03