新町川畔の鉄筋コンクリート住宅
三河家住宅は、徳島県徳島市富田浜四丁目にある昭和3年(1928年)頃建築の鉄筋コンクリート造住宅で、平成19年(2007年)12月4日に国の重要文化財に指定された。
敷地は新町川に北面し、JR牟岐線が徳島駅を出て川を渡った地点のすぐ西にあたる。北辺西寄りに正門を開き、ロータリー状の車廻しを介して東南寄りに主屋を置く。主屋の西方には岩屋と呼ばれる倉庫、東南には外便所を配し、岩屋の北面から正門へ、また南西端から主屋背面へと塀が回り込む。この配置そのものが指定の対象に含まれている。
施主は医学博士三河義行。西隣で産婦人科病院を開いていた医師で、明治20年(1887年)に名西郡上分上山村、現在の神山町にあたる山間の旧家に生まれ、のち三河家の養子となった。大正2年(1913年)に九州帝国大学医科大学を卒業し、同11年から13年にかけてドイツに留学してベルリン大学に学ぶ。
設計を担当した木内豊次郎は明治23年(1890年)の生まれ。同42年に徳島県立工業学校建築科を卒業し、福島紡績徳島支店を経て徳島市の大正木管に入った。大正11年に渡独してライプチッヒ大学で学び、昭和2年に帰国している。両者はドイツで知り合った。
昭和20年(1945年)7月の徳島大空襲で市街の大半が焼けたなか、この建物は焼失を免れた。
指定基準(三)が意味するもの
指定基準は「(三)歴史的価値の高いもの」。造形の巧拙ではなく、地方における近代建築の展開を示す指標的作品であることが評価の中心に置かれている。
大正から昭和初期の鉄筋コンクリート住宅は、東京や大阪の大規模設計組織が担う技術であった。ここでは県立工業学校建築科出身で地元に活動基盤を置いた建築家が、ドイツ滞在経験をもつ施主のために設計している。技術と意匠が中央から地方へ流れ込む局面を、単体の建築で押さえられる事例は多くない。
指定は主屋一棟にとどまらない。附として岩屋一棟(鉄筋コンクリート造、建築面積31.69平方メートル)、外便所一棟(同2.69平方メートル)、門及び塀二基(鉄筋コンクリート造及び石造、折曲り総延長44.7メートル)が加えられ、宅地815.00平方メートルとその内部の庭門、裏庭門、石敷、像、浄化槽までが保存の範囲に入る。
主屋の建築面積は193.30平方メートル、鉄筋コンクリート造三階建、一部地下一階、瓦葺一部銅板葺。年代について文化庁データベースは「昭和3頃」と幅をもたせた表記を採る。昭和4年建築とする記述も見られるが、一次資料の記載に従うのが妥当だろう。
曲面の集積として読む外観
平面は概ねL字形で、入隅に車廻しを設けて玄関とする。出隅部付近には展望台としての塔屋が高く立ち上がり、頂部は東西両面を楕円状にふくらませてロンバルド帯を廻す。塔屋から西へ半切妻、北へ切妻の急傾斜屋根を架け、赤色のフランス瓦で葺く。
曲面の扱いが徹底している。正面となる入隅の二階には波形平面のテラスを設け、三階は四分の一円筒状に跳ね出す。北面には陸屋根造の二階屋、東面には弓形状平面のボウウィンドウ、南面には腰折屋根を架けた張り出しが突出し、輪郭は一方向から把握しきれない複雑さをもつ。
外壁は腰を石張り、上部を辛子色のモルタル塗とする。主人書斎兼客室とビリヤード室の出隅部は隅石風に見せ、軒蛇腹部には雷文風の装飾帯を廻す。正面玄関上テラスの片持ち梁下面、三階跳ね出し部の三連アーチのヴォールト面や庇下面には組紐装飾が付き、三階の窓間にはフルーティングを施したイオニア式のピラスターが立つ。北面妻の頂部には、頬杖をついた怪獣が据えられている。
内部の見どころも記録されている。玄関風除室の黒白タイル市松敷き、曲面建具とステインドグラス、玄関ホール床および二階テラス床のモザイクタイル、重厚な廻り階段、食堂の煖炉に付く鷲の飾り、浴室の滝を主題としたモザイク画と模様付きガラス、ビリヤード室天井の照明器具、和室の折り上げ格天井。ユーゲントシュティルから表現派に至るドイツの造形と、イオニア式ピラスターのような古典的語彙が同居する。
拝観については注意が必要である。内部は非公開で、敷地内も立入禁止となっている。平成23年(2011年)に三河家から徳島市へ寄贈されたが、令和8年(2026年)7月の徳島新聞の報道時点で本格的な修復は行われておらず、三階までの各所で雨漏りによる天井・壁面の剥落やタイルの欠損、撞球室の窓の破損が伝えられている。整備事業費の確保が課題とされる。外観は公道から撮影でき、徳島駅から新町川沿いを南へ徒歩15分ほどで到達する。
Q&A
- 三河家住宅の内部は見学できますか。公開日はありますか。
- 内部は非公開で、敷地も立入禁止です。定期的な公開日は設定されていません。問い合わせ先は徳島市教育委員会社会教育課(電話088-621-5417ほか)です。
- 三河家住宅の所在地と徳島駅からのアクセスを教えてください。
- 徳島市富田浜四丁目7番地2、新町川の南岸でJR牟岐線に接する位置にあります。徳島駅からは徒歩約15分。牟岐線の車内からも西面を見ることができます。
- 三河家住宅の写真撮影は可能ですか。
- 公道からの外観撮影に制限はありません。塀越しに塔屋、二階の波形テラス、敷地内の巨岩が見えます。門は施錠されているため、敷地内へ立ち入っての撮影はできません。
- 三河家住宅の設計者は誰ですか。
- 木内豊次郎(明治23年生)です。徳島県立工業学校建築科を明治42年に卒業し、大正11年から昭和2年までライプチッヒ大学に留学しました。施主の三河義行とはドイツで知り合っています。
- 三河家住宅の附指定にはどのようなものが含まれますか。
- 岩屋一棟、外便所一棟、門及び塀二基が附として指定されています。あわせて宅地815.00平方メートルと、その範囲内の庭門、裏庭門、石敷、像、浄化槽が保存の対象です。
基本情報
| 名称 | 三河家住宅(みかわけじゅうたく) |
|---|---|
| 所在地 | 徳島県徳島市富田浜四丁目7番地2 |
| 指定区分 | 重要文化財(指定基準(三)歴史的価値の高いもの/指定番号02517) |
| 指定年 | 平成19年(2007年)12月4日 |
| 員数 | 1棟(附:岩屋1棟、外便所1棟、門及び塀2基) |
| 寸法 | 建築面積193.30平方メートル、三階、一部地下一階/宅地815.00平方メートル |
| 所有者 | 徳島市 |
| 公開状況 | 非公開(内部・敷地とも立入禁止/外観は公道から見学可) |
参考文献
- 文化庁 国指定文化財等データベース「三河家住宅」
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/102/00004238
- 文化遺産オンライン「三河家住宅」
- https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/147898
- 徳島市「三河家住宅の保存と活用について」
- https://www.city.tokushima.tokushima.jp/kankou/bunkazai/mikawaya_hozon.html
- 徳島県観光情報サイト阿波ナビ「三河家住宅」
- https://www.awanavi.jp/archives/spot/1509
- 徳島新聞 2026年7月27日「国の重要文化財・三河家住宅」報道
- https://www.topics.or.jp/articles/-/1468924
最終更新日: 2026.08.23