県下最古の民家、山中に建つ
三木家住宅は、徳島県美馬市木屋平字貢にある江戸時代前期の民家で、昭和51年(1976年)2月3日に国の重要文化財(建造物)に指定された。文化庁の登録名称は「三木家住宅(徳島県美馬郡木屋平村)」で、平成17年(2005年)の合併以前の旧行政区画を残している。
穴吹川上流、三木山の頂部近く。谷底から山道を約6キロ登った三ツ木地区に位置し、美馬市中心部からは車で40分ほどを要する。
規模は桁行22.2メートル、梁間9.3メートル。地元の記載では桁行十間半、梁行四間半余とする。屋根は寄棟造の茅葺で、南面・西面・北面に鉄板葺の庇を付す。美馬市の解説はこれを前後面とのみ記しており、庇を付す面数の記載は資料によって異なる。員数1棟、附として棟札1枚が指定に含まれる。
年代の根拠は文書ではなく建物にある。棟札は腐朽して判読できず、文化庁は構造・様式上の特徴から江戸前期、西暦1615年から1660年の間と位置づけた。平面は復原すると整形八間取りとなる。山間部の民家としては異例に整った構成である。
麻と忌部と、大嘗祭
文化庁の指定理由は簡潔である。規模が徳島県下の他の民家を上回り、材が良質で、建設年代が格段に古い。この三点が重要文化財指定を導いた。ただし人が山を登ってまで訪ねる理由は、建築の評価とは別のところにある。
三木家は阿波忌部氏の系譜をひくとされる。忌部は朝廷の祭祀に関わる氏族であり、その職掌の中心に大嘗祭がある。天皇一代に一度行われるこの新穀感謝の大礼には、麻で織った粗布である麁服(あらたえ)が供される。これを調製して直接届ける家筋が御殿人(みあらかんど)と呼ばれる。文化庁データベースは「三木家は地方武士の系譜をひき、江戸時代には庄屋を勤めたという」と伝聞の形で記しており、忌部氏との系譜関係も同様の確度で受け取るべき事柄である。
家には鎌倉時代から室町時代にかけての古文書45通が伝わり、徳島県の指定文化財となっている。この地域の氏族集団が天皇即位の大嘗祭に麁服を調達してきたことが記され、文永年間、亀山天皇の大嘗祭に関わる文書も含まれるという。
この務めは過去のものではない。28代当主の三木信夫氏が、平成2年(1990年)の大嘗祭で初めて麁服調進の任にあたり、令和元年(2019年)の大嘗祭でも宮内庁へ麁服を届けている。土地の名も同じ方角を指す。木屋平は昭和48年(1973年)まで麻植郡に属した。麻を植える郡である。
南北朝期には、神領村の一宮氏、祖谷の菅生氏らとともに阿波山岳武士の一翼を担い、南朝方についたと伝わる。地方史はこれを繰り返し記すが、同時代史料は乏しい。
人が住み続ける重要文化財
築400年を超えた今も、三木家の子孫が居住し維持管理を続けている。この一事が見学のあり方を決めている。受付も開館時間もなく、訪ねた時に応対できる者がいる保証もない。美馬市教育委員会 地域学習推進課へ事前に連絡したうえで向かうのが前提となる。
住宅に隣接する離れが三木家資料館として整備されており、麁服の調製に用いた道具類、原料となる大麻の栽培記録、調進の過程を記録した資料が展示されている。機織の道具を実際に見ることが、この山を登る最大の理由といってよい。儀礼の内容を文字だけで理解するには限界がある。
維持の課題は茅葺である。この規模の屋根を葺き替えれば数千万円を要し、国と県の補助があってもなお所有者の負担は小さくない。現地に立つ者が目にしているのは、公費と私財の双方で支えられている建物である。
道は狭く曲がりが続く。日中に走り、地図上の所要時間より余裕を見込みたい。冬季は路面状況の確認が要る。吉野川沿いから国道438号を剣山方面へ上り、三ツ木地区へ入る分岐は見落としやすい。秋の紅葉に加え、4月初旬には近くの枝垂桜を目当てに訪れる人がある。
Q&A
- 三木家住宅は見学できますか。予約は必要ですか。
- 現在も所有者が居住する私邸のため、開館時間の設定はありません。美馬市教育委員会 地域学習推進課へ事前に連絡することが望ましいとされています。外観と隣接する三木家資料館が見学の中心となります。
- 三木家住宅へのアクセスは。車でどのくらいかかりますか。
- 美馬市中心部から車で約40分、山道を走ります。吉野川沿いから国道438号を穴吹川に沿って上り、そこから狭い道を約6キロ登った三ツ木地区にあります。公共交通での実用的な接続はありません。
- 三木家住宅に伝わる「麁服(あらたえ)」とは何ですか。
- 麁服は大嘗祭に供される麻織の粗布です。大嘗祭は天皇が即位後一度だけ行う新穀感謝の大礼で、三木家はこの布を調製し朝廷へ直接届ける御殿人(みあらかんど)の家筋とされます。直近の調進は令和元年です。
- 三木家住宅はいつ建てられ、年代はどのように判断されたのですか。
- 文化庁は江戸前期、1615年から1660年の間としています。年代を示すはずの棟札が腐朽して判読できないため、構造や様式の特徴からの推定です。民家としては徳島県内最古の建造物にあたります。
- 三木家住宅の隣にある三木家資料館では何が見られますか。
- 麁服の調製に使った機織道具、原料の大麻栽培に関する記録、阿波忌部氏と三木家に関する資料が展示されています。家に伝わる鎌倉から室町期の古文書45通は徳島県指定文化財です。
基本情報
| 名称 | 三木家住宅(みきけじゅうたく)/登録名称「三木家住宅(徳島県美馬郡木屋平村)」 |
|---|---|
| 所在地 | 徳島県美馬市木屋平字貢143番地 |
| 指定区分 | 重要文化財(建造物)/指定番号 01988、附 棟札1枚 |
| 指定年 | 昭和51年(1976年)2月3日 |
| 員数 | 1棟 |
| 寸法 | 桁行22.2メートル、梁間9.3メートル、寄棟造・茅葺、南面・西面・北面庇付(鉄板葺) |
| 所有者 | 個人(三木家) |
| 公開状況 | 現住の私邸。見学は美馬市教育委員会 地域学習推進課へ事前連絡 |
参考文献
- 文化庁 国指定文化財等データベース「三木家住宅(徳島県美馬郡木屋平村)」
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/102/3270
- 文化遺産オンライン「三木家住宅(徳島県美馬郡木屋平村)」
- https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/124277
- 美馬市観光サイト「三木家住宅〔国指定重要文化財〕」
- https://www.city.mima.lg.jp/kanko/map/list/4046.html
- 美馬市観光サイト「三木家住宅」(古文書・概要)
- https://www.city.mima.lg.jp/kanko/map/list/11495.html
- 美馬観光ビューロー「三木家住宅」
- https://mimakankou.or.jp/event/mikikejutaku/
- 徳島県観光情報サイト阿波ナビ「三木家住宅」
- https://www.awanavi.jp/archives/spot/2834
最終更新日: 2026.08.23