荻野家住宅南塀とは

荻野家住宅南塀(おぎのけじゅうたくみなみべい)は、栃木県足利市通3丁目の荻野家住宅で敷地の南端を東西に走る昭和25年(1950年)ごろの木造の塀で、平成18年(2006年)8月3日に登録有形文化財となった。南側を通るJR両毛線の線路敷との境に建ち、屋敷の南の面を区切っている。

荻野家住宅南塀は縦板を張って継ぎ目に目板を打った板塀で、屋根は鉄板葺。延長は21メートル、高さは2.4メートルある。荻野家住宅の4件のなかではもっとも新しく、明治の主屋や内蔵からおよそ60年後の建設にあたる。

欄間の組子と庭側の控え

荻野家住宅南塀のつくりで目を引くのは、上部の欄間である。塀の上の方に横向きの組子を1本通しており、板で閉じた壁面の上に細い横線が入る。2.4メートルの高さがある塀が、この横線で単調な板壁に見えないよう整えられている。

長い板塀は風を受けると倒れやすい。荻野家住宅南塀では、庭の側に2間または3間ごとに控えを取り、塀を内側から支えている。線路の側は平らな板の面のまま見せ、支えの部材は屋敷の内側に寄せるという分担である。

登録の理由と価値

荻野家住宅南塀の登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」である。文化庁の解説は、この塀を屋敷地の南面の景観を整える要素と位置づけている。

荻野家住宅は北が旧街道、南が線路という敷地で、通りに面した表門とは反対の側にも外から見られる面をもつ。表門が街道側の顔だとすれば、南塀は線路側の顔にあたる。戦後に建てられた塀でありながら、屋敷の構えを南側でまとめる役を担っている点が評価されている。

建設年代については資料に差がある。文化庁のデータベースは昭和25年(1950年)ごろとし、足利市の解説は塀を昭和30年代(1955年から1964年)にかけてのものとして紹介している。このページでは文化庁の年代に従った。

荻野家住宅南塀の見学

荻野家住宅南塀は個人の住宅の塀で、敷地の内側から見ることはできない。塀は敷地の南端、線路の側に面して建っている。

荻野家住宅南塀の南側は両毛線の線路敷で、線路内へ立ち入ることはできない。塀の外面を間近に見られる公道があるかは確認できていない。旧街道の側からは主屋や表門が手前にあり、南塀は敷地の奥にあたる。

Q&A

Q荻野家住宅南塀はいつ建てられたのですか?
A文化庁のデータベースでは昭和25年(1950年)ごろの建設とされています。足利市の解説は昭和30年代としています。平成18年(2006年)8月3日に登録有形文化財となりました。
Q荻野家住宅南塀の大きさは?
A延長21メートル、高さ2.4メートルの木造の板塀で、屋根は鉄板葺です。
Q荻野家住宅南塀はどこに建っていますか?
A敷地の南端で、JR両毛線の線路敷との境を東西に走っています。
Q荻野家住宅南塀の見どころはどこですか?
A縦板に目板を打った板の面と、欄間に通した横組子1本です。庭の側には2間または3間ごとに控えを取っています。
Q荻野家住宅南塀は見学できますか?
A敷地の内側からは見られません。南側は線路敷で立ち入れず、塀を間近に見られる公道があるかは確認できていません。

基本情報

名称荻野家住宅南塀
所在地栃木県足利市通3-3545
指定区分登録有形文化財(建造物)
指定年平成18年(2006年)8月3日登録
員数1棟
寸法延長21メートル、高さ2.4メートル
所有者個人
公開状況非公開(敷地の南端、線路側に建つ)

参考文献

国指定文化財等データベース 荻野家住宅南塀(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00005558
足利市 荻野家住宅 主屋・内蔵・表門・南塀
https://www.city.ashikaga.tochigi.jp/education/000029/000169/000627/p000811.html
足利市 登録有形文化財(建造物)
https://www.city.ashikaga.tochigi.jp/education/000029/000169/000627/p001307.html

最終更新日: 2026.10.03