城下から移築された上級武家の住まい

原田家住宅主屋は、徳島県徳島市かちどき橋三丁目に所在する江戸後期の武家住宅で、明治15年(1882年)に現在地へ移築され、平成12年(2000年)4月28日に国の登録有形文化財(建造物)に登録された。

建築当初からこの場所に建っていたわけではない。もとは蜂須賀家二十五万七千石の城下にあった上級家臣の住まいである。文化庁の国指定文化財等データベースは、架構の年代を宝暦元年(1751年)から文政12年(1829年)の間と推定しており、藩政期の終盤に建てられた計算になる。

廃藩置県後の経緯について、同データベースは慎重な書き方を選んでいる。最後の徳島藩主となった十四代蜂須賀茂韶が、藩の重臣で名東県の大属を務めた原田一平に譲り渡したと伝える、という記述である。名東県は明治4年(1871年)から同9年(1876年)まで置かれた県で、大属はその中級にあたる官職。譲渡を裏づける文書が残っているわけではなく、家に伝わる話として扱われている。

移築には約10年を要した。解体、運搬、再建を経て、明治15年に現在の敷地で竣工している。

登録基準「造形の規範」が指すもの

登録有形文化財の制度が発足したのは平成8年(1996年)である。指定制度が保護の網を厳しくかけるのに対し、登録制度は所有者の裁量を広く残したまま記録と一定の監督を確保する仕組みで、この住宅は後者に属する。

登録基準は三種あるが、原田家住宅主屋に適用されたのは「造形の規範となっているもの」である。農村部の建造物でしばしば用いられる「国土の歴史的景観に寄与しているもの」とは性格が異なり、建築そのものの質が評価されたことを意味する。

構造は木造2階建、瓦葺、建築面積204平方メートル。居室を前後3列に並べる平面をとり、一部を二階建とする。中下級家臣の住宅ではあまり見られない構成で、規模の大きな武家住宅に共通する間取りである。屋根は切妻造の本屋の四周に庇を廻し、外観は水平線を長く引く。

徳島市の中心部は昭和20年(1945年)7月の空襲で市街の大半を焼失した。藩政期の建築が現存する例は市内に多くない。城下から離れた場所へ移されていたという経緯が、結果として建物を残す方向に働いたとも読める。

登録番号は36-0030、第23回登録。なお登録年月日は平成12年4月28日、官報告示は同年5月17日であり、二次資料には5月17日のみを挙げるものがある。いずれも誤りではなく、手続きの段階が違うだけである。

蜂須賀桜と、公開の実際

2月にこの敷地を訪れる人の目当ては、屋根ではなく桜であることが多い。

庭に立つ蜂須賀桜は高さ約13メートル。2月中旬から淡い紅色の花を開き、3月中旬まで咲き続ける。ソメイヨシノより開花が早く、見頃の期間も長い。徳島城御殿に植えられていた桜を蜂須賀茂韶が原田一平に託したと伝わるが、これも住宅の譲渡と同様、文書による裏づけがあるわけではない。

管理を担っているのはNPO法人蜂須賀桜と武家屋敷の会である。開花期に合わせて敷地が公開され、観覧は無料。徳島市の観光情報によれば、立入禁止区域を除いて敷地内は自由に見学できるが、家屋内部の公開は行われていない。公開の形態は年によって変わり、開花時期も気候に左右されるため、遠方から訪れる場合は事前の確認が要る。連絡先は088-625-8739。

撮影に関する規定は公表されていない。公開期間中は関係者が常駐していることが多く、その場で尋ねるのが確実である。

交通はJR牟岐線阿波富田駅から徒歩約10分。徳島駅から一駅南にあたる。徳島市営バスの山城町(ふれあい健康館)行を利用する場合は、かちどき橋5丁目停留所下車、徒歩約3分。来訪者用の駐車場は設けられていない。

床の間には徳島藩の御用絵師であった守住貫魚の作品が飾られているとする記述が二次資料に見える。文化庁の記録には含まれない情報であり、内部が非公開である以上、訪問者が確かめられる事柄ではない。

よくある質問

Q原田家住宅主屋は見学できますか。拝観料はかかりますか。
A蜂須賀桜の開花期に合わせて敷地が一般公開され、観覧は無料です。徳島市の観光情報によれば、立入禁止区域を除いて敷地内は自由に見学できますが、家屋内部の公開は行われていません。公開の形態は年ごとに変わるため、訪問前の確認をおすすめします。
Q原田家住宅主屋の蜂須賀桜はいつ見頃ですか。
Aおおむね2月中旬から3月中旬です。蜂須賀桜はソメイヨシノより開花が早く、見頃の期間も長いという特徴があります。実際の開花は冬の気候に左右されます。
Q原田家住宅主屋へのアクセスと駐車場はどうなっていますか。
AJR牟岐線阿波富田駅から徒歩約10分です。徳島駅からは一駅。徳島市営バスの山城町(ふれあい健康館)行なら、かちどき橋5丁目停留所から徒歩約3分です。来訪者用の駐車場はないため、車の場合は周辺の有料駐車場を利用することになります。
Q原田家住宅主屋はなぜ重要文化財ではなく登録有形文化財なのですか。
A登録と指定は別の制度です。平成8年(1996年)に始まった登録制度は幅広い建造物を対象とし、所有者の活用の自由を大きく残します。重要文化財の指定は対象が絞られ、現状変更の制限も厳しくなります。原田家住宅主屋は平成12年に「造形の規範となっているもの」という基準で登録されました。
Q原田家住宅主屋の建築上の特徴はどこにありますか。
A居室を前後3列に並べる平面をとり、一部を二階建とする点です。この3列構成は規模の大きな武家住宅に見られる形式で、中下級家臣の住宅とは異なります。屋根は切妻造の本屋の四周に庇を廻し、建築面積は204平方メートルです。

基本データ

名称原田家住宅主屋(はらだけじゅうたくしゅおく)
所在地徳島県徳島市かちどき橋3-43
指定区分登録有形文化財(建造物) 登録番号36-0030 登録基準「造形の規範となっているもの」
指定年平成12年(2000年)4月28日登録(官報告示は同年5月17日)
員数1棟
寸法木造2階建、瓦葺、建築面積204平方メートル
所有者私有(文化庁データベースに所有者名の記載なし)。管理はNPO法人蜂須賀桜と武家屋敷の会
公開状況蜂須賀桜の開花期に敷地を一般公開、観覧無料。家屋内部は非公開。公開形態は年により変動

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース 原田家住宅主屋
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00001647
文化遺産オンライン 原田家住宅主屋
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/114727
Fun!Fun!とくしま(徳島市観光情報) 原田家住宅
https://funfun-tokushima.jp/introduce/%EF%BC%88%E8%9C%82%E9%A0%88%E8%B3%80%E6%A1%9C%EF%BC%89%E5%8E%9F%E7%94%B0%E5%AE%B6%E4%BD%8F%E5%AE%85/
NPO法人蜂須賀桜と武家屋敷の会
https://hachisukasakura.com/index.html
阿波ナビ(徳島県観光情報サイト) 武家屋敷原田家
https://www.awanavi.jp/archives/spot/2836

最終更新日: 2026.08.24